01
「本来なら王都で派手に凱旋パレードをしたいところですが、建前で言えば我々の早とちりで軍を動かしてしまった、ということですから、何もなかったかのように王都に帰ります。殿下の手柄はなかったことになりますが、それはまぁ、仕方ないでしょう」
リーマン・バージヴァルは軍の指揮官を集めると解散を命じた。各州の将兵や辺境の軍隊、国境を監視する将兵らはおのおの帰路につく。アーロン王から預かった近衛兵や城の守衛も、その兵らが去った後、粛々と自分たちの持ち場、王都へと向かった。
アンダーソン邸を包囲する兵で残されたのはリーマンの手持ち五十人ほどである。天幕が畳まれ荷馬車に積み込まれている。その最中にイーデン・アンダーソンは妻ソフィア、そして娘のアリスとの再会を果たした。
イーデンは二人を抱えるようにハグをした。ソフィアはイーデンの右頬に自身の頬を、アリスはイーデンの左の肩に頬をうずめていた。
陣払いの喧騒の中、それはしばらく続けられた。やがてイーデンは、名残惜しそうな二人を自身の胸から離し、話し始めた。
ソフィアはもの悲しげにイーデンの言葉を聞いていた。二人の会話は距離があってよく聞き取れなかった。リーマンとの取引、そして俺との約束を話しているんだろう。離れ離れの生活がまだ続くのである。ソフィアは聞き分けのある女だった。俺のところに来て、主人をよろしくお願いいたします、と頭を下げた。
馬車は俺が乗って来たのとリーマンが乗って来たので二台あった。一つは俺とリーマン、もう一つはソフィアとアリスが同乗する。
馬車の後部、屋根のない座席にはフットマンと呼ばれる従僕がそれぞれ一人づつ着いた。フットマンはコックやメイド、執事など屋敷に付く使用人ではなく、ドアの開閉や私物の運搬、旅先での雑務なぞ主人にどこでも付いて行ってその手足となる。
使い走りのペイジから始まり、フットマンに昇格し、執事のバトラーへと昇格する。ペイジは十代半ばまでで、王族諸支族の子弟や大農園、あるいは大商人の子供たちが選ばれる。因みにキース・バージヴァルはこの手の従僕を置いていない。その代わりに身寄りが定かでない少女をそばに置いていた。
ソフィアとアリスが乗る馬車のフットマンが下りて来て、リーマンと一言二言喋った。そして、馬に乗り替えると鞭を入れ、撤収しようとする我々の陣から一目散に離れていった。リーマンが、あやつにはブルーレイクの宿を用意させた、と俺に話した。
陣がきれいさっぱり払われて、俺たちは移動を開始した。カリム・サンとフィル・ロギンズ、そしてイーデンは馬上で馬車に付き従う。カリム・サンとフィル・ロギンズの二人についていえば、決闘裁判以来、基本的に俺に従順だった。ぶつくさ言う場面があるにはあったが、強化外骨格がなんであるかを理解し始めたようだ。
要は、王族とかそんなんじゃなく、もっと特別な存在と俺を誤解している。特にカリム・サンのことを言うなら、やつは王族を目の敵にする議会の回し者だ。常識に捕らわれない、自分の考えをちゃんと持っている男なのだろうが、所詮はこの世界の者。イザイヤ教の影響からは逃れられない。幼い頃から絵本のように物語として聞かされ、生きる手本の様に教え込まれている。
子供たちにとって、教訓めいた誰かの悲劇よりもドキドキわくわくのヒーローものの方が興味が湧くものだ。神がドラゴンと戦うために与えし兵器、それを誰に教えられるまでもなく操る男がいる。
おそらくは、このことをカリム・サンは議会に報告していない。まぁ、したとしても信じてはもらえないわな。そういうのを差し引いてもカリム・サンは誰にも話してはいまい。誰にも言うなと他でもないこの俺に命じられたのだ。
王族を快く思わない男がまるで貴人を扱うように、俺に接してくる。ぶつくさ言うのは俺の身を案じてのことだ。やつに他意はない。面倒ではあるが、それはそれで仕方がないことなのだろう。
行軍はゆったりである。まるで王族の地方視察の旅となっている。リーマンの目論見はまさにそこにあるのだが、それにしても馬車にリーマンと二人きりってぇのが納得いかない。他に誰かいたのなら気を緩められるのだろうがリーマンと俺の距離感は、対面して座っている距離よりもずっと離れている。
打ち解けたわけでもないのに馬車で二人っきりってわけだ。ソフィアとアリスを護送した時は気持ちが暗く沈んでいた。同じ居心地が悪くてもリーマンの場合はソワソワしてしまう。というか、じっとしていられない。足を何度も組み替えてしまっている。ソフィアらの場合はなんだかんだ言ったって、黙ってじっとしていたらそれはそれで済んでいった。
馬車の中でリーマンと二人っきり。思い出したように不意に何かを尋ねてこられたらたまったもんじゃない。そういう気持ちが俺にはある。リーマンは今のところ窓の外を見て何やら考え事をしているようだ。景色を見ているようで見ていない。そのままずっとそうやって考え込んでいてもらいたいものだ。
リーマンに、ところで殿下、と声をかけられたらどうしようか。そりゃぁ、まぁ、何か答えなくてはならないわな。リーマンは色々聞きたいはずだ。どうしてイーデン・アンダーソンが俺になびいたか。ローラムの竜王と俺がどんな話をしたか、とか。
リーマンだってローラムの竜王と会っているはずだ。その時はどんな姿だったのか。ウミガメみたいな姿をしていたのか、それとも老人だったのか。俺が竜王に会う前、カールが言った。ローラムの竜王の姿を見れば驚くぞ、あれはもはやドラゴンと呼べるものではない。
おそらくはリーマンが見たローラムの竜王の姿はそのウミガメの方だろう。もちろん、湖中島には入れて貰ってない。あそこにはローラムの竜王のヤドリギがある。
十中八九、湖中島の話をすればリーマンは喜ぶだろう。が、しかし、秘密を分かち合えるほど俺とリーマンは親密ではない。それにどうせリーマンの考えることはアーロン王のことしかない。色々聞きたい以前に、こいつの頭の中は偉大なアーロンを作り上げるにはどうすればいいかでいっぱいなはずだ。
宮中を、議会を、どう動かそうかと考えている。おそらく俺なんぞには助言を求めてこない。こいつはそういうやつだ。それでも、ところで殿下、と声をかけてきたら。
キース・バージヴァルの子供の時の話でもされたらたまったもんじゃない。記憶を失ったで通るだろうが、リーマンは普通じゃない。面白がって色々突っ込んでくるはずだ。
こういう場合、一番いいのはやはり、ところで殿下、っていう言葉自体が俺に聞こえてなかった、ってことだろう。ソフィアらの場合は監視が必要だったからそれが出来なかった。リーマンの場合は上官であるが所詮役職。殿下の身分の方が遥かに偉いのだ。
俺はブルーレイクに着くまで寝ることにする。ずっと狸寝入りだ。丁度良かった。このところ忙しかったし、体を休められる。もちろん明日もそうやって都に入るつもりだ。
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