04
ラース・グレンは俺の前でひざまずいた。これにはハロルドはもちろんのこと、イーデンも驚いた。エトイナ山へ行くにはシーカーの護衛が必要不可欠だ。古くから伝わる王家の伝統でもある。世間では認知されていないがシーカーと王家はある意味、対等であった。
それゆえ、シーカーは王家に決してひざまずかない。長城の西でカールなぞはデンゼル・サンダースにハグされていたし、機嫌を損ねないよう相当気を使っていた。おそらくは、イーデンも同じ様な体験をしているのだろう。ひざまずくシーカーを見たことがなかったはずだ。
「よしてくれ。俺は君たちに頼みごとがあって来たんだ」
「いえ、我らが主タイガーの恩人ならあたりまえのこと。それに決闘裁判は何のお力添えにもなれませんでした。殿下のお望みとあれば願ったりです」
ハロルドもイーデンも呆気にとられていた。ハロルドなぞ、そもそも王家とシーカーが繋がりを持っていたの知らなかった。ついさっき、フィル・ロギンズに聞いて知ったばかりだ。
城に旗を立てるとシーカーの使いがどこからともなく現れて、長城の西で王家の人間と落ち合う日取りを決める。そんな不効率なことを王家はずっとしていたのだ。自分がいたらそんな面倒はいらない。ハロルドはシーカーの扱いを自分の専売特許のごとく思っている。今回の交渉もやる気満々だったのだ。
カリム・サンとフィル・ロギンズにしても、シーカーがユーア国でドラゴンを撃退した噂は聞いていた。そのシーカーが実在し、タイガーはその十二支族の王であることを今回の初めて知った。どんな恐ろしい男か、魔王のごとくな男を想像していたようだが、俺のことを恩人だと言っている。二人とも開いた口が塞がらなかった。
「立ち話もなんですから、場所を移動しましょう。話はそこで」
ラース・グレンは俺たちを隠れ家に案内した。シーカーは王都に幾つも隠れ家を持っている。絶えず移動し、一っ所にはいないそうだ。シーカーとしてもハロルドのような男が必要で、王国の情報を得たりしている。シーカーに会いたいなら闇雲に貧民街を歩けばいい。あちこちに見張りを置いていて、安全が確保できれば利害関係のある者には姿を現す。
隠れ家への道中、ラース・グレンはハロルドと肩を並べて歩いた。無事、牢を出たうえキース殿下をお連れするとはやっぱりお前は面白いやつだ、とラース・グレンはハロルドにからかい半分話した。ハロルドも自分の巡り合わせに苦笑するしかなかった。初めは何とか逃げ延びてシーカーに接触しようとしていた。エンドガーデンを捨て、長城の西に入るつもりだったのだという。
隠れ家は、貧民街では普通にあるアパートで、その一室に五人ほどがいた。部屋はバーの跡のようだった。家主が経営でもしていたのだろうか。二階にあることから家主に黙って住民が勝手に営業していたふしもある。幾つもある部屋の壁を打ち抜き、広いスペースを作ったようだ。カウンターと、幾つものテーブルが並んでいた。
五人いるうち、女が二人含まれていた。五人ともふてぶてしく座っていたが、俺たちが来ると慌てて立ち上がった。そして、ひざまずく。
「さぁ、ここにお掛けになってください」
五人がひざまずいている横でラース・グレンは椅子を引いた。ポケットから手袋を取り出し、それで椅子の埃を払う。俺がそこに座ると皆も椅子に腰を掛けた。
「タイガーに会いたいのだが、どこに行けばいい。出来れば君たちの案内がほしいところだが、どうだろうか」
「差し出がましいようですが、殿下がお呼びになればよろしいかと。決闘裁判の時は代決闘士になろうとここに御出ででした。今回もきっとタイガーは御出で下さるでしょう」
カリム・サンとフィル・ロギンズは顔を見合わせた。そういえば、って顔をしている。無名の戦士デンゼル・サンダースだけが、俺の代決闘士に名乗りを挙げた。それがタイガーだと思ったのだ。
事実は違うのだが、ラース・グレンの口ぶりではラース自身もラキラ・ハウルが本当のタイガーだとは知らないようだ。彼はおそらくシーカーでは末端だ。それも、どの支族にも属していない。
在地で、シーカー全体のために働く。ラキラのようにどの支族にも属していない存在で、俺が思うに在地のシーカーはラキラの組織の一員なのだろう。シーカーの里で家を持ち、農地を持つ者は族長の下に与する。中でも、代々魔具を伝承している家の者達は、騎士か、貴族のような身分なのだろう。
「タイガーに来て頂くのは有り難いが、今の王都は危険なような気がする。多くのスパイが入ってきているし、もしかしてその中には魔法が使えるやつがいるかもしれない。アメリアは、ローラムの竜王と多くの人々を契約させようとしている。それは知っているな」
「はい。その話はタイガーから聞いております」
「それゆえ他国から妨害が入る。俺たちに同調しようものなら何が起こるか分からない。タイガーは王都には来ず、なるべくシーカーの里にいるべきだ」
「話は分かります」 ラース・グレンは腕を組んだ。「ですが、シーカー以外に里の場所はお教えできません。ましてや村に入ることなぞ以ての外。殿下でも許されず、俺たちは罰せられます」
「それは大丈夫だ。俺はもうすでにシーカーの村に入っている。十二人の族長全員とも顔見知りだ」
「族長とも、」 ラース・グレンは眉を上げた。「そりゃぁ、本当ですか」
「証拠を出せと言われれば難しい。信じてもらうしかあるまい」
ラース・グレンらは立ち上がった。六人そろって別の部屋に入って行った。これから相談するのだろう。俺たちは待つしかなかった。
一時間ほど経ち、六人は揃って戻って来た。
「俺たちが案内しましょう。殿下らはここに来る途中、何人かに尾行されていました。三人を捕らえ、一人は殺しています。他は取り逃しました。魔法が使える者はいなかったようですが、捕らえた者は舌をかんだり、毒を飲んだりして自害しました。間違いなく訓練された兵士です。この隠れ家も突き止められているかもしれない」
そんなこったろうと思った。俺たちは完全にマークされている。
「殿下が言うのはもっともかもしれません。魔法を使う誰かが後ろで糸を引いている。タイガーに危険が及ぶのならばその兵達を駆逐し、後ろで糸を引いている者も捕らえたいと思います」
「俺たちが餌になるということだな。確かに旅は打って付けだ。町中で魔法を使えば目立つしな。な、イーデン殿」
ハロルドが逃げた時、イーデンに魔法で追跡させた。結果、街は騒然としていた。
「はい」 イーデンはニヤッと笑った。「ですが、人の足で追うより、私の能力の方が確実です」
「それでも、普通は手の内を晒したくもないものだろ?」
魔法で追跡させといて言うのもなんだが、バージヴァル家の人々は珍しいことに、使える魔法を多くの人に知られても何とも思っていないようだ。俺はイーデンの答えを待つまでもなく続けた。
「魔法は自分で選べるんだ。力を誇示するために、強力で、それゆえ目立つ魔法を選びがちだ。そういう面で言うとバージヴァル家は異質だと言っていい。だから、手の内を晒してもどうってことがないのだろうがな」
カールも、イーデンも、リーマンも、力を誇示するよりも応用の利く、あるいは便利な魔法が好みのようだ。
イーデンは感服したのを態度で示すように頭を下げた。
「おっしゃる通りです」
「グレン殿の言う様に、人の目が無くなれば後ろで糸を引いているやつは姿を現そう」
「申し訳ありません」 ラース・グレンは苦情に満ちた表情であった。「恩がある殿下にまた厄介をかけることになろうとは」
「気にするな。相手がいるのならずっと避けてはいられないだろ? これはむしろ俺たちの問題だ。魔法には魔法で対処する」




