07
案の定、カリム・サンは突っかかって来た。見渡す限り草原で、馬は草を食んでいる。のどかなもんだ。空では鳥が鳴き、隣ではカリム・サンが騒いでいる。
捕虜がいる前で話は出来ない。あんまり五月蠅いので俺は馬を降り、馬車道を離れ、草原の真っただ中に入って行った。カリム・サンはもちろん、イーデン、ハロルド、フィルもついて来ている。
馬車道では、女戦士らが居残っていて雨男と風太郎を監視している。俺はずんずんと草原を歩いた。カリム・サンはすぐ後ろでえらい剣幕だ。敵であろうが人の命を、それも王族に命じられただけの弱者を、自分たちが助かるためにドラゴンのおとりにした、というのが我慢ならないらしい。
説明によっては俺と決別するとまで言い放った。ずっと思ってはいたが、やはりイーデンとハロルドは、俺が昨夜、ドラゴンと出かけたのをカリム・サンとフィル・ロギンズに言っていない。イーデンもハロルドも目の前の光景が信じられないでいた。
どう説明していいのか分からなかったはずだ。いや、そもそも彼らが説明してほしいだろう。なぜ、ドラゴンに人が乗っているのかを。
俺は雨男と風太郎に聞こえないよう風向きを考えて距離を取った。
「あれはな、カリム・サン。ドラゴンに襲われたのではない。俺が頼んで一か月ほど捕虜の記憶をなくしてもらっただけだ」
「はぁ? 殿下が頼んで? ドラゴンに? 馬鹿も休み休み言え!」
やれやれだ。こいつの無礼は会った時から全然変わらん。まぁ、いつも驚かせてばっかりだしな、今回も無理もないか。こいつの想像するドラゴンは、ユーアを襲ったはぐれドラゴン一択なんだろうし。説明はそっから始めるとするか。
「殿下が申されているのは、あながち間違いではない」
はて。こりゃ、驚いた。フィル・ロギンズが助け舟を出すとは。
「あのドラゴンの発した魔法。あれは白魔法です」
「白魔法? 今回のことにそれがどう関係するんだ! フィル!」
「おもに癒しに使われます。もし殿下がおっしゃる通り記憶を消す魔法であるならば、トラウマなどの治癒に使われます」
カリム・サンとフィルはずっと一緒にいた。同じく何も知らされてないもう一方がそう言うのならカリム・サンとて納得せざるを得ない、はずだったが。
「じゃぁ、あのドラゴン。あのドラゴンはなんだ」 まだ、納得しきれてない。「なんであそこにいたんだ。俺たちはなぜ、あれから逃げていたんだ」
逃げていたんではない。急いていたんだ。それについてはハロルドが口を挟んだ。夜にドラゴンが突然やってきて、俺をシーカーの里に連れて行ったと。
なぜドラゴンなのか、なぜドラゴンに人が乗っているのか。シーカーの里に行くとは言ったが、シーカーとドラゴンは仇敵同士ではなかったのか。ハロルドとしても疑問はこんなところだ。イーデンも同じだろう。
「シーカーはドラゴンと共生している」
シーカーの里がどういうものか話してやった。世界樹とドラゴンの関係、ドラゴンとシーカーの関係、そして、シーカーと世界樹の関係。彼らには隠すことはない。これから共にジンシェンの背中に乗ってエトイナ山に向かうのだ。
「ドラゴンに騎乗する者を、シーカーらはドラゴンライダーという。大勢いて、昨日やって来た者もその一人だ」
皆、驚きを隠せない。彼らの共通認識は自分たちより遅れた未開の民である。ショックを受けているのか、どの面も顔色が良くない。だが、仕方がない。俺はこの世界の常識を覆すようなことを言っている。
「イーデン殿、契約の旅は一週間で可能か?」
イーデンははっとした。王族の男子は成人するとローラムの竜王と契約するのにエトイナ山に行く。その道程は早くても一か月。俺は一週間で契約を済まし帰って来た。徒歩ではまったく不可能な道のりだ。
だが、ドラゴンに乗ってなら可能。ということは、カール・バージヴァルが前王アーロンに謁見の間で言った口上、あれは嘘ではなかった。ここにいる彼らは皆、カールの言葉をまるっきり忘れていた。王族の力の源泉たるドラゴン語が国民に広く解放され、開かれた政治が行われることに心が捕らわれていた。
カール・バージヴァルの言ったことは全部が正しいってわけではない。俺はローラムの竜王がこの世界からいなくなるとまでは教えてなかったし、二年前のユーアのドラゴン事件の真相も捻じ曲げている。
イーデンの額に汗が流れていた。他の三人も硬い表情をしている。アトゥラトゥルを彼らは目の当たりにした。ユーアを襲ったドラゴンがどういう姿をしているのか噂にでも聞いているはずだ。
魔法が使えない餓えたドラゴン。それとアトゥラトゥルはまるっきり別物。そして、賢いドラゴンとはどういうものなのか。魔法を自在に操り、人以上の知能を持つ。
それが大挙してエンドガーデンを襲って来たならば。カリム・サンらは、この国、いや、この世界を救うべく今、戦っているのだと理解したようだ。ドラゴン語の解放はただ単に政争の具ではない。
「今日を入れて三十日後、龍哭岳の大岩壁の下で落ち合う手筈となった。俺たちは皆、ドラゴンに乗ってエトイナ山に向かう」
皆の目の色が変わった。
「わかったな。俺たちに失敗は許されない。捕虜は二人で十分。あまりに欲張ると足元をすくわれる。そうは思わないか?」
カリム・サンはこくっとうなずいた。
「だから、あのドラゴンに捕虜の記憶を消す魔法を頼んだ。捕虜五十人はもう俺たちを狙って来ない。命令されたこと自体、記憶にないからだ」
俺はカリム・サンの肩を叩いた。
「俺たちが急いで塔を引き上げていたのは理由がある。シーカーには掟があるんだ。ドラゴンに騎乗してエンドガーデンには入ってはならない。タイガーはそれを押してまで使いを出してきた。だから、誰にも見られてはならなかった。俺もそれは分かっていたが、俺たちの都合で一仕事してもらった」
実際はタイガー本人が来たのだが、それはまだ言うまい。敢えて、使いと言った。それについては後日、ハロルドが尋ねて来た。タイガーにはドラゴンの仮面をかぶった愛童がいると聞いている。それがあいつかと。




