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 イーデン・アンダーソンの意識が戻った。自分がまだ屋敷にいることに不思議がっている。まだ話は終わっていないと俺が言うとイーデンは気力なくうなだれた。


 もう話すことなぞ何もないという風である。そんなイーデンに俺は、夫人と娘のアリスがここに来ていると告げなければいけなかった。


 イーデンはおそらく、妻子が上手く逃げていてくれていると信じている。タイミングとしては、夫人とアリスが王都から姿を消してから後の、この立て籠もりなのだ。


 案の定、俺の言葉にイーデンは驚きを隠せなかった。最後まで妻子と一緒にいた者達を信頼していたのだ。


 俺のこととイーデンの顛末は幾つかの場面でリンクしている。例えば議会がカールからエリノアに鞍替えした。それによって夫人とアリス、そして俺も危機に瀕し、立場が違えども俺たち三人は同じ馬車でここに来ることとなった。


 疑心暗鬼で、経緯がよく分かっていないイーデンを説得するには、なぜアレクシス・チャドラーに勝てたのか、なぜ地雷を抜けてアンダーソン邸に入れたのか、そこに至るまでの全てを話さなければならなかった。


 ただし、ローラムの竜王が死ぬとまでは言わない。カールがアーロン王に話した通り、竜王の力が弱まっているとだけを告げた。それにパワード・エクソスケルトン、別名、強化外骨格。これを入手した経緯とそれがなんであるかも言わなかった。


 古代兵器に執着するカールとダブることだし、事態を余計ややこしくする。しかも、それを説明するのに俺の素性、俺がキース・バージヴァルでなく、過去の世界から来た人間かもしれず、その俺とキースが入れ替わったことをまことしやかに話さなければならなかった。


 正しくは過去かどうかも定かでない。その可能性が高いってだけだ。ここはリーマン・バージヴァルに説明した通り、強化外骨格はローラムの竜王から与えられたっていうことにしておくべきだ。


 ラキラ・ハウルについても今はまだ話せそうにない。セイトで皆とはぐれたところから端折はしょって、いきなりローラムの竜王に会ったって話すとしよう。だが、カールのことはきっちりと話しておかなければならない。


 カールは俺を見捨ててウインドウに逃げ帰った、でいい。ローラムの竜王に会ったのは俺だけ。カールはあたかも自分がローラムの竜王に会った風に帰還式で喋ったが、あれは真っ赤な嘘。実際それは事実なのだし、やつのために死ぬなんて無駄死にどころか、いい笑いものであるとイーデンに教えないといけない。


 そして、忘れてはならないことがある。リーマン・バージヴァルは魔法の軍団を造り、アーロン・バージヴァルを皇帝にしようとしている。


 イーデンは言葉を挟まずに黙って聞いていた。俺の話が終わり、そこでようやく口が開いた。


「すまなかった」 自分が間違った選択をしていると理解したようだ。「だが、わたしは殿下と一緒には行けない。皇帝になら殿下がなればいい。そのまま帝国を治めるのもいいし、辞して共和制にするもいい。殿下しだい。殿下にはその資格があると見受けられる」


「皇帝はともかく、なぜ来ない。夫人もアリスも待ってる。あなたのためだけに言っているのではない、彼女たちのためでもある」


 どうしてもダブってしまうんだ、妻のあんと娘の里紗りさに。


「だめだ。わたしには行けない理由がある」


「アーロン王なら何とかなる。国家転覆の容疑は俺が無罪を勝ち取ったし、もし、リーマンがアーロン王に皇帝の件を進言するなら、俺が絶対不可欠だ。リーマンがダメというなら俺の方でアーロン王に話を通す」


「だから、行けないのだ。わたしは不死の魔法を唱えてしまった」


「不死の?」 


 だからか。うかつだった。よくよく考えれば、魔法を三つまで使ってどうにもならなかったあの局面で、四つ目を出さないなんてどうかしている。イーデンは俺に敵わないとみて奥の手、不死の魔法を発動させようとしていたんだ。


「だが、なぜ」


 ガリオンの竜王は死霊使いだという。魔法で不死者となった者を虜にする。虜になった者は我を失い、永遠にガリオンの竜王に使役される。


「魔法が使えるわたしがここに立て籠もれば、必ず魔法が使える誰かが来る。戦い続ければいつかはアーロン王が姿を現す。刺し違えるつもりだった。だが、今となっては悔やまれる。もしそうなったら妻子ともども疎まれる。こうなった以上、わたしはもう妻子と一緒には暮らせない。どこか人がいない島にでも行こう。わたしが死ねば不死のドラゴンが迎えに来る」


「それならば、心配いらない。あなたが死ねば魔法が発動するのでしょ。その時、俺がその忌まわしい魔法を無効にすればいい」


 イーデンは、はっとした顔を見せた。ローラムの竜王に与えられた俺の特性を思い出したのだ。そして、くくくっと笑った。


「それならば、わたしは殿下に一生お仕えせねばなるまい」


「そういうことに、なるのか?」 言った言葉の意味が自分でも分かった。「そういうことになるな。俺は問題ないが、イーデン殿は王家を離れたといえどもバージヴァル家の年長者」


「いえいえ、笑ったのは自分の愚かさと運命を感じたためです。そうであればわたしとしても本望。殿下の盾となり剣となりましょう」






 俺はイーデン・アンダーソンと屋敷を出た。塀の門扉を潜り、小麦畑に通された道を二人肩を並べて歩いた。アンダーソン邸を取り巻く多くの将兵が丸く人垣を作っていた。


 リーマン・バージヴァルはご満悦だった。いや、本心から喜んでいたわけではあるまい。カール・バージヴァルの姿が無かったのだ。それでも、俺たちが近くまで来ると三度ほど小さな拍手して、目の前まで来ると俺に握手を求めて来た。イーデンを味方につけただけでも今回は良しとするか、と、まぁその程度に思っていたのだろう。


 リーマンはカールがここに来ていないことをまだ知らない。イーデンと、カール捕縛について話し合う気まんまんだった。お久しぶりです、兄上と愛想よく頭を下げ、よく戻って来られたと嬉しそうにイーデンを自身の天幕に招いた。


「ところでカールのことですが、」


 リーマンがそう言ったところで俺は口を挟んだ。


「はじめっからいなかった。カールはここへは来なかった」


 リーマンは俺たち二人の顔をじっとみた。嘘を見抜こうって目だ。だが、そういう目でいくら見たって俺たちからはなにも出てこない。カールが居ないのは真実なのだ。


「仕方ありません」 リーマンは諦めたようだ。「信用しましょう。で、どうしましょうか、殿下」


 どうしましょうか、とはイーデンのことだ。そのことで、俺が頼みごとをしてくるとリーマンは読んでいた。まぁ、状況から鑑みるにリーマンでなくとも、俺がイーデンにディールを持ちかけたと誰もが思ってしまうだろう。


 リーマンは、俺に手土産を持って行かせた。なにも手ぶらでイーデンに会いに行ったわけではないし、客観的に見て、イーデンが投降したということはその手土産が気に入ってもらえたってことになる。


 しかし、俺はイーデンと取引したわけではない。それでも、敢えてそれに乗っかってやる。


「アーロン王にイーデン・アンダーソンは潔白だったとお口添えしていただきたい」


 イーデンを味方に引き込みたいんだろ、あんたは。


「そうですか」 リーマンは顎に手を当て考えてる風である。「カールをかくまっていなかったわけですし、それは出来ますが、兄上こそアーロン王に忠誠を誓えますか」


 もったいぶっといて、まるで無理だろうという口ぶりだ。イーデンは答えた。


「それならば、大丈夫だ。わたしは殿下に忠誠を尽くすと決めた。殿下の名を貶めるようなことは絶対にしない」


「これはまた、」 リーマンは眉をしかめた。「驚きましたね」


 その言葉は嘘ではないようだ。言ったっきり言葉を失っている。流石のリーマンも本心から驚いたのだろう。無理もない。イーデンは辱めを嫌う、いかにも気位の高そうな男だった。思ったことも素直に言う。弟のリーマンならよく知るところだろう。


 実際、イーデン・アンダーソンは裁判にかけられるぐらいなら死んだ方がましだ、いや、亡者になった方がましだと考えるほどの男だった。そのイーデンにどうやって忠誠を誓わせたのか。幾ら優れていると言ってもキース・バージヴァルは、イーデンから見れば親子ほど歳離れた青二才なのだ。


 才知を売りとするリーマンとしては知りたくてうずうずしているはずだ。だが、死んでも言うまい。忠誠とは大げさで、図らずもそうなったというだけのこと。


「ですが、」 やっとリーマンは口を開いた。「やはり、忠誠はアーロン王でなければいけません」


 何人にも忠誠を誓っていたらそれはもう忠誠でも何でもない。イーデンが拒むのは明らかだった。それについては俺に考えがある。リーマンとディールだ。


「約束しよう。消息がつかめれば俺が必ずカールのやつを捕まえてやる。もちろん、イーデンも手助けしてくれる」


 アーロン王でなくとも、俺もカールにはお灸をすえてやりたいと思っていた。実際リーマンも悪い気はしてないようだった。そもそもリーマンは俺とイーデンを組ませてカールをとっ捕まえようとしていた。


「いいでしょう」 リーマンは俺の交換条件を飲んだ。「ただし、条件があります」


 リーマンの条件はイーデン・アンダーソンの財産の没収、妻のソフィアと娘のアリスは自分が預かること。イーデンに異論はなかった。







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