03
「どうしました」
リーマンがそう尋ねるとフットマンは馬車に上がり込んで来た。
「火急のことにて失礼いたします」
ひざまずくともう一人、フットマンの後から馬車に上がり込んで来た。少年であった。おそらくはペイジと呼ばれる従僕なのだろう。彼らは十代半ばまで見習いをし、フットマンへと昇格する。
「なにがありました」
リーマンは王都の異変を察した。ペイジは本来なら王都にいるはずだ。仕事をしながら宮中の作法や習わしを学ぶ。
「国王陛下が今朝、ご崩御なされました」
「なんと!」
リーマンはそこで言葉を詰まらせた。俺としても驚きを禁じえない。一度だが二人っきりでアーロン王と会った。あの時は、毒の瓶を手渡された。病的であったが決して不健康ではなく目はギラつき、生命力に満ち満ちていた。
帰還式の時だってそうだ。あの怒りが病人のものとは思えない。溜まりに溜まった生命力を一気に爆発させたかのようだった。
ずっとアーロン王に接していたリーマンとてそう思っていたであろう。なんせ皇帝にしようとしていたのだ。長い沈黙が続いた。フットマンがもたらした情報に嘘はない。その証拠に宮中で奉公するペイジを連れてきた。
リーマンに似合わず恐ろしい顔つきをしていた。いつもニヤついているようなイメージで、何でもお見通しだと言わんばかりだった。間違いなく寝耳に水、アーロン王の死は思いもよらないことだった。
少なくともリーマンは、アーロン王の死に関係していない。型にはまった死を悲しむという感情を見せるどころかむしろ腹が立ってどうしようもないって風である。死なせたやつらも憎いがそれよりも自分を責めているって感じだ。
明らかに不審な死だ。まるで俺たちのいない間隙を縫ったようだ。フットマンとペイジはリーマンが口を開くまで黙って平伏するつもりのようだ。彼らもリーマンの怒りも感じている。まるでアーロンの死が自分たちの罪かのようにリーマンを恐れていた。見かねて俺は口を挟んでしまった。
「崩御はまだ公表されていない。他でもなくこの我々にも秘密だ。そのうえで君たちがここに報せに来た。急いで、しかも、わざわざペイジを連れて。宮中でいったい何があったんだ」
まぁ、少なくとも次の王については問題になっているわなぁ。ブライアンに決まっているが、継承順位はまだ下位だ。キース・バージヴァルの有罪が既定路線であっただけにエリノアは頭を抱えているのだろう。
しかし、思い切ったことをしたものだ。一か八かだったのは分かる。王太子殿下のカール・バージヴァルはいないし、次期国王がハッキリしないことには国民にアーロン王の死は公表にできない。そう考えるとエリノアはどんな力業を見せて来るか分かったもんじゃない。
最悪、俺たちはイーデンとの戦いで死んだことにされてしまう。リーマンはというと、未だ黙っている。フットマンは戸惑いつつ、俺の問いに対して口を開いた。
「それについては、このペイジ本人の口からご説明させて頂きます」
フットマンがそう言うと十歳前後の少年がたどたどしく話し始めた。それによるとアーロン王は正式に俺を王太子にするつもりだったらしい。決闘裁判の戦いで迷い、イーデン・アンダーソンの投降でその考えが決定的となったという。
そこに至るまでは、ブライアンをゆくゆくは王太子に、との考えだったらしい。昨夜、気が変わったことをエリノアに告げたそうだ。それで朝、骸になった。
ペイジは怖れ慄いていた。宮中には多くのペイジがいて、もちろん、その中にはアーロン王にかしずく者もいる。食事を告げるだけの者もいるし、コックへ指示を伝えるだけの者もいる。
フットマンの後ろに付いて馬車に乗って来たこの子はそのリーダーのようなものだった。多くの情報がもたらされる。そこからアーロンの死を見抜き、そら恐ろしくなってセンターパレスから脱出し、ここに伝えに来た。
頭のいい子だ。話す言葉もなかなか要を得ている。しかし、なぜ殿下の俺ではなく、伝えようとしている相手がリーマンなんだ。忠誠心とか正義心でここに来たとは思えない。王都に旅立ったフットマンと王都にいるはずのペイジがここに二人そろっているってぇのも偶然とは思えない。まぁ、それは後だ。リーマンに問いただすとしてだ。
「執政や大臣ら、国民議会議長や大司教はこのことを承知しているのか?」
「はい。すでに竜王の門に集まっておられます」
やはり、全員がグルってわけか。リーマンは未だ怖い顔をして黙っている。
「ご苦労だった。この子には害が及ばないように頼む」
フットマンは歯切れのよい返事をすると少年を連れ、馬車から出ていった。馬車の中は依然として重い空気に支配されていた。フットマンでなくても、沈黙するリーマンに戸惑ってしまう。リーマンは己の人生をアーロン・バージヴァルに賭けていたのだ。
「こうなると軍を解散したことはかえって良かったのかもしれませんね」
独りごちるようにリーマンが言った。兵を手放したとなればエリノアに対し逆心がないことを示せる。そもそもそれはイーデン・アンダーソンがアーロン王に反意を抱いていないということを示すために取った行動だった。夕方までにはその兵も俺たち抜きで竜王の門に帰還する。
兵を手放してしまったからには、エリノアを質すため竜王の門に圧力をかけることはもう出来ない。だがもし兵がいたら。リーマンは自分を戒める意味も込めて、手放してよかったと言ったのかもしれない。
そうではなく、リーマンがもしその気になったとしてだ、こっちには魔法が使える者が二人+アルファ、大概の敵は退けられるはずだ。だが、そうは言っても多勢に無勢、あっちは国の重要機関全てを掌握している。
うっぷん晴らしは出来よう。もしかして、にっくきエリノアを殺すことだけは出来るかもしれない。
だが、そうしない道をリーマンは選んだ。妥当な判断だったと思える。アーロン王いのちのリーマンは、そもそも俺にシンパシーなぞ感じていない。俺のために命を懸けるとは思えないし、俺はというと、王になる気は全くなかったんだ。エリノアの好きにさせてやるさ。
それにしても国の重鎮らだ。その総意となればエリノアの何がそうさせたのか疑問が残る。市民の出だからか。賢い女だからか。そんなことであの海千山千の老巧手どもが手名付けられようか。
どういうディールが行われた。好奇心がそそられるところだが、それもおいおいと分かってこよう。今は俺たちの心配だ。最悪、亡き者ってことにさせられるかもしれない。




