08
竜王の門の南、木々に隠れた一画に王家の大庭園があった。そこにはバージヴァル家の霊廟があり、温室を兼ね備えた植物園や菜園、博物館も置かれていた。
ユーア国の王太子リーバー・ソーンダイクはテーブルの横に立ち、俺たちを待っていた。テーブルにはお茶やスイーツが用意され、遠く向こうでは子供の笑い声が聞こえる。護衛の近衛兵五人とブライアンがいた。
十歳ぐらいの女の子と遊んでいる。女の子はというと、ブライアンの面倒を見ているのだろう、姉のように遊び方の手本を見せてブライアンをリードしていた。
だだっ広い芝の上にたった一つのテーブル。多くの使用人がいて、ソーンダイクの後ろには近衛兵が十人ほどいた。霊廟も兼ね備えた緑の庭園に金の鎧と赤いマントとは何ともものものしい。不釣り合いである。
近衛兵を引き連れ、当たり前のようにいるソーンダイクはまるでこの庭園のあるじのようだった。俺たちが他国の王族で、今回特別な場所を訪れる栄誉に与かったと錯覚してしまう。
まず、リーマンがソーンダイクに握手をした。そして、二人は胸をぶつけ合うように固いハグをした。
「お久しぶりです。リーマン殿」
「立派になられまして、驚きました。王太子殿下」
「会うのはわたしの結婚式以来ですか」
「はい。あの式は素晴らしかった。伝統に乗っ取った格式高い、まさにロイヤルウエディングです」
ソーンダイクはダークブラウンの短髪である。くせっ毛のようだがパーマ感がなくなるまでガッツリとカットしている。首が長く、顔も長い。良く言ってカワウソで、悪く言うとトカゲのようである。
それでいて気品がある。育ちがそうしているのか、これぞ王族と思わせる高貴な雰囲気を全身から醸し出している。キース・バージヴァルと違っていい意味で、どこにいても王族だと分かりそうだ。
リーマンの好みなのが一目瞭然だ。奇妙な容姿と気品のギャップ。そして、人懐っこい笑顔。それがソーンダイクに何とも言えない色気を作り出していた。リーマンが好意を寄せるのは致し方なかろう。お茶会に心躍るのも、そもそもが、ソーンダイクが人柄的にも仕えたいと思う王族だったからに他ならない。
「殿下、リーバー・ソーンダイクです。お見知りおきを」
ソーンダイクは俺に握手を求めて来た。お見知りおきを、と俺がそれに応えるとソーンダイクは、立ち話も何ですからと俺たちをテーブルの方にいざなった。
「しかし、驚きました」
ソーンダイクはアーロンの葬儀で初めて俺を見たという。その時の印象を語り始めた。
想像していたのとはまるで違ったようだ。どんなチンピラかと思っていたら健康的で威厳があり、王者の風格さえ漂わしている。なにより、美しい青年だったと言う。
まぁ、それはな。見た目を褒められても俺自身はうれしくも何ともない。本当の俺は黒髪黒目のただのおっさんなのだ。ソーンダイクは歯に衣着せぬ物言いでさらに続ける。
俺は、他国ではうつけもので通っているらしい。大体そんなものだろうとは思っていたが、実際いい物笑いの種だそうだ。泥酔して落馬し、死んだと思われて葬儀が出された。それだけでも笑えるのに生き返ったと思ったら今度は裁判沙汰だ。
裁判では色んな秘密が暴き出され、性癖も公にされた。もちろんそれはエンドガーデン全土に広まっている。恥を全世界にさらされたうえ、裁判の負けが決まったと思ったら破れかぶれ、決闘裁判に打って出た。相手はアメリア一の戦士だという。
どんな面白い死に方をするのかと世界中が俺の話題で持ち切りとなっていた。が、結果は俺の勝利で裁判の幕を閉じた。
八百長試合だったと他国では噂される。王族が罪を問われるはずはないのだ。ローラムの竜王と会う旅も通常一ヶ月以上かかるところを一週間で走破したと言われる。そんなことは可能かとソーンダイクは思ったそうだ。帰還式の口上では真実が語られない。なぜならば、長城の西は吐息であってもローラムの竜王のモノだからである。
何であっても長城から西のモノは持ち帰ってはならない。だから、帰還式ではありもしないことをあえてホントのことのように語られる。どうせなら面白い方がいいってわけだ。
しかし、ソーンダイクは腑に落ちなかったようだ。アーロン王は落馬して死んだと思われたキースの葬儀に出なかった。よほどアーロン王に憎まれていたのだろう。現に帰還式での魔法の攻撃は誰が見ても本気だったという。裁判もアーロン王自らが告訴人となり、俺の処罰を求めた。
エトイナ山への旅も、帰還式の日からさかのぼって出陣式の日まで確かに七日間であった。ソーンダイクも若かりし頃、ローラムの竜王に会いに行った。距離で言えば、アメリアよりユーアの方がエトイナ山に近いはずなのに旅は一ヶ月以上も要した。
「わたしは真実を知りたいのだ」
ソーンダイクが心配しているのは二年前のはぐれドラゴンの件だ。それについて帰還式でカール・バージヴァルが語っていた。二年前のドラゴンは斥候で、近くザザムやガリオンの大軍がローラム大陸に押し寄せてくると。
概ね合っているのだが、真実は違う。人々がたちまちパニックに陥らないための方便だった。ユーアを襲ったのは長城の西からやって来たローラム大陸のはぐれドラゴンでだった。ローラムの竜王の力が弱まり、二年前のあの瞬間、結界が一時解かれてしまった。
ローラムの竜王の寿命が尽きようとしている。だが、やはり今はそれを公には出来ない。時期尚早、少なくとも公表するは我々の準備が整った後だ。いま言えるのは、帰還式でのカールの言葉をなぞることのみ。
「ザザムとガリオンの竜王はますます力を付けてきている。一方、ローラムの竜王の力は昔ほどではない」
「無礼を承知でお伺い致します。殿下はそのことを誰にでも納得させられる証拠はお持ちですか」
「長城の西に行けばすぐ分かる。庭師の数が減っていっている。それでも納得出来ないのであればセイトに行けばいい。面白いものが見られるはずだ」
「それはつまり、ロード・オブ・ザ・ロードも安全でなくなるってことですか。しかも、殿下のお話ではこれからますます別の大陸からドラゴンはやって来る。忌々しきことです。二年前の騒ぎが原因ですでに我が王家の人間が一人、命を失っている。戦闘中、傷を負ったのです。その時は命を取り留めたが半年前に亡くなりました。ドラゴンが相手なら平民は役に立たない。魔法が使える我々が出張らねば。かといってこれ以上、ソーンダイク家の一員を死なすわけにもいかない」




