03
「今、俺たちはローラムの竜王から使命を受けている。魔法を広く人々に開放する。ザザムとガリオンの竜王からエンドガーデン、ひいてはローラム大陸を守るためだ。ローラムの竜王は最も古いドラゴンだと言われている。だが、しかし、ピークは過ぎた。ザザムとガリオンの竜王はこれからまだ力を伸ばしていく」
ハロルドは、きょとんとしている。それは仕方ないことだ。まだブライアンが王になることさえ納得いっていない。俺はフィル・ロギンズに目配せした。これまでの経緯を説明させるのだ。
フィル・ロギンズは文官だけあって、ハロルドに分かりやすく順序立てて話した。ハロルドは権力闘争や民主化なぞ興味を持っていなさそうだ。が、自分がどんな立場にいるかは理解したようだ。
「殿下は力を付けてガリオンに乗り込もうってわけですね」
「そう捉えて結構」
「でしたらもう一つ、ラグナロクの他にも興味深い所があるのですが」
ハロルドはもうその気になっていた。今まで何度も逃げたのが嘘のようだ。
「興味深い所?」
「はい。長城の向こう、ドラゴンの勢力圏の南にガレム湾という所があります。私はそこで大きな四角錐の建造物を目にしました。外装の材質は不明で、黒く、ガラスのようでもあり、金属のようでもあります。伝承では、中は迷宮になっているそうなのですが、入口らしきものはどこにも見当たりません。もしかして、殿下なら中に入れるのでは。天人の骨の加護を得たのです。殿下が行けば扉が開かれるかもしれない」
「確かに興味深い話だが、」
「殿下!」 カリム・サンが割って入った。「我らにはやらねばならないことがあります。それにこやつは信用ならない。何度も逃亡を企てたのはカールの居場所を知っているため。どこかで落ち合う約束をしているのです」
恩赦がなされようとカールは未だ王国にとって危険分子だ。ブライアンを王として認めていないかもしれない。王都は警戒態勢を敷いていた。戴冠式での他国の妨害も危険だが、カールも危険だというわけだ。
「まぁ、落ち着けカリム・サン。その可能性はない。もしこいつがそうだったとして、アーロン王の崩御を聞いた時、カールが王となったと勘違いした。存在もしないカール王に会おうとしたのはどう説明する? こいつが逃げたのは、恩赦になったのにも関わらず自由にならなかったからだ。それに、迎えに来たのが他でもない、悪名高いキース・バージヴァルだしな」
「ですが、我々にガレル湾の迷宮とか、寄り道する余裕はありません」
「ああ、だから順序があると言ったんだ。何をするにしろ、魔法を持たない俺たちはドラゴンに対してあまりにも無力だからな。まずはタイガーと会わねば。その後、俺たちは多くのシーカーと行動を共にする。アバークロンビーも役に立とう」
ハロルドは的外れなカリム・サンをあきれていた。一方でカリム・サンはというと、そのハロルドの態度にイラッとしていた。
「どうでしょうか。私にはそうは思えません」
「あんた、カリム・サンと言ったかね」 ハロルドはカリム・サンの前に立った。「ご心配なく。殿下がおっしゃりたいことは分かっているつもりだ。私はシーカーの、王都でのねぐらを知っている。そういう役目なのでしょ、今は。先走ったりはしない」
城に旗なぞ立てる必要もなかった。ハロルド・アバークロンビーは見立て通り、シーカーにコネを持っていた。旗を立て、使いを待ち、使いが来たら来たで王国の誰が取り次ぎ、やっと俺の出番が来る。誰かの介在は挟むわ、時間がかかるわでけっこう面倒だ。それにシーカーのねぐらを知っとけば、今後そうとう便利となろう。
そうは言うものの、ハロルドはすぐには動かなかった。散髪したいと宮中の御用理髪師を要求した。こんなかっこだと町中に出られないと言うのだ。さんざん脱走しといてよく言ったものだ。
髪は短く刈られ、髭は剃られた。現れたのは割れた顎とニヤついた唇。始めてこいつを見た時、何が可笑しいんだと考えてしまったが、こいつは可笑しくも何でもないのに絶えず片方の口角が上がっている。真顔がそういう顔なのだ。
ハロルドの案内で、俺たちはこぞって街に出た。馬車を使わずに歩きだ。路地を伝い、大通りを避けていく。
路地のいたるところで万国旗のように洗濯物が吊るされていた。売り物の野菜や果物も並べらている。子供らは棒っきれを振り回して遊び、年寄りは階段に座って日向ぼっこしている。
ハロルドはパリッと決め、俺たちの先頭を威風堂々歩いている。イーデンは相変わらずの黒のプレートアーマーだ。愛用の剣も携えている。俺は丸腰だが、プールポアンの上に強化外骨格。カリム・サンとフィル・ロギンズはサーベルを手にしていた。
俺たちが現れると誰もが道を譲った。怖がっているのもあったが、王族が馬車も使わず少人数で、しかも庶民の生活空間を歩いている。なにがどうなっているのか分からないのだろう触らぬ神に祟りなしってことだ。
やがて俺たちは、にぎやかな庶民の暮らしを後にし、貧民街へと入っていった。大通りどころか路地にもほとんど人がいず、ゴミだけが風に吹かれていた。たまにいる者は皆、一っ所に固まっていて、道端で一人ポツンと立つ者はいない。
外に洗濯物なぞ干している所は一軒もなく、もちろん物売りなぞいない。静かな町だったが雰囲気は暗く淀んでいた。相変わらずハロルドは威風堂々で、物怖じ一つしない。
子供たちが大挙してやって来た。何か恵んでもらおうってわけだ。子供たちにとっては、地位も名誉も関係ない。金を持ってそうなやつが来たぞ、ってだけだ。
カリム・サンはえらい剣幕だった。一生懸命追い払おうとしているが数が数である。ぶん殴るわけにもいかず、剣を抜くことも出来ない。貧民街でそんなことをすれば戦争が勃発する。手で払い除け、大声で威嚇するのみだ。やはり、子供たちには通じない。
ふと、路地の先に男が一人立っていた。髪が長く、髭も長い。上背があり、肩幅も広く、杖を持ち、俺たちが来るのを待っているかのようにこちらを見ていた。子供たちは男の存在を知ると蜘蛛の子を散らすようにどっかに消えていった。
ハロルドは男のもとに歩み寄り、ハグをした。そして、男を俺たちに紹介した。
「シーカーのラース・グレンだ」




