08
日はとっぷりと暮れていた。本営の丘からは、国軍の陣全てを見渡せる。無数にある松明が大地に大きく円を描いていた。その明かりでアンダーソン邸は淡く照らされていた。
「わが軍が、どうしてあれほど綺麗に丸い陣をしいているお分かりですか。あれはイーデンの魔法のせい。ドラゴン語でなく人の言葉を借りると地雷という魔法です。イーデンはそれを屋敷の周りにかけました。あの円に入ると地面からの電撃に襲われます。わたくしめの魔法で探知しました」
リーマンがアーロン王に捧げた二つの魔法枠。一つが消える魔法で、一つがこの魔法探知なのだ。
「ですが、あなたには無効でしょ。明日、アンダーソン邸に行って来てもらいます。カールに投降を求めてください。なんならイーデンにも力を借りなさい。妻子がここに来ているとなれば協力してくれるでしょう」
何を言い出すかと思えば。
「簡単に言う。死ぬと分かって投降する馬鹿はいないし、イーデンにしたってそれ相応の覚悟があってのことだ。俺はやつに何と言えばいい。妻と子はカールと交換だっていうのか。つまりそれはイーデンにカールを裏切れと言っているのも同じ。俺は言いたくないね」
「戦をしたくはないのでしょ。わたしもそうです」
くそぉ、カールめ。とことん面倒なやつだ。
「わが国アメリアはどこよりもいち早く魔法の使用を条件付きで解禁し、魔法軍を使ってエンドガーデンを席巻します。そして、アーロン王は皇帝となるのです。皇帝となるのですから魔法を否定するカールは、やはり邪魔です」
はぁ? 皇帝? こいつ、今、隠しもせずにしかも、いけしゃあしゃあと何度も皇帝と言った。王立騎士学校で俺は学んだ。エンドガーデンの王族は互いに不可侵の誓いを立てている。王族は皆対等で、皇帝を置かず。それをこいつは破る気なんだ。リーマンは戦をしたくないどころか、戦火をエンドガーデン全体に広げようとしている。
「ですが、殿下。カールを助けないわけでもありません。それならば殿下もカールやイーデンに話をし易いでしょ。古代兵器なぞ馬鹿な考えは諦めてアーロン王のために命を捧げるのです。ロージニアの王子がローラムの竜王に会いに行くまで時間がなさそうですし、それまでには国が一つにならなくてはなりません。それにこれから人手はいくらあっても足りないのですから」
日が昇ると共に、朝霧に包まれたアンダーソン邸が姿を現していく。教会を思わせる多くの三角屋根と一個の城壁塔が組み合わさった、いかにも堅牢そうな石造りの建物だ。屋敷の庭は芝や花や植木で埋もれ、玄関までの道がまっすぐ延びる。敷地はぐるりと石壁で守られ、そこから国軍の陣までは小麦畑が広がっていた。
リーマン・バージヴァルは魔法の軍団を使ってアーロン王を皇帝にすると言った。それはカール・バージヴァル捕縛の建前で言うと矛盾する行為だ。皇帝うんぬんは置いといて、魔法の規制緩和をアーロン王に訴えたのは他でもないカールなのだ。魔法軍創設となればカールは罪人ではなくむしろ、英雄の待遇を得るべきだ。
王国はその矛盾をどうやって解消するのだろうか。リーマンは俺にカールを説得しろと言った。カールが素直にアーロン王にひれ伏せばそれがどうにかなるというのか。俺は確かに無罪を勝ち取った。そういう点から言うとカールにも無罪が当てはまろう。全ては丸く収まるっとことか。
だが、カールはそういうタマではない。知り合って何日も経ってないが、やつはだだ単に父、アーロン・バージヴァルに反抗しているだけではない。確固たる信念を持って行動している。
もし、俺とカールの話し合いが決裂したとしよう。間違いなく戦いとなる。カールの魔法は未知数だ。一つ分かっているのは転移魔法。フィル・ロギンズの話によれば、触ったことのある物や人の所へ飛べるらしい。カールの、それ以外の魔法はまるで分っていない。
リーマン・バージヴァルは消える魔法と魔法探知の他に、自身の周りに竜巻を作る魔法と、死ぬ間際に風と閃光と炎を出す魔法を持っているのだそうだ。風の壁は守りにもなり、攻めともなる。剣を持った兵士は風の壁を通り抜けられないし、もし、竜巻に飲み込まれたら切り刻まれてどこかに飛ばされていってしまう。
死ぬ瞬間に発動する魔法は文字通り自爆魔法だ。すでに呪文は唱えられていて時が来れば発動する。ただし、この魔法には条件があるようだ。生命力が強ければ爆発の威力が増し、生命力が弱ければ小さな爆発となる。
暗殺などを恐れての、この能力なのだろう。リーマン・バージヴァルは寿命を全うしたいようだ。
フィル・ロギンズは、俺が王立騎士学校で貰った魔法の書を事細かく読んでいる。彼は文官だ。得意とするところだろう。すでにそら覚えもしているようだ。が、リーマンの考え、魔法は王国が一括管理するという話を聞いてから、写しを取り始めた。魔法の書が国に召し上げられるのを見込んでのことだろう。
長々となったが、つまり、俺が言いたいことは、戦闘になればリーマンは使い物にならず俺頼みになるってことだ。雷使いのイーデンと未知数なカール。一対一ならともかく、いくらなんでも二人は対処しきれない。どちらか一人でも俺の手を離れれば多くの兵が失われることになる。
是が非でも、カールを説得したいものだ。ネックはやはり、アーロン・バージヴァルを皇帝にするというところだろう。二人とも絶対に納得しないだろうし、俺もそうだ。話さないべきか。だが、あとで二人が知ったらもっと問題が大きくなってしまう。
少し腹ごしらえし、天幕を出た。本営に立ち寄り、今からアンダーソン邸に行くとリーマンに告げた。リーマンが俺の前に立ち、先を進み、俺の後ろからはカリム・サンやらフィル・ロギンズ、そして、多くの将兵が付いて来た。
リーマンは根っからの参謀なのだろう。リーダーに従い、より良き道をリーダーに提示する。自分の欲は二の次だ。己の才知に自信があり、それが用いられることにこそ喜びを感じる。
そういうやつは歴史上ではごまんといる。軍師と呼ばれる者達だ。謀を帷幕の中に運らし、千里の外に勝利を決すと言わしめた軍師もいたそうだ。リーマンのやつがそれ程かどうかは分からない。が、そういう妖しい輩に付き合わされている俺はたまったもんじゃない。
リーマンが立ち止った。
『クレミスラ・スム』
ドラゴン語を発した。やはり赤い魔法陣が頭上に出来、それがリーマンの足元に向かって進む。
「魔法陣をその場にとどめ、ある条件下でのみ発動する魔法、古来より罠としてよく使われるのですが、わたくしめはそれがどういった類の魔法かを判別出来、そのうえ罠である魔法陣を他の者に見せられるよう可視化もできます」
そう言ってリーマンは地面に手を付けた。
地面に赤い線が走った。大きくアールがかって赤い線は進む。発光しつつ、勢いよく大地を刻むその光景に、屋敷を取り巻く多くの将兵が手を止め、どよめきを上げた。
赤い線はアンダーソン邸をぐるっと一周廻って俺たちの前に戻る。大きな円が完成したかと思うとその円の中に所狭しと、無数の魔法陣が姿を現した。




