09
アトゥラトゥルは緩やかな滑空を続けている。速度は一定で、すでに煙嵐の森を後にし、巻雲の森上空にいる。
ライオンの塔付近に湖があった。位置からいってロックスプリングの水源なのだろう。ライオンの塔を登った時は全く気付けなかった。おそらくは、立ち込める霧に視界が遮られていた。今は霧一つなく湖面は月明かりに輝いていた。
巻雲の森もそこだけなら癒されもしよう。が、ライオンの塔と蝶の塔の間にあるセイトは以前よりも広がりを見せていた。地中に潜るタイプのはぐれドラゴンが少しずつ森を削っていったのだろう、セイトはライオンの塔近くまで来ていた。状況は悪化の一途をたどっていると言っていい。
もし、ロックスプリングの橋もなく、このセイトと湖がつながったのなら。そうであればもうこのルートは使えない。使うのなら、まだ繋がっていない今において他にない。それでも、行き来は何度も出来ない。多くの死人が出るだろうし、何より、ジンシェンがもたない。
湖から流れ出る川を眼下にアトゥラトゥルは飛行していた。川にあまり近づくわけにはいかない。ロックスプリングはヘブンアンドアースの支流で、ヘブンアンドアースは南の狭い海に至る。
迷い込んだのか、ときどき海から川をさかのぼって来たはぐれドラゴンがいる。もちろん、川には蛇のようなやつとかワニのようなやつがうようよしている。俺たちを見つけ、何か飛ばして来るとも限らない。
アトゥラトゥルは高度をあまり下げずに慎重に進んだ。時には翼を凧のように使い、風を受け、高度を調整する。ロード・オブ・ザ・ロードは魔力を持たないものには見えない。一旦そこに入ればその存在を認識できるのだが、魔力を持たないラキラはアトゥラトゥル頼りだ。
もちろん、ジュールベルグもいる。ジュールとしてはアトゥラトゥルより先に橋を見つけたいところだ。ラキラにいい所を見せたいのだろう。ラキラの肩から首を伸ばし、橋を見付けようと張り切っている。
ドラゴンがどれほどの視力を持っているのか分からない。鷹などの猛禽類は人間の何十倍の視力があると言われている。同じように空を飛ぶドラゴンも最低その程度の視力はあるはずだ。ドラゴン二体が先を争って、というのは語弊があるが、共に目を光らせているんだ。見落とすはずがない。
ラキラが指をさした。
「あったわっ!」
橋はあった。おれの記憶と重なる、間違いないあの石造りのアーチ橋だ。ジュールが騒がないところを見るとやはり先に見つけたのはアトゥラトゥルなのだろう。念話でラキラに伝えた。
ラキラは喜びのあまり、アトゥラトゥルの背に抱き着いた。手柄は取られたが、ジュールもやはり嬉しいようだ。ラキラの背中を離れ、ラキラとアトゥラトゥルの間ではしゃいでいる。
橋は、一つアーチであった。スパンは二百メートルほど。段丘崖の高さが八十メートルほどあるからおそらくアーチの高さは七十メートルぐらいだろう。スパン二百に対して高さが百なら半円のアーチとなるが、ロックスプリングの橋はスパンの方が長い。
アーチ橋はその美しさの一つにバランスの妙がある。魔法で具現化された橋であるから物理の法則は通用しない。だが、それでも、橋脚のない崩れるか崩れないかという絶妙なバランスの上に成り立つその姿を、美しくないと言えるだろうか。いや、そうは思えない。
アトゥラトゥルが羽ばたいた。空高くまで舞い上がる。また滑空すると思いきや翼は畳まず、目一杯広げたままであった。体を水平に保ち、ゆっくりと羽ばたいている。ラキラが振り向いて何か言っている。風でよく聞き取れない。
「なんだってっ」
『三十日後、龍哭岳の大岩壁の下で』
ドラゴン語である。ジュールが代わって言った。ジュールの口元に魔法陣が現れていた。ドラゴン語は音で伝達をしない。魔法陣を見ることによって相手の言葉が己の頭の中で聞こえるのである。俺もドラゴン語で返した。
『分かったとラキラに伝えてくれ』
アトゥラトゥルは龍哭岳に向かっているようだ。連なる山々の稜線が、広大な森の遠く向こうにあった。一際目を引くのが龍哭岳だろう。ラキラはわざわざ俺を集合地点に案内してくれている。
ラキラがそんな手間を掛けずとも部下の一人を俺たちにあてがってくれればいいし、龍哭岳の大岩壁が有名な所ならハロルドも知っているかもしれない。寄らなくてもいいって言いたいところだが、ラキラが気をよくしてやってくれている。断ることも出来まい。
『あれを見ろ、キース。見えるか?』
何かあったのかジュールが突然、そう言った。俺はジュールの視線を追って星空を見上げた。
『いいや、何も見えないが。はぐれドラゴンでもいるのか?』
『はぐれドラゴンじゃぁない。やつらはジェントリの森には来られない。ドラゴンライダーだ。七人いる』
『何をしているんだ。こんな夜更けに』
『遊んでいるようだ。ラキラが“風の鞍”の者達だと言っている。マントをしているからな』
『ラキラには見えているのか?』
『ずっと遠くだからな、ラキラも見えていない。どんな風貌をしているのかとラキラに聞かれたから答えたまでだ』
『遊んでいるって、ガキか?』
『ああ、ラキラは近付かない方がいいって。やつらはどうせ里には内緒だろ。悪ガキ達だ。セプトンを持ち出している』
『セプトン?』
『主までとはいかないまでも、強力なやつなんだろうな。俺がやつの形状を話したらラキラはすぐに答えた』
『で、ラキラはどうするんだって』
『知らんぷりしてこのまま飛ぶ。龍哭岳から竜王の結界を抜け、一旦エンドガーデンに入る。やつらをまくようだ。里のドラゴンライダーは結界の外には出られない。そう言うしきたりだ。破れば重い罰が与えられる。それが族長であってもだ』
俺が足手まといになっている。魔法が効かないからジャンプできないでいるんだ。
『すまないな』
『気にするな。やつら、気付いてないようだ。馬鹿みたいに遊びに夢中になっている』
そうジュールが言った矢先、魔法陣が幾つも前方に描かれる。紫色だった。やつらがジャンプしてくる。
一体、また一体とドラゴンが姿を現した。大きいものから小さいものまで七体。突然の出現に、アトゥラトゥルは進路を妨害され、回避行動を余儀なくされる。急上昇して空中に大きく円を描くと滑空し、ドラゴン七体の下を潜り抜けた。
連中はすぐに俺たちを追って来た。一番デカイのはアトゥラトゥルの半分ぐらい。胴回りは太く、その直径は五メートルほどあるだろう。細身のアトゥラトゥルと比較するとむしろ、そいつの方がデカく感じられる。
全身が黒いゴツゴツした鱗に覆われていた。四つ足で、背に翼を持つ。巨体のわりに小さな翼で、体に揚力が働いているとは思えない。おそらくは魔法だろう。サメのようなフォルムで見たまんま、大きな口と多くの牙を持っていた。
背中には背びれのような角が無数にある。ドラゴンライダーは鼻先に座っていた。後ろから追って来て俺たちに並ぶ。ドラゴンに乗っているのはやはりガキだった。俺にガンを飛ばしている。




