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03

 どうやったら倒せる。過去に人類はドラゴンニュートを狩っていたのではないか。だったら倒す方法があるはずだ。


 セプトンが雄たけびを上げた。竜人化しているから人の言葉も喋れる。ところが、錯乱しているのかドラゴン語も一緒くたであった。突風がごとくの大音声だいおんじょうと周囲を覆うデカい魔方陣。溜まったうっぷんを晴らす怒りに満ちた雄たけびであった。


 叫び終わったセプトンは一度体をブルッと震わせた。興奮した犬が自分を落ち着かせようとする仕草に似ていた。


「おまえ」 人の言葉のみでセプトンは喋った。「おまえがいま使った魔法は何だ?」


 は? もしかしてこいつ、凍れる世界を知らないのか?


「教えろ。命だけは助けてやる」


 さっきはこいつ、自分の腹に風穴を空けられ我を忘れていたんだ。俺を上から叩き潰しにかかったけど、俺にまた痛い目にあって目を覚ましたんだ。


 しかしだ。凍れる世界を知らないとは。王国の魔法書に書いてあったことだぞ。ドラゴンなら知っていないはずはない。


「答えないならおまえ体に聞くまで」


 知らないということは、魔法の書は人類が見聞きした魔法を長い年月をかけて書きためた書物ではないってことだ。ドラゴンさえも知らない魔法が書かれている。一等最初の版から、あれだけ多くの魔法が魔法書には書かれていた。


 他に可能性としては、竜王クラスのドラゴンしか知らない魔法。例えば、ローラムの竜王が俺に教えた『シン・ジェトラ・アルビレム』。自分しか知らないドラゴン語と竜王が言っていた。


 あるいは、竜王さえ知らない魔法があの書には書かれている。長年かけて積み重ねた結果、あれだけ分厚い書になったのではない。人類が魔法を使えるようになった時点で、それはもうそこにあった。


 もし、竜王が知らない魔法があの書に書かれていたとしたら。


 魔法書の存在すら竜王は知らないだろう。史実にはローラムの竜王が人類と不戦の契約を結んだとある。事実は人類とドラゴンの架け橋となった者が別に存在する。


 転がる岩の主ヤールングローヴィが言った“創造者”か。だが、“創造者”は最古のドラゴン、ローラムの竜王が現れた時にこの世界から姿を消した。


 まぁ、いい。今はセプトンだ。光沢のあるエナメル質のような表皮のために表情が読み取れない。目ん玉の赤い光だけが月明かりの下で揺らめいていた。


 目の色から怒り狂っているのは紛れもない。鬱憤うっぷんも晴らしたいだろう。だが、やる気満々なのはそっちだけじゃない。


 俺もだ。やりたいことがある。凍れる世界。俺はその魔法を十分理解しているとはいえない。やつは恐ろしいほどタフだ。凍れる世界で何ができるか丁度いい実験台となってくれよう。アトゥラトゥルには悪いがもう少し我慢をしてもらう。


 考えふける俺に、セプトンはいきりたって、一歩、また一歩と近付いて来た。だが、どういうことか突然、その歩みを止めた。そして、空を見上げた。隙だらけで、完全に上空に注意を持っていかれている。


 さっきまでのセプトンと違い、俺なんか眼中にない、ってかっこだ。だが、俺にも微かに聞こえた。やつが気にしているのは風を切る音だ。次第に大きくなっている。何かが、こっちに向かっている。


 新手か?と思ったその瞬間、目の前に爆音と爆風。ミサイルか何かが着弾した。


 砂煙がもうもうとする中、ヤールングローヴィが姿を現した。地球儀のようにくるくると回転している。


 地表には着弾していないようだった。クレーターは出来ていない。小麦畑のミステリーサークルのような模様が固い地表に刻まれていた。


 回転は次第に遅くなっていった。やがて止まり、ガラス玉のような目はセプトンに向けられる。


 つるつるとしたヤールングローヴィの体は埃一つもついていない。月光に照らされた黒い表皮は青白い光沢を放っていた。


 セプトンは身構えた。相手を見下ろすかのように胸を張って顎を上げていたやつはどこにいったのか。見せたことが無いような緊張感である。腰を低くし、前かがみにヤールングローヴィを見据えていた。


 そもそもヤールングローヴィは手もなく足もない。正確には丸いフォルムの中に納まっていて有るには有るのだが、そのために動く気配が全く見えない。セプトンも動かない。いや、動けないのか、足だけがじりじり地面を捻っていた。


 セプトンは強いと言っても、里の主ではない。風の鞍の里のドラゴンとだけ聞いていた。俺は石窟の村、削られた壁の里にも行っている。里の主のヤドリギは他のドラゴンのを軽く凌駕する。


 ヤドリギの大きさとそこに付くドラゴンの強さは比例すると聞いた。セプトンは名のあるドラゴンかもしれない。だが、主には遠く及ばない。


 そのセプトンが動いた。長く沈黙するヤールングローヴィのプレッシャーに耐えかねたのだ。魔法を発動した。無謀にも勝負しようとしている。


 ところが、魔法陣は完成まで行きつけなかった。やはり無理だったのだ。大きくなっていったかと思ったら、しぼむように小さくなって消えてしまった。


 セプトンは戦う前に負けを認めたのだ。体が震え、膝をつき、手を付く。完全に心が折れてしまっている。


 ヤールングローヴィの目の下あたり、まん丸いフォルムの赤道当りに筋が入った。


 黒い玉がパカッと開く。ダンゴムシのようであるがその隙間から覗かせる口はドラゴンの顎であった。牙がずらりと並んでいた。


 ヤールングローヴィの前に、魔方陣が現れた。紫色のやつだ。俺が以前灰色のドラゴンにかけられた魔法といっしょのやつ。


 魔法陣はセプトンに向かった。敗北を認めているのだから逆らうべくもない。間髪入れずヤールングローヴィは次々と魔法陣を放っていく。セプトンは消え、他の風の鞍のドラゴン、悪童どもと次々消えていった。おそらくは風の鞍の里に帰されたのだろう。


 瞬時に次々と飛ばしていくからには時空間魔法のもっとも簡易なやつだ。条件は術者が行った所、触った物の所、会ったことのある人物の元に限られる。


 カンバーバッチは魔法がかけられていく仲間に何もできないでいた。飛ばされるたびに顔色が変わっていくのが分かる。硬直して、声を失ったかのように見送っていたが、自分の番になるとワナワナふるえだした。


「お願いだ、主様」


 勝手に里のドラゴンを持ち出したうえ、飛ばされた相手が別の里の主というなら大問題だ。もし里に帰されたらどんな罰が待っているのか分からない。里の長になるには里の主の賛成が必要だとも聞いた。


「俺は将来、里の長になる男だ。カンバーバッチの人間だ。どうかこの通り」 カンバーバッチは土下座した。「俺の将来を奪わないでくれ。目をつぶってくれたらあんたのためになんだってやる」


 里の主どうし互いに知らぬ仲ではなかろう。そして、おそらくはお互いが他人の里への干渉はひかえている。転移魔法の条件からヤールングローヴィが飛ばした先は風の鞍の“里”ではない。


 機械的に、やるべきことをやるようにヤールングローヴィは間を置かず、カンバーバッチに向けて魔方陣を飛ばした。


 土下座していて未だ諦めきれないカンバーバッチが消えた。飛ばされたことも気が付かず、今頃は風の鞍の主の前。すでに多くの悪ガキ、ドラゴンがいる。現れたカンバーバッチが土下座している頭を上げた。目の前にはヤールングローヴィではなく、風の鞍の主、ってことになる。







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