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06


 ブライアンはなかなかどうして手短な名演説だった。五歳の子供とは思えない。人々も感動したであろう。姿が失せても人々は広場から離れなかった。偉大な王ブライアンとか、ブライアン王永遠なりとか、口々に叫んでいる。俺たちは広場を後にした。


 新王ブライアンの晴れ姿が見えなかったはずの街路でも、多くの人々が民主化を喜んでいた。広場から口伝えに広まったのだろう。俺たちが移動するより王の言葉は早かった。


 カリム・サンとフィル・ロギンズも人々と一緒になって喜びを享受したかったろう。事前に知っていたとはいえ、実際に王の口からその言葉を聞くまではやっぱり不安だ。人々が小躍りする光景を見、俺たちは大きな仕事を成し遂げたんだと、やっと実感が沸いたようだ。歩く様が誇らしげである。


 風の便りという例えがあるように、スピードが衰えることなくブライアン王の言葉はエンドガーデン全土に広がって行く。戴冠式は取り敢えず何も起こらずに終わった。しかし、これからが正念場だと言っていい。


 他国でも民主化を望む人々がいるだろう。それを抑え込もうとする王族もいるはずだ。ブライアンが投じた石がエンドガーデンにどのように波紋を広げていくか。俺たちの運命にも係わって来る。


 郊外でシーカー六人が俺たちを待っていた。馬が十五頭用意されていた。在地のシーカーは馬に乗るようだ。長城の西では走るスピードで歩いていた。やはり装備に魔具は見当たらない。王都のどこででも見られる下級兵士の鎧である。鎖帷子に、胸当てや肩当て、籠手に脛当ての軽装である。


 そこいらの鍛冶屋で売られる盾や槍を持ち、剣を腰に指していた。六人はすでに馬上にあり、それぞれが俺たちの乗る馬の手綱を手にする。


 人が乗る馬以外の四頭には多くの荷物が積まれていた。これから北に行くのか、南に行くのか、ましてや何日の旅になるのか俺たちには知らされていない。ラース・グレンの案内に従って付いて行くだけだ。道中、追っ手も巻かないといけない。あるいは、どこかで待ち受けてそれを迎撃する。


 ラース・グレン次第である。アンダーソン邸からリーマンと一緒に王都に帰った時はグダグダだった。移動自体に目的を持ち、ピシッと目的地に向かわないのはもう慣れっこだ。


 いずれにせよ、真っすぐタイガーの元には向かわないと思う。方向は北に向かっていた。ヘルナデス山脈を左手に進んでいる。


 街道の先に霞ががっている山はヘルナデス山脈の最高峰といわれる竜王の角だ。形は氷山のようで、頂上が尖っている。恐ろしい名と裏腹にアメリアでは親しまれ、その麓にあるメイアーという都市は観光地となっている。


 メイアーは芸術家からも愛されていた。歴史に名をのこす巨匠を輩出し、今でも多くの著名人が居を構える。風光明媚な街で温泉も湧き、パワースポットでもあるという。王都から約百五十キロほどの距離にある。


 俺たちはメイアーへ向かう街道にいた。辻にかかると必ず茶屋とかお食事処があった。店の前にはたくさんの馬が結ばれ、多くの人が出入りしていた。街道でもしょっちゅう荷馬車とすれ違った。荷台は満載でこれから王都に行って売りさばくのだろう。どこかの問屋に卸すのかもしれない。


 王都の周辺には多くの中小都市があった。大喰らいな王都の腹を満たすため、あるいは住居不足を補うため自然発生的に出来た町である。王都なしではやっていけず自身は衛星都市として都市圏を形成していた。


 俺たちが進む街道の先にはクレハという町がある。大きな川があり、橋が架かる。観光地に向かう街道ということもあり、また、王都で稼いだ金が落ちるのもあって、もっぱら夜が賑わう宿場町となっていた。


 衛星都市としては異質だ。その先のメイアーと含めて、王都の市民の保養と娯楽を担っていると見ていい。俺たちはそのクレハには入らなかった。本街道を逸れ、脇街道を進んでクレハを迂回し、川は渡し船で渡った。その日はもうちょっと先に進めたが、追っ手の有無を確認するために宿を借りて休むことにした。


 渡し場の宿場も一昔前までは賑わっていたという。街道の先には馬の生産地があり、さらに行けば金鉱の街クレシオンである。そのクレシオンが三十年前に廃鉱になり、それで宿場は寂れた。


 俺たちは渡し場を監視した。王都側へ向かう渡し船には多くの馬が乗せられていた。そもそもこの渡し場は馬を王都に運搬するために造られたという。渡し場から半日も行けば牧場に出る。竜王の角の裾野で標高が高く、清涼地であることから王都で使われる馬のほとんどが生産育成されていた。


 王都の方から来る船には馬の生産者と思しき者が乗っていた。手ぶらで自分が乗る馬のみを連れていた。追っ手らしき者は確認できない。後ろからノコノコ付いてくるような小物だったら助かるのだが、おそらくはそうもいかないのであろう。だがもしかして、追っ手の心配は杞憂なのかもしれない。ブライアンの戴冠式も、何もなかった。


 いや、何もなかったのではないのかもしれない。ソーンダイク家のてこ入れがあったのだ。手を出そうにもおいそれとは手出しができなかった。それにスパイ対策の能力を持つリーマンもいる。


 もし敵がいて、狙うとしたら俺たちだろうな、と思う。人知れず暮らすシーカーを刺激しないよう、俺たちは極秘に動かなければならない。王都を離れ、人の目が及ばない土地を進んでいくのだ。こんなに狙いやすい獲物は他にいない。俺たちが消えれば、魔法を広く市民に行き渡らせようとするアメリアの目論見はとん挫する。

 

 俺たちは、馬車が擦れ違えない街道を進んでいた。竜王の角は左手に大きく見えている。多くの馬が放し飼いになっていた。


 牧草地を突っ切って竜王の角へ向けて進めば、メイアーに向かう道にぶつかるかもしれない。運が良ければそれこそメイアーが目の前に見えてくるだろう。しかし、ラース・グレンにその気はないようだった。


 ほとんど誰も通らない街道に、ほんのまれだが牧草を積んだ荷馬車がわだちに車輪をハメてやって来る。見渡す限り牧草地で、農家の家屋は一軒も視界にはない。いるのは馬だけだ。


 時間がゆっくり流れているのを感じる。バカンスなら心地いいだろうが、気が急いているせいか、こうも遅いと色々と要らないことを考えてしまう。


 ラース・グレンに会いに行った時、俺たちに尾行が付いた。まぁ、王族が街中を歩いているのだ。他国のスパイは気になるところだろう。それに逃亡したハロルド・アバークロンビーに魔法を使った時の一件もある。街中をただ闇雲にぶらついている俺たちに、今度は何事か、とスパイが衝動的に尾行したくなる気持ちも分からないでもない。


 問題はだ、俺たちが今も尾行されていたらってことだ。そもそもあり得ないのだ。戴冠式の最中に旅立った。王嗣おうしの地位にある俺が戴冠式に出ていなかったのは不可解だろうが、悪名高いキース・バージヴァルだ。サボったとしてもおかしくはないし、何かあったとしても大したことではない。


 普通に考えて、戴冠式を欠席した理由も分からないのにわざわざ俺を探すか? しかも、居ないからと言って慌てても後の祭り。あんなに人が溢れていたのでは探そうにも無理ってもんだ。それくらいのことは分かろう。


 今も尾行されているとすれば、俺は事前に監視されていたことになる。なぜ、監視されていたのか。百歩譲って閣議で決まったことが筒抜けだったとしてもその時点では、城に旗を立てる段取りだった。もし俺をマークするなら、城に旗が掲げられてからで十分だと敵は考えるだろう。俺が戴冠式に出発するなんて夢にも思っていない。






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