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エリノアに従順を示すと決めたからには間違っても彼らを刺激してはならない。リーマンもそれを考えていたようだった。
「竜王の門には夜中に帰還することにしましょう。我々は何も知らない風を装い、休憩を多くとりつつ移動する。お気楽な王族の物見遊山です」
速度を上げたり、街道を逸れるなど不審な行動を取ったりすればアーロン王の死がバレたと相手は勘ぐる。俺の予想では、エリノアは俺を説得するのに相当自信を持っている。間隙を縫ったうえでのアーロン王暗殺だったにもかかわらず、海千山千の老巧手どもを手玉にとった。事前にちゃんと、俺とのディールの材料は用意されている。
殺すのはその結果しだいでいい、と高を括っている。こっちが変に動いて、エリノアらの、これまでの対応を惑わすべきではない。俺たちは能天気でいい。
それにどうせ俺が到着しなければ事は勧められないのだ。カール・バージヴァルがいない今、継承権の最も高い位置に誰がいるのか。俺さえ説得出来れば、ブライアンは晴れて国王様。アーロンの死も公に出来るってもんだ。
「昼食の用意が出来ました」
我々の馬車に同乗するフットマンがドアの向こうでそう言った。リーマンは返事をしたが、動かなかった。
リーマンを置いといてお先にぃ、っていうわけにもいくまい。上官より先に俺がテーブルでふんぞり返って飯でも食った日にゃぁ、軍として兵に示しがつかない。
しかも、俺が軍と呼んでいる彼らはリーマンの私物だ。リーマンより先に俺が飯を食えば傲慢な王子様っていうイメージを彼らに植え付けかねない。とまぁ、しれっと言った手前こんなことを言うのもなんだが、キース・バージヴァルのキャラとしてはどちかというと、お先にぃってするべきなんだがな。
その一方で、気持ちを察して一人にしてやるべきだ、という考えもある。人間関係とは難しいものだなと改めて思ってしまう。
「竜王の門に帰る前に、殿下には聞いてもらいたいことがあります」
つまり、リーマンは二人っきりの時間がほしかったってだけ。やはり俺たちに感傷なぞ無縁。そんな甘っちょろい立場に俺たちはいないってことだ。考えるべきは今後の立ち回り。リーマンはそのことについて話したいのであろう。
「わたくしめは殿下にも、エリノア妃にも、従いません。殿下が裁判で無罪を勝ち取らなければアーロン王は心変わりを起こさなかったろうし、エリノア妃にしても飛んだとばっちりです。結局割を食ったのはこのわたくしめで、エリノア妃にまでまんまと出し抜かれてしまう始末。こう見えてもわたくしめのプライドはズタズタなのです。正直に言って、あなたたちに恨みがないとは口が裂けても言えない。わたくしめの才は誰かに仕えることと自覚しております。あなたたちはわたくしめの居場所を奪ったのです。もちろん、わたくしめは王座を狙うような大それたことを考える人間ではありません。王座というものは与えられるべき人物に与えられるのです。わたくしめが王の器ではないことはよぉく分かっております。出来ることと言えば、あなたたちの戦いを最後まで見届けること。時には殿下と、時にはエリノア妃と、共闘はするでしょう。それは、このわたくしめが生き抜くためのものです。新たにお仕え出来る人物が現れればその考えも変えるでのしょうが、殿下もエリノア妃もわたくしめを必要としないどころか邪険に扱うは必定。というわけで、今回は殿下と共闘しようかと存じますが、いかがでしょうか」
「ああ、」 柄にもなく腹を割ったな。いいだろう。「分かった」
とはいえ、さっきからずっと俺は疑念を抱いていた。それを確認しなくてはならない。
「ペイジやフットマン、あれはリーマン殿のスパイだな」
「スパイとは言い草ですね。先程わたくしめは誰かに仕えることが自分の才だと申しました。わたくしめはアーロン王の助言者であったと共に、従僕たちの長であります。もちろん、彼らには与えられた役割があり、宮中で定められた順位に基づいて働いています。わたしめが言う従僕たちの長とは、それとはまた別のものです。情報交換の場であったり、問題が起きれば皆で知恵を出し合って対処にする。わたくしめが彼らのために組織を作りました。もちろん、わたしめのためでもあります。その組織に、王宮の従僕全てが属しています。魔法の能力ばかりが注目されているようですが、あれはただのパホーマンス。実質はほとんど役に立っていません。従僕らこそわたくしめの力なのです」
王宮の奥に閉じ籠っているアーロン王が何でもかんでもお見通しだったのはこいつのおかげだった。隠し立てしないところを見るとリーマンは俺への抑止力にしたいんだろうな。自分の価値も上げようともしている。生かしておいて損はしない、俺にそう思わせたいのだろう。
だが、そうは素直に受け取れない。王宮の従僕を自分の保身のために使うとなれば今後脅威となり得る。実際、キース・バージヴァルは脅威を感じていたのだろう。あえて従僕を使っていなかった。
どうりでリーマンは俺に従僕を使うことを勧めたわけだ。言うまでもなく俺は、落馬以前の記憶がないという設定だ。額面通りに考えれば、キースが従僕を使わなかった理由を落馬以降の俺は知らない。しかも、俺の性癖も落馬以降変わったということになっている。
真実を知れば疑念しか残らない。が、致し方なかろう。俺に選択肢はないのだ。リーマンに返事をした通り今回は共闘するしかあるまい。リーマンはというと、言いたいことを言って少しは落ち着いたようだった。普段のリーマンに戻っていた。
「話は付きました。さて、昼食にしましょうか」
馬車を出ると俺たちは揃ってテーブルに付いた。草原の真っただ中である。辺りに建物はなく、遠くには山々。その幾つかは頂きを白く染めていた。
テーブルクロスの垂れた端が緩やかに風になびいていた。青草がまるで低く打ち寄せる波のようである。リーマンはフットマンに、音楽を、と注文した。
「皆が踊りだすような陽気な音楽がいいでしょう」
言いつけ通りフットマンはバイオリンを弾いた。リズムカルで楽しい音楽だった。リーマンが言うには、このフットマンは高名な音楽一族の子弟で、音楽の才がないということで家を出された。
俺はバイオリンの腕前のことは分からない。ただ、身辺警護する兵士らは足先やら指先でリズムを取っていた。表立って話が出来ないイーデンなぞは馬車の窓に顔を見せるソフィアに笑顔を送っていた。演奏の腕前はきっと超一流と紙一重なのだろう。おそらくはリーマンもそう思っている。このフットマンはリーマンのお気に入りなのだ。
俺たちの旅は、進んではティータイム、進んではティータイムであった。音楽ももちろん楽しんだ。物見遊山で能天気な王族を演じつつ、日付が変わる前に王都センターパレスに到着した。
俺たち以外、アーロン王の死を誰も知らない。兵の中には遊びながらの帰路に疑問を持った者もいるだろう。あるいはもう一泊しての、早朝帰還でもよかったはずだ。だが、俺たちの馬車は止まらなかった。進むしか道はないのだ。
俺たちは、運命の岐路に立たされている。夜陰に紛れ、王都の市街地を抜け、竜王の門に入った。




