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権限を移譲されたその初仕事で、民主政治そのものの真価が問われるのは致し方ない。しかも、いま決議しなければならない事項は国民にとっては象徴的な事柄だ。王族が独占していた魔法を平民階級に広く開放する。
初仕事としてはこれ以上のものはない。内閣の面々は失敗するわけにはいかなかった。やはり国王が権力を持つべきだと世論の風向きが変われば未来永劫、民主政治は望めない。責任は閣議に出席した面々それぞれの肩に重く圧し掛かっていた。
他国もただ手をこまねいて見ているだけではなかろう。議会の妨害工作は十分考えられる。ダラダラと問題を引き延ばすのも、閣議のメンバー間での対立も、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
閣議で最もごたついたのは人事であった。魔法省の細かい部局は法制化した後にそれぞれ設置されるも、それまでは法案造りのため魔法省は暫定的にスタートを切る。正副大臣、正副政務官、事務次官、審議官などの役職に、相応しい人物を内閣は政治家や官僚から決めなければならなかった。
人事に関して、これまでの慣例では執政デューク・デルフォードに一任されていた。バックにアーロン王がいたためである。閣議は今まで抑えられた自己主張が噴出し、出席した面々は権力欲を満たすため躍起になった。タガが外れたと言っていい。
誰もが始めて民主政治の難しさに直面したのだ。だが、執政のデューク・デルフォードは上手くやっていたと言える。そもそもが調整型の政治家だったのだろう。会議が紛糾するたびに休憩を取り、廊下やロビーで個別に話し合いを持った。
やがて人事の問題が解決をみると今度はエトイナ山に行く者の人選だった。言うまでもなく俺とソーンダイク以外、内閣の面々は魔法にも、長城の西にも、疎かった。今までずっと黙っていたエリノアがここで初めて口を開いた。
「人選はわたしとキース殿下、そしてソーンダイク王太子殿下にお任せ願いたい」
誰も口出しできなかった。国王の実権はまだ内閣に委任されていない。国王の生母ということもある。そもそもが内閣の面々は国王への尊崇を骨の髄まで叩き込まれた世代でもあった。
だがそれ以上に、内閣の面々はエリノア・バージヴァルに対して恐れを抱いている。夫のアーロン王を排除した非情さやその手腕だけではない。
人の心を見抜くようなグリーンアイ、そしてプラチナブロンドと端正な造りの顔立ち。それが怖れに一層拍車をかけた。誰もが平民の出だということを忘れてしまっている。神か悪魔か、その生まれ変わりか、信仰じみた畏敬の念に支配されていた。
彼らに逆らう余地はない。だが、俺は違う。エリノアはおれに言わせれば人が造り出したモンスターだ。神か悪魔がいるというならそれはローラムの竜王である。あの爺さんはこの世界と一体になっていた。
「王太后陛下、お言葉ながら俺はその役目、引き受けしかねる。エトイナ山に全員無事に届けるならまずやらねばならないことがある。みなは知らないだろうが、我々王族が長城の西を旅する時、必ずと言っていい。護衛が付く」
俺はソーンダイクンを見た。ソーンダイクはうなずいた。
「ああ、シーカーだ」
閣議の面々は戸惑っているようだった。口をつぐんで、互いに互いを見合っている。シーカーの存在はまことしやかにささやかれる。鬼や悪霊のように妖しげな者たちだと噂されていた。それが代々王家と繋がっていた。
「キース殿下がおっしゃる通り、シーカー無しでは長城の西をエトイナ山に向かうのは難しいかと思う。竜王の道も荒れ果てようとしていると聞いた。しかも、今度は少数ではない、大人数で竜王の元に向かう。もしシーカーが手伝ってくれたとしてその数もしれよう。どれだけの人間がエトイナ山を登れるか想像もつかない」
鬼食う鬼。二年前のユーア国を襲ったドラゴンを撃退したのもシーカーだというのは閣議の面々も噂には聞いたはずだ。我々はドラゴンに対してあまりにも無力なのだ。
と、まぁ、なにも彼らを脅かせようってつもりで言ったわけではない。シーカーを連れていくための、誰もが納得する口実だ。ローラムの竜王は多くの人に魔法を使えるようにしようと考えている。だから俺とラキラ・ハウルが呼ばれた。そこにシーカーと王国の人々との区別はない。
「そういうことだ。だが、俺に考えがある。まず先発隊として俺を派遣してほしい。目的はタイガーに会うこと」
「タイガー!」 ソーンダイクは驚きの声を上げた。「シーカー十二支族、その王の中の王」
どよめきが起こった。聞いてはいけない言葉を聞いたかのようにこの場にいる誰もが表情をゆがめた。ソーンダイクは続けた。
「わたしは二年前にタイガーに会った。剛腕の大男だが俊敏に動き、指揮する手腕も素晴らしかった。確かにタイガーならわたしたちの派遣する兵に見合った多くのシーカーを集められよう。だが、タイガーは神出鬼没。そのうえ正直、タイガーどころかシーカーがどこに住んでいるのか我々は知らない。ローラムの竜王との契約に際しても各王家が己の城に旗を掲げることでシーカーの方から王国に使いをよこす。ずっと昔からそういう決まりなんだ。シーカーの住処に誰も行ったことがない。だから、こっちからタイガーを見つけるのは至難の業」
「でしたら、」 声の主は執政のデルフォードだ。「旗を掲げてみては。シーカーが使いを寄こすのでしょ。その時にタイガーのお出ましを願う」
「デルフォード君、君はタイガーがどんな男か知らない。絶えず少年をはべらかして、その少年にはマスクを強いる。万が一、その少年の素顔でも見もしようものならそいつは脳天から股まで真っ二つ。女子供でも容赦ないと聞く」
デンゼル・サンダースのことだ。実はラキラ・ハウルがタイガーで絶えずマスクを被り、デンゼルはというと、護衛としてラキラから片時も離れない。デンゼルは自分をタイガーだと世間に思わすことによってラキラ・ハウルを守っている。
「そんなやつを呼びつけてこちらの言うことを聞かせられるものか。デルフォード君、彼を説得するのならまず礼儀としてやはりこちらから行くべきだ。旗を掲げるなら、王都にやって来た使いと一緒にこちらの誰かがタイガーのもとに向かう」
当然、ここにいる面々は誰も行きたがらない。使いで行かしたとして、話をまとめられそうな人物も思い浮かばない、いや、関わりたくないのだろう。そういう面で面々は視線を避けるようにして目を伏した。
「その役目を、俺が引き受けようと思う」 俺はエリノアに視線をやった。「よろしいでしょ、王太后陛下」
「危険でしょうが、」 周りを見渡したエリノアは、うなずいた。「殿下が適任でしょう」
「そこで一つ、頼みごとがある。牢獄にハロルド・アバークロンビーという男がいるはずだ。カール・バージヴァルと一緒に王都の遺跡を発掘していた。そいつは聞くところによると、未開の地の探検と遺跡の探索が目的で長城の西に単独で入っていたというではないか。魔法も使えない男に長城の西で何ができる。おそらくはシーカーと繋がりがある。そいつも俺と一緒にタイガーのもとに行かせる。何かの役に立つはずだ」
ラキラ・ハウルに会うことも大事だが、俺はこの世界の秘密を知らなくてはならない。カール・バージヴァルが発掘していた遺跡にあったパワード・エクソスケルトン、別名、強化外骨格。それがこの世界の何だったか知る必要がある。
俺のパスワードが使用済みと拒否されたからには、俺の世界とこの世界が何らかのつながりがあるとみていい。なぜ俺の世界がドラゴンのウヨウヨする世界になったのか、あるいは、パスワードは本当に偶然で、この世界は俺の世界と全く繋がりがない。いずれにしても、世界の秘密の糸口はそこにあるように思える。
「あなたに全てがかかっています。ご武運を」
エリノアはそう言って、閣議の場から去っていった。
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