04
アトゥラトゥルは風に任せて飛んでいた。もう急ぐ必要もないのだろう。おそらくは、ラキラの里はもう目と鼻の先にある。それにドラゴンの領域に入ったのだ。人に見られる心配もない。
突然、ラキラが立ち上がった。
「あ、危ないだろっ!」
「あのぉ、申し上げにくいのですが」
人の話なんか聞いちゃいない。それにこの落ち着きよう。ラキラのことを天然じゃないかと当初思ったが、やはりそうだった。無防備にも進行方向に背を向けている。
「前、前。落ちたらどうすんだっ!」
「でも、ジュールが遊びたいってうるさいんです」
うるさいんですって? そうか。ラキラは心でドラゴンと話せるんだった。ジュールはずっと、遊べ遊べってせがんでいたんだ。っていうか、遊べって? ガキか。っていうか、ジュールはガキだ。いや、そんなことよりこの状況でどう遊べっていうんだ。
ラキラは飛び上がった。あっという間に後方へ消えて行った。俺は唖然と見送るしかなかった。遊ぶって言ってもここで飛び跳ねるか? いや、そんなことを考えている暇はない。アトゥラトゥルに伝えないと。
『ラキラが落ちた! ラキラが!』
「呼んだ?」
ラキラが俺の右を飛んでいる。背中のジュールが翼を広げていてまるでウイングスーツようだった。ラキラはヒラリと俺の頭上で回転し、左側へと空中を移動した。そして、ゆっくりと距離を空けていく。
ジュールが翼を畳んだ。ラキラの速度が上がる。アトゥラトゥルもその後を追った。また、ジュールの翼が広げられた。ラキラの体が浮いて行く。アトゥラトゥルも翼を広げた。ラキラを追う様に上昇していく。
揚力の差は段違いだ。アトゥラトゥルはすぐにラキラに追い付いた。追い抜いて行こうとするその左翼にラキラは手を付いて、降り立った。ラキラはアトゥラトゥルの翼の上を走り、俺の前を通り越して右翼へと向かう。翼開長は優に百メートルはある。ラキラは端から端まで走り切って夜の空にダイブした。
飛び出したラキラはアトゥラトゥルに引き離されていった。が、アトゥラトゥルが翼を立てスピードを落とすとラキラはすぐに追いついて来た。横に並んで飛んでいる。ジュールは上機嫌のようだ。ドラゴン語を喋ると魔法陣が現れる。ジュールの口から魔法陣が次々と作りだされていた。
内容は全て、ヒャッホーとかイエ―とか、魔法陣で出すまでもないようなものだった。だが仕方ない。それがドラゴン語なのだ。魔法陣は次々と現れては消える。ラキラも楽しんでいるのだろう、俺に手を振っていた。
やれやれだ。タイガーという立場を忘れてしまっている。だが、タイガーといえどもラキラはやはり十八、九の少女だ。少し危なげな刺激のある遊びもしたかろう。俺も十八、九じゃぁバイクを乗り回していたしな、まぁ、ここは目をつぶってやるか。
ふと、ラキラが消えた。並んで飛んでいたはずなのに上も見ても、後ろを見ても、どこにもいない。
俺はアトゥラトゥルの背中から肩口へと向けて移動した。空を飛ぶのは怖くはない。高所恐怖症でもない。若い時はジェットパックを装着し、ヘリから飛び降りたもんだ。だが、三角屋根の棟の部分を命綱無しで歩くのは怖いだろ。今の気分はあれと同じだ。
風に飛ばされないよう慎重にトゲを掴んで進んでいく。やっと肩口まで到達した。下を覗き込む。やはり下を飛んでいるわけでもない。ラキラはどこに行ったのか。
翼の下からバッとラキラが顔を出した。驚くってもんじゃない。思わず手を離してしまった。が、何とか態勢を立て直す。
いないと思ったラキラはアトゥラトゥルの脇、翼の下に隠れていた。キャッキャ笑ったラキラはアトゥラトゥルから離れる。膝を抱え、グルグル回転しながら後方へ飛んで行った。
くっそー。からかわれた。もしかして、一番楽しんでいるのはラキラではないのか。ラキラはすぐさま後方から迫って来て、俺たちを追い越し、正面に出た。アトゥラトゥルの顔に近付き、その角を持つと並んで飛んだ。まるでイルカと戯れるダイバーだ。
ラキラはアトゥラトゥルの顔を抱きしめ頬ずりすると離れ、錐もみを始めた。なぜかアトゥラトゥルも翼を畳んだ。もしかして、俺の予想が正しければ、これはえらいことになる。
案の定、アトゥラトゥルも錐もみ回転を始めた。俺はへばりつくのみである。引き剥がされないよう強化外骨格の力を借りる他はない。みっともなく、叫び声を上げていた。
新たに俺の黒歴史が刻まれた。女の子のような叫び声を上げたのは妻の杏とジェットコースターに乗って以来だ。
すでに錐もみ回転は終わり、ラキラとアトゥラトゥルは並走している。ジュールは俺の方を見て、かっこわりぃ、って言っている。ラキラはというと、ちょいちょいと前方を指差していた。
切り株のような形の山が無数にあった。テーブルマウンテンと言われるやつだ。大きさも大小さまざまで、最も大きい山の頂上には森が広がり、滝が三つもあった。ジンシェンがいた里のように儀式用のドームも建てられていた。
幾つもあるテーブルマウンテンの足元は針葉樹林の森である。この地は北部であることと樹林の種類から気候は疑問の余地なく亜寒帯で、しかもヘルナデス山脈の影響も間違いなく受けている。おそらくは狭い海からの湿った空気が遮断され、晴天の日が多く、四季のほとんどが冬と涼しい夏で占められている。
だが、テーブルマウンテンの上にある森には針葉樹が見当たらない。全て広葉樹のようで、明らかにこの地の気候に反している。おそらくは世界樹の森なのだろう。目指す目的地、俺が会わなければならないドラゴンがそこにいる。
最も大きいテーブルマウンテンに寄り添うように幾つかテーブルマウンテンがあった。そこは居住地のようで、岩肌や天板部分が人為的に削られ、山全体でいうなら城のようになっている。世界樹の森を中心に各々吊り橋が渡されていて、人々が行き来できるようになっていた。
ラキラは迷うことなく最も大きいテーブルマウンテンに向かっていた。頂上の平らな部分の大きさは直径が大体三キロぐらいか。切り立った断崖は、おそらく千メートルはあるだろう。
森の中心にひときわ大きな世界樹があった。葉張りは三百メートル前後。森の屋根から一本だけがこんもりと頭を出している。ヤドリギの大きさでそのドラゴンの力が分かるという。ジンシェンのヤドリギは下から見上げただけなので全体が分からず葉張りの大きさは確認できなかった。この里の主はどれほどのモノなのか。




