03
『いやぁぁ、久しぶりだな、キース』
魔法陣で解するドラゴン語だが、頭の中に響く声は聞き覚えがあった。生きているドラゴンがラキラの背中にくっ付いている。そして、それはまさしくあのカエルのドラゴンだった。皆が驚いたとあってご満悦のようだ。声を上げて笑っている。
『相変わらずか。体だけはデカくなったんだな、お前』
『ジュール。ジュールベルクだ。俺にも名前ってもんがあるんだよ』
『名前を貰ったんだ。良かったな』
『ああ。お前は特別だ、ジュールで許す』
イーデンはドラゴン語が使える。俺とカエルのドラゴンの会話を聞いていた。
「殿下っ!」
イーデンはすぐ傍まで来ていた。魔法剣を構えていた。
「大丈夫だ。こいつは友人だ」
友達と聞いてイーデンは言葉が出ない。ちょっとばかりドラゴンの知識があるから余計だ。ここは説明しないといけないところだが、時間がない。手短に済ますとしよう。
「言っとくが、はぐれドラゴンではないぞ。れっきとした魔法のドラゴンだ。なぁ、ハロルド」
「あ、はい」 ハロルドは腰が抜けたまま答えていた。「魔法を使っていました」
「そういうわけだ。それで提案だが、イーデン殿。俺はこの者たちとシーカーの里に行かねばならない。その代わりにこのドラゴン、アトゥラトゥルがお前たちを守ってくれる。分かってくれるな」
いきなりの申し出にイーデンは驚かなかった。すでにもう、俺に命運を託している。
「はい、仰せのままに」
「すまない。貴殿の善意に甘えてしまって申し訳ないのだが、もう一つだけ、俺の願いを聞いてくれるか?」
「はい、なんなりと」
「アトゥラトゥルが守るとさっき俺は言ったが、アトゥラトゥルも俺と行かなければならない。そこでだ、貴殿にはアトゥラトゥルの魔法を施したい。貴殿の見聞きしたことがアトゥラトゥルに伝わる。何かあればアトゥラトゥルは魔法を使ってここ現れる。アトゥラトゥルはきっとここにいるみんなを守り抜く」
アトゥラトゥルの頭が高い所から降りて来た。
『心配するでない、イーデン』 アトゥラトゥルはイーデンに顔を寄せた。目玉が大きい。『キース・バージヴァル様は竜王の加護をその体にまとっておる。言うなれば我らにとって竜王そのものだ。キース・バージヴァル様がそなたらを守りたいというならば、我は死を賭してでも守るであろう』
イーデンに不死者の魔法が掛かっていることは俺とイーデンだけの秘密だ。イーデンは今までの経緯から、自分の秘密を明かされたとは思っていない。皆を守りたいために代表して魔法を受けることになった、と理解してくれているはずだ。
『アトゥラトゥル殿、かたじけない。殿下、お心遣い痛み入ります』 イーデンは剣を下ろし、目を閉じた。『さぁ殿下、我らを気にせず存分に働き召されい』
魔法を受ける準備は出来ているっていう風だ。アトゥラトゥルは魔法を唱えた。
『レゾ・ライエス』
イーデンの頭上に魔方陣が現れた。それは緑色で、イーデンの体を通り過ぎ、床に消えた。
「なるべく早く帰ってくる」
ラキラはもう、アトゥラトゥルの翼を登っている。俺も後に続く。ラキラが座った後ろに腰を下ろした。
「イーデン殿、後は頼んだぞ」
イーデンはうなずいていた。
『では、参る』
アトゥラトゥルは翼を広げた。ひと羽ばたきであっという間に天高くにいた。クレシオンのカーディアンはもう鉛筆ほどの大きさとなっていた。
見上げれば満天の星空。アトゥラトゥルはさらに羽ばたいた。まるで星の海へダイブしたようで、無数にきらめく星の中に俺たちはいた。アトゥラトゥルはゆっくりと姿勢を水平に変えた。翼を広げ、目一杯風を拾う。
正面にも星が見えた。足元にはヘルナデス山脈。南から北へ、山々が押し合いへし合い、まるで同じ方向に向かって行進しているようである。小さな山から大きな山まで列を作って地平線の彼方まで連なっていた。
ラキラが何か言っている。風で良く聞き取れない。言葉の語尾で、俺に何かを命じているのは分かった。
「………て!」
掴まれってことか。この状況で何々してっていうのだからきっと速度でも上げるのだろう。落とされないようにトゲなのか、アトゥラトゥルの背中の出っ張りを強く握る。ふと、ラキラにへばりついているジュールがこっちを振り向いていた。顔が、俺の目と鼻の先にある。
『落とされるなよ』
『分かっている』
『分かってる? だったらラキラに返事ぐらいしろよ』
なんかこいつ、ラキラの面倒でも見ているつもりでいるのか。ラキラはというと、ジョッキーのように頭を低くし、前傾姿勢を取っていた。俺もそれに倣う。
アトゥラトゥルが翼開長を三分の一ほどにした。うねるように動く長い体が槍のように一直線に伸ばされる。途端、加速する。
まるで矢のようである。アトゥラトゥルはヘルナデス山脈へ向けて滑空していく。恐ろしいまでのスピードだった。目前に広がる光景は、雪に覆われた山々。乱立する山頂は三角波のごとくで、大地はまるで嵐で荒れる海のようである。
瞬く間に、高度はヘルナデス山脈の、群がる頂上付近に達した。アトゥラトゥルに上昇する気配はない。そのままの速度を保ち、右に左に縫うように山々の合間を突き進んでいく。
障害物を避け、水平飛行しているのだから、それはもはや矢ではない。例えるなら巡航ミサイルだ。次々に現れる山頂が一つ二つとあっという間に後へ消えて行く。目前に鷲ヶ岳が現れた。竜王の角から北に一つ目の高峰である。
鷲ヶ岳はその名の通り、鷲の頭のような山容をしていた。北部にあることから一年中、雪に覆われている。アトゥラトゥルはゆっくりと翼を広げていく。それに伴いスピードも落ち、高度も上昇していった。
ジュールが振り向いた。
『これから竜王の結界を抜ける』
そうだった。竜王の角と鷲ヶ岳で結界が結ばれている。だが、どうやって抜ける? ドラゴンは結界を越せない。だからこそ、ラキラは魔法でジャンプして来た。ジュールはというと、その心配をよそに笑っていた。
『このまま突っ切るんだ』
アトゥラトゥルは翼を畳み、矢のようになったかと思うと態勢を傾けて方向を変えた。鷲ヶ岳の西へと回り込んでいく。進む先の空間が波紋のように揺れた。結界を突破したのだ。
『お前は魔法を無効にするんだろ。しかもそれは竜王に与えられた能力ときた。お前は俺たちにとって通行手形みたいなもんなのさ』
通行手形とはえらい言われようだ。だが、実際そうなのだから苦笑いしか出来ない。アトゥラトゥルは翼を広げた。鷲ヶ岳の上昇気流で山腹から山頂へ向けて押し上げられていく。青白い月光が白い山肌をマリンブルーに染めていた。




