表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/113

10


 傍聴席はざわついた。何時間もやって、こうもはっきりと言う証人は初めてだった。法務大臣は慌てることなくその言葉の真意を問いただす。シルヴィア・ロザンは声を震わせながらそれに答えた。


「殿下に仕えた侍女は私を含めこの五年間で五人です。二人は自殺。二人は逃げて行方不明。おそらくは、殿下に殺されたのではないかと」


 シルヴィア・ロザンは怯えている。心底俺を恐れている。法務大臣は質問を続けた。


「二人は自殺。二人は逃亡。あなた自身はどうなされたのです」


「わたしも逃げました。でも、いつか捕まります」


 俺は逃がしてやったつもりになっていたが、本人は逃げたつもりでいる。あるいは、わざと嘘をついているのか。まぁ、そうなるわな。シルヴィア・ロザンが知るキース・バージヴァルは未だここにいる。


「なにがあったのです。被告人はあなた方に何をした」


「暴力を振るいました」 


 シルヴィア・ロザンは涙をこらえているようだ。必死に言葉を続ける。


「わたしが舐めるのが下手だからと言って。殿下は部屋に帰ってくると全身を私に舐めさせます。汚れを取っているつもりなのでしょう。性交の時も殴ります。髪の毛を引っ張るのも好きです。わたしをずるずると床に引き摺って連れて行きます。説教も好きです。私が何も知らないという理由で何時間も床に座らせ、ずっと話を聞かせます。かと思えば、わたしに喋りかけているのではなく、独り言から急に怒り出すこともあります」


「あなたは被告人の極刑を望んでましたね。敢えてもう一度たずねます。あなたの望みは何ですか」


「逃げたら殺すと脅されました。ずっと眠れません。隠れて暮らしています。人とも話せません。殿下が生きている限り、わたしはずっとそうしなければなりません。わたしだけではありません。これから殿下にお仕えしようとする人もきっと不幸な人生を送ることになるでしょう」


 シルヴィア・ロザンの表情は蒼白で、紫の唇が震えていた。この法廷で言おうとしていたことを全て言い終えて、精魂尽きたように見える。本人にしてみれば命がけなのだろう。可哀想に、だが君はずっと怯えて生きるしかない。俺は死ぬわけにはいかないのだから。


「勇気ある証言、感謝する」


 法務大臣はそう言ってシルヴィア・ロザンを帰した。傍聴席は静まり返っていた。法務大臣は人々の意思を確かめるように、視線を傍聴席で巡らした。そして、その反応に満足したのか、裁判長である執政のデルフォードに言った。


「裁判長、証人全ての証言を終えました」


 デルフォードは、うむ、とうなずいた。


「ご苦労であった。さて、被告人。判決を下すが、その前に何か言いたいことはあるか」


 弁護人が例によって、ありません、と答えようとした。だが、俺はそれを許さなかった。手錠がはめられた両手で弁護人の胸元を掴むと引き寄せ、折り畳んだ紙をその目の前に差し出した。


 出廷前に書いておいた紙だ。いきなり出廷を告げられたら、これを書くことは叶わなかった。裁判中は、しっかり手のひらの中で握り、持っていた。裁判がいつ行われるか教えてくれたカリム・サンには感謝しなくてはならない。


 俺が差し出した紙を目の前にして弁護人は、執政デルフォードに視線を向けた。デルフォードは苦々しい顔をしていた。想定外のことだったのだろう。


 弁護人は次に、傍聴席に視線をやった。傍聴する人々は紙に興味津々であるようだ。俺が意思表示したのは本裁判で初めてのことだった。


 もう一度、弁護人はデルフォードに視線を向けた。デルフォードはうなずいていた。


 折り畳まれた紙を、弁護人は恐る恐る手に取るとゆっくりと広げていった。謁見の間の全ての人々が、開かれようとする紙を注視していた。これだけの悪逆、キース・バージヴァルが書いたのだ。何を書いたのか興味を持たないって方がどうかしている。


 デルフォードとて例外ではない。積年のうっぷんを晴らす。その意気込みで裁判に挑んだ。紙に現れた文字、それは命乞いか、あるいは罵倒か。いずれにしてもキース・バージヴァルが負けを認めたことになる。胸のすく思いを期待していよう。


 弁護人にしたってその想いは変わらない。国から弁護代が出ていると言っても、デルフォードに雇われたみないなものだ。弁護人は雇主の喜ぶ顔が見たかった。自身の未来もかかっている。まるで受験生が合格発表の掲示板を見るようなまなざしで俺の書いた紙を開いていた。


 だが、残念だったな。俺はそれを許すつもりはない。紙に書いていた言葉は命乞いでも、罵倒する言葉でもない。案の定、弁護人は俺の字を黙読してショックを受けた。一瞬フラついたかと思うと二歩、三歩と後ずさった。


「なんとある」


 デルフォードは不安を感じたのだろう、そう叫んだ。


「け、決闘裁判」 


 独り言のようにそう言って弁護人は、デルフォードに向けて紙を広げた。


「被告人は、決闘裁判を要求しています」


 誰も考えてもみないだろう。何事にも無関心を装うあの国王が、自らの名において告訴したのだ。となれば、訴えられた側の末路は目に見えている。いくら被告人が王族だといってもお目こぼしはない。


 だが、キース・バージヴァルがイカているというのも周知の事実だ。法廷自体が無効だと主張するかもしれない。それでも、国王自らが告訴しているのだ。自分の道理が通るはずもなく、かといって、拷問を受けるなら華々しく散った方がましだという美学も根性もない。泣きわめき、暴れることがあっても、まさか決闘裁判を要求するとは誰も思いもよらなかった。


 百歩譲って、仮に決闘裁判をしたとしよう。キース・バージヴァルの潔白は晴れるのだろうか。まず、それはない。キース・バージヴァルは決してアーロン王には勝てないのだから。それは畏怖の念とか、心理的影響だけで言っているのではない。


 この国の制度がそのように出来ている。カリム・サンが俺にアドバイスしたように、裁判でしおらしい態度を見せ、そのうえで命乞いをし、情状酌量を目指すのが合理的な判断だ。それでも、極刑と判決が出れば受け入れるしかない。アーロン王に逆らったこと自体が罪だと認め、諦めるのだ。

 

 刑事事件においては、民事事件のような原告、被告という概念はない。被害者から告訴がなされ、当局が起訴し、裁判へと持ち込まれる。つまり、裁判するのは当局と被告人で、被害者が行う告訴は当局の起訴への切っ掛けでしかない。


 だが、決闘裁判においては刑事も民事も、あくまでも原告と被告という関係で行われる。言うまでもなく、民事では原告と被告が互いに弁護人を立てて法廷で面と向かって言い争う。そこで決着が付けば大抵の場合、双方が納得する。だが、刑事の場合、被害者が裁判で主張出来ない。そのうえで当局が負けるとなると被害者のうっぷんはつのるばかりだ。


 当局がわざと負けるケースも有り得る。それは大抵の場合、被告人が王族の時である。これも被害者に不満が残り、間違っても公平とは言えない。


 この世界では、そういった理由から決闘裁判が公然と行われていた。民事で言えば原告と被告、刑事でなら被害者と被告人、それらのうち誰かが決闘裁判を要求すれば相手は答えざるを得ない。


 被告人について言えば、保釈金を納付すれば自由の身になれる。牢に入れられていては戦いの準備が出来ないからだ。ただし、王族についは保釈を許されない。魔法が使えるからだ。マスクは付けられたままで、監禁は決闘裁判当日まで続く。面会だけは裁判官の許しを得る必要がないなど、規制は緩められる。


 この様に、この世界ではあくまでも公平性を目指すという姿勢で決闘裁判は行われていた。それでも、決闘裁判はとどのつまり、肉体を使っての殺し合い。女子供では屈強な男に太刀打ち出来ない。それで代決闘士という制度が生まれた。


 裁判では弁護人。決闘裁判では代決闘士というわけだ。そして、弁護人と同じように代決闘士を生業とする者も多くいた。むしろ、弁護人よりも稼ぎがよく、血の代償を払うために社会的地位も上であった。


 人気の職業でもあり、何人ものスター代決闘士がいた。決闘裁判では傍聴席ならぬ傍観席が用意されていて、人気のカードとなれば傍観席を取るのに長蛇の列が出来るほどだった。


 人気があり過ぎて、見たくても見られない代決闘士もいた。傍観席が取れない彼らのほとんどが王室に専属していた。王家にその身を捧げているわけだが、裁判という性質上、騎士のように称号は与えられない。それを惜しんだ人々は誰ともなく彼らをこう呼んだ。勲功爵代決闘士と。






「面白かった!」


「続きが気になる。読みたい!」


「今後どうなるの!」


と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークも頂けると本当に嬉しいです。


何卒よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ