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06

 灰色の街クレシオン上空で大きく旋回した。ガーディアンの頭頂部にはハロルドがいた。地上とは随分と距離を取っていたにもかかわらず、こちらに気が付いたのか大きく手を振っている。


 アトゥラトゥルは旋回を止めた。日の出の方向に向かったかと思うと方向転換し、降下した。日の光を背に、草原すれすれを飛んでクレシオンに向かう。


 ハロルドは頭頂部で鋸壁きょへきに身を乗り出していた。俺たちが上空を通り過ぎて行ったのを追っていたのだろう。折り返して来るのに気付いたようだ。着地の邪魔にならないように鋸壁きょへきの向こうへと姿を消した。俺たちはクレシオンの街並みに入る。


 アトゥラトゥルはゴーストタウンの崩れかけた屋根を次々に巻き上げていく。そして、ガーディアンに到達すると急上昇、塔壁を駆け上がるがごとく頭頂部に到達。二度、三度羽ばたいて鋸壁きょへきに足を掛けた。


 ハロルドは反対側の鋸壁きょへきに身を寄せていた。目にちりが入らないように手で顔を覆いつつ、アトゥラトゥルの翼が畳まれるのを見守っている。俺たちはそのハロルドに向かっていた。アトゥラトゥルの首が伸びていき、顎が石タイルに着く。


 俺が頭頂部に降り立つとハロルドは駆け寄ってきて力強くハグをした。何の説明もなくここを離れたんでよほど心配だったのだろう。挨拶はない。


「変わりはないか、ハロルド」


「ええ。いい月だった。で、殿下の方は?」


 ハロルドはアトゥラトゥルやラキラをもう怖がりはしない。それどころかほとんど無視だ。


「話は付いた。一部始終をおまえたちに話さなければならないが、まずはここの撤収だ。王都に帰還する。カリム・サンとフィル・ロギンズには風太郎と雨男を連れて急いで塔を降りろと言ってくれ。シーカーの女戦士たちには捕虜五十人を頭頂部に集めるように。イーデンはここに上がって来てもらう」


 分かったと返事を残し、ハロルドは頭頂部から降りて行った。


「ラキラ。すまないが、」 ラキラが傍にいた。ドラゴンのアーメットヘルムを被っている。「もうちょっとだけ付き合ってくれないか」


 ジュールはラキラの防具になりきっている。


「ええ。黒い騎士さんにかけたアトゥラトゥルの魔法を解くのね」


「ああ」


 イーデンには、精神状態がアトゥラトゥルに伝わるという魔法がかけられている。だが、もう必要がない。俺の理屈では発動中の魔法は竜王の加護で無効にできる。イーデンを呼んだのは、もしその理屈が間違っていたのならアトゥラトゥルに解除してもらう必要があるからだ。


「それと記憶をなくす魔法でしょ」


 捕虜を五十人、ここに集めるんだ。ラキラは自分たちの役目を心得ていた。 


「すまない。出来れば一ヶ月ほど記憶をなくしてほしい」


「大丈夫。難しくないわ」


 捕虜五十人引き連れて王都への移動は辛い。移動速度も遅くなるうえ、敵からの攻撃がないとはいえない。俺たちは少人数だ。戦いとなれば捕虜に人員は割けない。かといって、監禁したまま置いてもいけまい。ここはゴーストタウンだ。


 イーデンが頭頂部に上がって来た。戦闘を入れてここ六日間、ずっとシュガールと地雷を展開し、警戒態勢を維持していた。俺の前でひざまずく。イーデンもハロルドと同じくアトゥラトゥルに、もう驚きはしない。


「ご帰還、恐悦至極」


「心配をかけた。おかげで話は付いた。王都に帰還する」


 イーデンは疲れているようだった。動きに精彩を欠いていた。言葉にも張りがない。


「立ってくれ。貴殿にかけた魔法を解きたい」


「御意」


 イーデンは重々しく立ち上がった。


「手を」


 俺は手を差し出した。イーデンはその手に自身の手を乗せた。何の変わりがない。


「ハウル殿、」 俺はラキラとは呼ばなかった。「アトゥラトゥルの魔法は消えたか」


 ラキラはアトゥラトゥルを見た。声を出さずとも心でアトゥラトゥルの言葉を聞き取れる。


「ああ」 ハウル殿と呼ばれたのにラキラは察した。男言葉であった。「魔法は消えた」


 生活魔法は解除されたのである。俺の考えは間違いではなかった。


「疲れたろ、イーデン殿。だが、もう少し力を貸してほしい。ここに捕虜五十人を上げる。降りて来られぬようシュガールで階段を封鎖してくれ。時間はかけない」


「御意」


「ハウル殿は捕虜に気付かれないよう上空で待機してほしい。松明で合図をする。そしたら捕虜に魔法をかけてほしい」


「わかった。合図を待つ」


 ラキラがアトゥラトゥルに飛び乗ったかと思うとその首は高く持ち上げられた。アトゥラトゥルは体を反転させた。塔からのダイブだ。落ちていったかと思うと急上昇し、もう空の彼方だ。


 ラキラ、少しの別れだ。ジュール、頼むぞ。ラキラを守ってくれ。


「では、行くぞ。イーデン殿」


 イーデンがふらっとよろけた。俺はすかさず肩を貸す。


 下の階に行くと捕虜でいっぱいだった。壁には無数のシュガール。シーカーの女戦士二人がテキパキを指示し、俺たちの道を開けさせた。


 ハロルドもいた。捕虜を割って進んでくるとイーデンの、一方の脇に肩を入れた。


「雨男と風太郎はもう降りている」


「俺たちも急ごう」


 俺たち三人は並んで階段を下りていく。塔を半ばまで下りたところで後ろから女戦士らが合流してきた。捕虜はもう頭頂部に集められている。準備は整っていた。シーカーの掟ではドラゴンを騎乗してエンドガーデンに入ってはならないとある。


 ラキラはタイガーだ。それにはあたらないと信じたいところだが、人目に付くとなるとタイガーといえども問題となろう。俺たちの都合でラキラの立場を悪くしたくはない。


 俺たちは地上一階に到達した。もちろん、イーデンの地雷は解除されている。先を進んでいたカリム・サンとフィル・ロギンズ、そして雨男と風太郎は出口で待機していた。塔の外には馬が待たせてあった。


 クレシオンの戦いの際、地雷を張るために馬は町はずれの廃屋に隠してあった。俺は馬に乗ると、捕虜二人に麻袋で顔を覆い隠させるように命じた。ハロルドには松明を灯させた。


 全員騎乗するのを確認し、馬を走らせる。ゴーストタウンの道なき道を突っ切っていく。雨男と風太郎の馬は女戦士らが手綱を引いている。悪路の中、巧みに馬を引いて二人を落とさぬよう馬を走らせていた。


 上空からでも俺たちが退避したのは見えただろう。松明の炎は火の粉を巻き上げ、煙は尾を引いている。そもそもが暗いクレシオンの街並みだ。空がまだ薄暗いなら一層映えるはず。


 振り向けば、塔の上にアトゥラトゥルの姿があった。ゆっくりと羽ばたきながらホバリングしている。朝焼けに、青い鱗の体が赤く染まっていた。


 長城の西に行ったことのあるイーデンとハロルドでさえ当初はビビっていた。カリム・サンとフィル・ロギンズがビビっていること請け合いだ。


 目に映る光景があのアトゥラトゥルだ。翼長が百メートルちかくある。対して塔の高さは百二十メートル。王家に対抗するべく建てられたガーディアンが見る影もない。二人がどんな面をしているか見ものだが、馬を走らせながらではその後ろ姿しか見えない。


 あるいは、驚くと言うよりも、カリム・サンなどは誤解したかもしれない。自分たちがドラゴンから逃れるために捕虜五十人を生贄にしたと。


 後でえらい剣幕で突っかかって来るに違いない。塔の上空には白い魔法陣が現れている。それが下りてきて頭頂部に接するとあっという間に塔を飲み込み、消えていった。







皆様の応援が何よりも励みになります。


作品への応援、今後ともよろしくお願いいたします。


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