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02


 ブルーレイクでは、リーマンのフットマンがホテルを一棟貸し切りにしていた。


 将兵は別のホテルで、俺たちが泊まったこのホテルは街で最も格付けが高いホテルだった。部屋の広さやベッドの柔らかさは申し分なく、食事も最高だった。ただ、フットマンの一人が俺にずっと付きっ切りだった。


 給仕はホテルの者ではなく、リーマンと俺におのおの一人ずつフットマンが付いた。ドアの開け閉めも、部屋で酒を飲む時も全てフットマンに先回りされ、俺のすることが何もなかった。


「殿下も従僕の一人や二人、使えばよろしいかろうに」


 食事している時のリーマンの言葉だ。だだっ広いダイニングルームに俺とリーマン、そしてフットマンらの四人だけだった。イーデンや他の者らは部屋に食事が届けられるという。護衛をしているので自分たちのタイミングで食べなければならない。フットマンら以外は誰もダイニングルームに入って来ず、リーマン曰く、安心して会話を楽しめるんだと。


「殿下は作法も知らない小娘を従僕にしていたから、宮内庁の侍従を使わなければならないはめになるのです。王族なら王族らしくちゃんと自分の従僕を持つべきです」


 説教を聞きながらでは食事の旨さも半減してしまう。全てがキース・バージヴァルのおかげなのだが、そんなことはリーマンに分かるはずはなく、おかしなことをしているのは結局俺なわけだし、仕方ないかと俺はリーマンの説教を神妙に聞いていた。


 食事から戻り、リーマンの説教もあってフットマンの様子を観察した。便利は便利なのだがさっき言った通り、何でもかんでも先回りしやがって、むしろ俺に自由がない。フットマンは主人の手足だっつったって、どう見てもそれはフットマンの手足だ。手足には当然頭がくっついていて、顔があり、目があり、口がある。誰が何と言おうとフットマンは、俺の手でも、足でもないんだ。


 下がれと命じて俺は部屋に一人っきりになった。風呂に入ってガウンを着て、布団を捲り、ベッドに乗り、横たわる自分の体に布団を掛けた。


 ぐっすり眠り、朝になって、なぜかフットマンが来るのをベットの上で待つ自分がいた。昨夜、三下り半を突き付けたためか、まるで来そうにない。悪いことをしたとちょっと反省した。彼はやるべきことを正しくやっていただけだ。申し訳なかった。


 が、やっぱり自分のことは自分でしたい。朝食はホテルの者が部屋に持って来た。それを済ませ、身支度すると、起きてから引き摺る変な気分でロビーへと向かった。イーデンやカリム・サンらがもういて、俺は四番目だ。ソフィアとアリスも姿を現し、あとはリーマンを待つばかりだった。


 皆、しばらくは立って待っていた。リーマンが来そうもないので俺はイーデンに妻子と話すことを勧めた。イーデンは最初断ったが、俺が強く求めたのでその提案を受け入れた。


 俺はというと、カリム・サンらとテーブルを囲み、紅茶を飲み、雑談をした。話題はたわいもないことでお互いがお互い、王都や政治に係わるニュースを避けていた。これからアーロン王にお目見えしなくてはならない。王都に近付けば近づくほどあの神経質そうなギスギス顔が否が応でも頭に浮かんでしまうってものだ。少しばかり現実から逃げてもばちは当たるまい。


 くつろぎの一時であった。やがてリーマンがフットマンと姿を現した。もう一人のフットマンは今回も露払いのために一足先に王都へ向けて出立したそうだ。


 リーマンの兵士らはすでに街の広場に集まっていた。俺たちの馬車が近付いて行くとその隊列は流れるように移動し、俺たちの馬車を取り囲んだ。そのまま馬車は止まることなく街路を進み、やがて俺たちと兵士らはブルーレイクを後にした。


 行軍はやはり、ゆったりであった。ブルーレイクは湖畔の町で、湖に張り出した半島のような場所にある。街並みは教会を中心にひとッ所にぎっしりと詰め込まれ、見る角度によってまるで湖に浮いているようである。


 湖沿いの街道からそれをしばらく眺めていた。リーマンは本を読んでいる。湖に浮かぶようなブルーレイクの街並みをチラリとも見ない。田舎は好きではないようだ。牧歌的で落ち着いた、しみじみと味わい深い風景には興味がない、さすずめ都会派なのだろう。馬車が湖を離れると俺は目を閉じた。もう何を語りかけられても応えるつもりはない。


 速度が適度なせいか、馬車の揺れが心地よかった。リーマンも本に夢中のようである。ページをめくる音が途絶えない。何を話しかけられても無視を決め込むと内心で身構えていたが、もうその必要はないようだ。


 安心すると眠気に誘われた。五つ星ホテルの最高級ベッドでぐっすりと休んだはずだった。ふかふかで心地いい肌触りのベッド。それとはまったく違うのだろうが、こっちはこっちで気持ちいい。誘われるままに落ちていこうかと思う。


 どれくらいたったか、馬車が止まった。やはり寝入ってしまっていていたようだ。馬車を止めたということはもう昼ってところだろう。腹も丁度減っている。


 昨日の移動では、草原にテーブルを置いての昼食だった。まるで我がまま女王様の御茶会のようだった。俺とリーマンだけがテーブルを使い、ワインを飲み、フォークとナイフで飯を食った。そして、最後にはティーとスイーツである。身内の前でそうやる分にはいい。多くの部隊を引き連れた大所帯だとそれはやらない方がいい。


 この行軍の設定は、上洛を促しに来た弟のリーマンに兄のイーデン・アンダーソンが快く応え、兄弟一緒に王都まで旅をする、である。そのために国から借りた軍を早々に返し、身内だけでの移動だった。優雅なランチはポーズでもある。どこで誰が見ているか分かったもんじゃない。


 噂というものは尾ひれはひれつくものだ。王族の野郎、優雅に飯を喰らいやがって、なら俺たちの目的に適っている。ただし、ランチには肝心なイーデンが加わっていない。設定上おかしいと言えばおかしいのだが、イーデンはすでに賜姓降下している。


 王族のテーブルに庶民は同席出来ない、とするならそれも理屈だろう。イーデンは相変わらず黒ずくめのプレートアーマーを着込み、剣の鞘に手を添え、周囲を警戒する。騎士として忠実に仕事をこなしていた。


 イーデン抜きのランチは俺に少なからず罪悪感をもたらした。先王の血を引くイーデンは本来なら王族である。キース・バージヴァルでない俺の方がむしろそっち側の人間なのだ。ソフィアとアリスもいることだし、イーデンに対して何かこれ見よがしのような気もする。


 どうも、食事に限って言えばこの旅は面白くないようだ。王都にいる時は従僕なんかを使わず、カリム・サンらと普通に飯を食っていた。その点で言うと、キース・バージヴァルが放埓ほうらつだったおかげなのかもしれない。誰からもそれは咎められなかった。


 ここに来て、従僕を持てとやっとリーマンに指摘された。これからも口酸っぱく言って来るのだろう。そう思うとげんなりする。フットマンやペイジを使うのは性に合わない。昨日の彼には悪い事とは知りつつ、我慢しきれずリーマンの元に返してしまった。


 地が一般人だからしょうがない。この旅は食事がまさに鬼門だった。否が応でもリーマンと差向う。昨日の昼飯といい、昨夜の晩飯といい、作法がどうのこうのと今度も嫌な想いをするのだろう。


 馬車のドアの前に誰かが立つ気配がし、ドアからノック音がした。昼の用意が出来たと呼びに来るにはまだ早すぎる。馬車はさっき止まったばかりだ。リーマンも眉をしかめていた。本を閉じ、入れとドアの外に立った者に命じた。


 ドアが開かれるとそこにいたのは、この馬車の後部に同乗するフットマンではなかった。昨夜俺が下がれと命じ、今日の早朝王都に旅立ったはずのフットマンだった。






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