08
リーマンが怪しい。エリノアはこの旅、タイガーの件に関しては間違いなく推進派だった。閣議のメンバーが裏切ったとも考えづらい。やつらはエリノアを心酔している。しかもやつらは、城に旗を掲げる段取りが変わったことを知らないのかもしれない。
タイガーと接触するのはエリノアの専権事項である。閣議のメンバーが口出し出来そうもないし、エリノアも意見を求めるようなことはしないだろう。
今回の件で全てを知る者はリーバー・ソーンダイクである。エリノアはソーンダイクだけには了解を求めたはずだ。ソーンダイクは生粋のおぼっちゃまである。簡単に返事はせず、誰かに意見を求めた。
その誰かとは当然、リーマン・バージヴァルである。実際やつは俺が戴冠式に旅立つことを知っていた。引っ掛かるのはわざわざ挨拶をしに、しかも、リストを持って来たことだ。
そもそもやつは魔法の解禁なぞ興味はない。それよりもブライアン王だ。といってもブライアンに、アーロン王に対するようなシンパシーを感じているわけではない。重要なのは、ブライアン王の後見人がソーンダイクってこと。今は健在でいてもらわなくてはならない。
戴冠式を妨害する輩がいるかもしれない。あるいは、王都に潜み、いつかブライアン王をと暗殺のチャンスをうかがっている者がいるかもしれない。いずれにせよリーマンはそんな輩を少しでも王都から減らしたかった。だから、わざと情報を漏らした。
俺たちは体のいい餌である。敵の目的の本筋は、魔法の解禁を阻止することにある。もし誰もが魔法を使えれば自分たちの王権を揺るがしかねない。ブライアンの王の就任なぞは二の次なのだ。
戦いの最中、俺たちが死んだとしてもリーマンは痛くもかゆくもない。むしろそれは望むところかもしれない。魔法の解禁がとん挫するのである。目的が達成し、他国のブライアン王への風当たりは少しは弱まり、守りやすくもなる。
俺たちが敵を倒したら倒したでそれに越したことはない。敵の数も減るし、その後のエリノア対策にも、生き残った俺たちは利用できる。
こう言っては何だが、俺はリーマンからの評価が高い。やつの考えはおそらく、敵の駆逐を俺に、暗に頼んだのだろう。必ずや俺が帰ってくると信じている。リストを持って来たのがその証拠だ。ソーンダイクにくっついたリーマンにとって、やはり本当の敵はエリノアなのだろう。
確かに、やつの考えは図に当たっていた。俺たちを襲った矢は魔法の形跡がうかがえない。俺には魔法を無効化する特性がある。飛んできた矢を触っても何の感触もなかった。全くの普通の矢だった。
フィル・ロギンズは今や魔法博士だ。数々の魔法を熟知していて、物体を操作する魔法はあるにはあると言う。しかし、それは矢自体に魔法が掛けられる。地面に刺さって終わりなんて考えられない。
敵はどういうトリックを使ったのか。もしこの攻撃が戴冠式後、ブライアンの演説で行われたらどうなっていたか。魔法の形跡がうかがえないのなら他国の仕業とは断定できない。
内乱と判断され、アメリアは混乱状態に陥るだろう。そういった意味で言うなら、ここは是が非でも敵を討ち取りたいところ。俺はラース・グレンの馬に並んだ。こいつの頭の中を知る必要がある。
「目的地は教えなくていいとして、通過する地点ぐらいは相談してもらいたい」
ラース・グレンは、俺とフィル・ロギンズとの間で交わされた会話を聞いていた。
「殿下は俺が野営にあの場所を選んだのがご不満なのですね」
「まぁな、」 隠すこともあるまい。理由を聞きたいとも思っていた。「そういうことだ」
「アンダーソン様の魔法は二つほど知っております。アンダーソン邸の戦いは有名ですし、雷の蛇もハロルドの時に街の者に聞きました。俺は敵の尻尾を掴みたいと考えて、あえてあの場所を選んだのです」
「すまなかった」 こいつなりに考えてのことだった。「で、次はどんな手を打つ」
「当然、追っ手をぶら下げてタイガーの元には行けません。是が非でもこの道中でやつらを駆逐したいところです。問題はあの矢。対処するには、クレシオンにうってつけの、いい場所があります。クレシオンはもう目と鼻の先。昼過ぎには見えて来るでしょう。今度もまた、アンダーソン様のお力をお借りしようと存じます」
草原の丘を登るとその先に街が見えた。多くの建物があったが、その全てが石積の壁だけで、梁や屋根は崩れ落ちている。雑草が道を覆い、樹木が家の中から枝を伸ばしている。人が住んでいる気配はなかった。ゴーストタウンである。
街の名前はクレシオン。三十年前までこの近くで金が採掘されたらしい。黄金都市と称されていたようだが見渡す限り石と木と草ばかりで、過去にそう呼ばれていたのが嘘のようだ。金箔の外装どころか金色に輝いているところが一つも見当たらない。
金が出ていた時は賑わっていたという。アメリア国のみならずエンドガーデン全土から多くの人々を集めた。もちろん、シーカーもそれに紛れていた。ラース・グレンも若かりし頃に来たそうだ。街の人々は誰しも気前よく、食うに事欠かなかった。
朽ち果てていようともその面影が残っていた。大きな屋敷が幾つもあり、教会の大きさも王都の大聖堂とそん色ない。驚くべきは塔である。高さは百二十メートルにも及ぶ。アメリアでは城と呼べるものは竜王の門ただ一つだけであった。
当然、クレシオンにも城がない。しかし、塔があった。当時、街の有力者たちはバージヴァル家に匹敵するほどの力を得ていた。城が許されなければ塔を建てようと財力にものを言わせ建てたのである。
塔は支配からの脱出の象徴である。市民は誇りに思い、神に祈るように塔に見上げ、繁栄を感謝したという。
栄華を誇ったクレシオンも今はもう見る影もない。ただ、塔だけは健在であった。全て石造りの強固な造りで、周りの建物が朽ち果てようと未だその形を保っていた。ラース・グレンはまさしくそれを城に見立て、敵を迎え撃つ考えだ。まずはクレシオンに敵が潜んでいないか、俺たちは確かめる必要がある。
イーデンはシュガールを放った。一匹が五十センチほどの大きさで五百匹に及ぶ。それが一斉にクレシオンに向けて進んでいった。まるで川のようである。地を這うシュガールの群れは街に到達したかと思うと右に左に散って行った。あとは待つばかりだ。俺たちはクレシオンを臨むこの丘で、街の様子をうかがっていればいい。




