09
車輪が外れ傾いている馬車や崩れかけた壁より、路地に転がっている肖像画や割れた手鏡の方へ目が行ってしまう。人が住んでいたろう痕跡だけが残り、人自体がいないのはやはり不気味だ。
街路は原っぱと同じである。崩れた壁にツタが絡まり、家の中から木の枝が伸びている。人が全くいないと言っても死体は幾つかあった。取り残された者達か、ゴーストタウンになってから来た者達か。
おろらくは、事情があって人眼を忍んでここに移って来たのだろう。クレシオンの不幸はすぐ近くに芸術の都メイヤーがあったことだ。金持ち達はこぞってそこに移って行き、人々はそれに従った。クレシオンは金目の物を根こそぎ持って行かれたのだ。産業も農業も盛んでなく金だけの街だった。それが無くなってしまえば捨てられるのも道理だ。
俺たちは、このゴーストタウンを掌握していた。敵は今のところ確認できず、イーデンのシュメールは未だ街中に広がり、索敵に余念がない。おかげでゴーストタウンの中を安心して進むことが出来る。
搭の名はガーディアンというらしい。ドラゴンの来襲に備えて監視塔を造りたいと時の王アンドリューに請願した。もちろん金も積んだ。別にもう一つガーディアンが出来るぐらいの金額だったらしい。
ガーディアンという名はドラゴンから街を守るってことが由来だ。といっても、当時はドラゴンの来襲なんて考えづらかった。実は王権から街を守る象徴としてそう名付けられたのだ。俺たちはそれを登って行った。
何の冗談か、俺たちはまさにその王権と対峙している。頭頂部に上がるとイーデンはシュガールの半分ほどを戻した。地雷を張るのに魔力が足りないからだ。
百メートルを優に上回る高さだった。当然、見晴らしがいい。頭頂部の形状は半径十メートルの円形で、監視搭というのだけあってとんがり屋根はなく、三百六十度解放されている。竜王の角も俺たちが通って来た牧草地もよく見えた。
イーデンが呪文を唱えた。空に大きな魔法陣が現れ、ゆっくり降りて来てクレシオンの街に消えて行った。塔を中心に半径五百メートルの円内に地雷がくまなく張られた。
ただし、地雷というだけあって建物の二階とか、地面に接していないところでは発動しない。屋根伝いで来る敵には、自在に動けるシュガールと俺のブラスター、そしてカリム・サンとシーカーの弓が対応する。もちろん、ハロルドも弓は扱える。
準備は整った。後は敵が来るのを待つだけである。ふと、シーカーの女が、頭頂部を縁取るツィンネと呼ばれる鋸壁に走り寄った。そして、凸部分の上に立ち、南の方角を指す。俺たちが昇って来た草原の丘だ。うようよ兵士が現れ、横一列に並び、弓を構えた。
距離にして一キロぐらいはある。あそこから矢を放ち、ここまで到達するとは到底思えない。しかも俺たちが陣取っているガーディアンは地上百二十メートルもある。俺たちを狙うならそれこそ魔法でなければ不可能だ。
どう見ても普通の弓兵だ。五十人という大人数から考えて王族とは考えづらい。イーデンが俺を呼んだ。
「シュガールの様子がおかしい」
そう言って北側のツィンネに走った。そこから見える光景は朽ち果てた建物群、その先は荒涼とした大地だった。
「シュガールが消えていきます」
イーデンが言うには、人気を感知したのでそれに攻撃を加えたところ、到達するまでもなくシュガールの反応が消えてしまった。魔法無効化の特性はローラムの竜王が俺に与えたギフトだ。まさか俺と同じような能力を持つ者がいるとは思えない。
「俺と戦った時と同じ感じか? イーデン殿」
「いいえ、殿下の場合、術が解かれたって感じですが、今回の場合は強引な印象を受けます」
距離にして二百か三百か、イーデンの地雷の範囲内に大きな建物があった。上背は最も高い所でガーディアンの三分の二ほどもあり、大きなドーム状になっている。まさしく教会跡で、そのドームの扉が開かれたかと思ったら男が一人現れた。
ドームは広い屋上に乗せられたような格好で建てられていた。ドームから出た男は、屋上を俺たちの方に向かって歩いてくる。プールポワンの服装からして下級兵士ではない。重装備していないことから騎士でもなかろう。やはり王族のようだ。
イーデンは、小さいシュガールでは埒が明かないと何百匹のシュガールを教会の屋上に集めた。それが一つにまとまって大きなシュガールへと変貌していく。
俺と戦った時よりも一回り大きいサイズだった。あっちこっち、所かまわずスパークをまき散らし、シュガールは男に向かって鎌首をもたげた。
男は全く動じていない。イーデンは迷うことなくシュガールを襲わせた。シュガールは頭からかぶりつき、男はというと、シュガールに飲み込まれてしまった。
それは電撃を喰らうような生易しいものではない。雷の中に突っ込まれたようなものなのだ。皮膚という皮膚は引き裂かれ、骨の髄まで黒こげになったかと思った。
ところが、イーデンの様子がおかしい。脂汗をかいて、眉を眉間に寄せている。屋上の床に食らいつくようなかっこのシュガールにイーデンは強い眼光を向けていた。
全て終わったはずなのにシュガールは床に食らいついて離れない。いや、離れられないのだろう。しっぽをジタバタさせ、まるで悪いモノを吐き出そうとしているかのようである。心なしか体のサイズも小さくなったように見受けられる。
金色に輝くその身体も薄れていっているようである。シュガール越しに向こうの光景が見えるようになっていた。食われた男も姿が確認できた。腕を組んで、悠然と立っている。
これ以上、男と接触していたらシュガールは形を保っていられない。イーデンはどうやらシュガールを男の元から離したいようだ。それで眉間にしわを寄せ、シュガールに念じている。
しかし、離れることは出来なかった。シュガールは薄れ、小さくなり、消えていった。男は先ほどから変わらず、悠然と立っていた。ただし、その身体はドーム状の透き通った壁に覆われていた。何かのバリアだ。
男は呪文を唱えた。すると上空に大きな魔方陣が描かれた。




