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09


 法務大臣オーガスト・アグニューに、姓名と仕事を言いなさいと命じられた。ムーランルージュの支配人は言われた通りに己の素性を話し、そして、次に問われたキース・バージヴァルとの関係についても簡単に答えた。


「店の支配人と客の関係です」


「被告人はあなたの店を相当気に入っていたようですね。遊郭にはその種の店はごまんとある。それなのにあなたの店ばかりに行っていた。お気に入りの女性がいたからですか。それとも他に理由があったとあなたはお思いですか」


「特定の女性はいませんでした。殿下が来られたのは客の望むサービスをムーランルージュが心掛けていたからです。一口に性嗜好せいしこうと言っても実体は多種多様で、類型を想定するのは非常に困難であります。他の店は古臭い型に捕らわれていてその多様性に対応できていませんでした」


「あなたの店では、対応出来ていたと言うのですね。被告人が望んだサービスとはいったい如何なるサービスなのか、差し支えなければお教えいただきたい」


「私は何もかも話す心づもりでやってまいりました。今更隠すことはございません。殿下の場合、新人が入って来るとよく尻の叩き合いをさせました。ほら、あれ。悪さをした子が罰を受けるでしょ。あれと同じように尻を叩く。違うところはお互いが全裸であるということ。叩いた娘が今度は叩かれる。交互にそれを何度も行うのです。手を緩めれば、殿下がその娘に鞭を打つ。娘は若ければ若い方がいい」


 おぞましい物でも見るような多くの視線。それを俺は全身に浴びていた。


「なるほど、被告人はそれで欲情するのですね。変わった趣味です。支配人、あなたが言う性嗜好せいしこうは多様だというのは分かりました。ですが、変ですね。あなたの話は辻褄が合わない。被告人は毎晩ムーランルージュに入り浸っていたはず。そんなに毎日若い娘が入って来たのですか、あなたの店には」


「いいえ。半年か、いや、三か月おきか。殿下は新人が入るのを楽しみにしていました」


「では、被告人は普段、何をしていたのです」


「地下に殿下専用の部屋があります。そこで座っていました」


「ただ座っていたただけですか。先ほどあなたが言っていたような性嗜好せいしこうの被告人が黙ってそこに座っていたとは思えない」


「不思議に思われるかもしれませんが、実際にそうしていたのです」


「信じられませんね。その部屋には何があるのです。被告人を満足させる何かがあったはずです。例えばです。先ほどの少女らの話から私なりに想像するに、女同士を戦わせていた。そして、それを被告人が観戦していた。私の想像は間違っていますか?」


「はい。間違っています。尻を叩き合うのと格闘とは似て非なるものです」


「では、お教え願いたい。あなたはなぜ、被告人が毎日、地下の部屋で何もせず、ずっと座っていられたと思いますか。ご意見をうかがいたい」


「地下には、玉座がありました」


「ギョクザ? 私の耳が正しければ、それはあの、玉座のことですか?」


 法務大臣はわざとらしく、執政のデューク・デルフォードが座っている玉座を指差した。


「はい。お恐れながら、あの玉座に相違ございません」


 謁見の間はざわついた。傍聴する人々は混乱している。竜の門にある玉座が娼館ムーランルージュの地下にある。人々は、支配人が何を言っているのか意味が分からないのだ。


 戸惑う人々を前にして、支配人は恐れをなしたようだ。罪が自身に及ぶのではないかと思ったのだろう、慌ててまくし立てた。


「殿下がお命じになったのです。私に断ることは出来ませんでした。反逆の片棒を担ごうなどこれっぽっちも思っていません。先ほど言ったように私どもはお客様の要望に応えるのみです。殿下の場合、道徳的な偏見に性欲が掻き立てられるのだと軽く考えていました。罰を与えるプレーがお好みだったでしょ、あれです」


「訊かれたこと以外は口を慎むように」


「はい。取り乱して申し訳ございません」


「で、具体的にはどういう要望だったのです」


「元々遊郭の地下には大浴場がありまして、そこを謁見の間と同じように模様替えしろと。浴場はそのまま使われ、多くの娼婦や客がそこで戯れていました。殿下は大変気に入っておられて、ずっとその玉座に座って過ごしておられました」


 ざわつきは収まらない。法務大臣は手ぶりで支配人に、はけろと命じた。支配人はすごすごと証言台から降り、謁見の間から姿を消した。


「休廷とする」 執政デューク・デルフォードはざわつきが収まるのを待たず、立った。「本法廷は、一時間後の再開とする」


 ムーランルージュの支配人はとんだ食わせ物だった。思ってもみない罪が自分に降りかかってくる男を上手く演じて見せた。なかなか堂に入っている。傍聴席も、他の証人と同じようにやつもキースの被害者だと認識した。


 傍聴席の誰ひとり、やつがマフィアのメンバーだとは思ってもみない。実際は十人のファーザーたちに出廷を命じられ、やつは証言をした。命じたファーザーたちも自分たちの一存でないことは明らかだ。ファーザーたちに命じたのは他でもない、大司教マルコ・ダッラ・キエーザ。


 つまり、エリノア・バージヴァルは議会だけでなく教会をも掌握している。蓋を開けてみればエリノアの独り勝ち。正義も公平もあったもんじゃない。この法廷には幾つもの欲望や思惑が交差していた。


 今ならキース・バージヴァルの気持ちがよーく分かる。ムーランルージュの玉座に座り、これが王国の真の姿だと皮肉って楽しんでいた。思い付いても普通はやらないが、我ながらいいことを考えたとキース・バージヴァルは喜んでいたことだろう。


 法檀も傍聴席も全て退出し、謁見の間は俺一人残されていた。法廷が再開されると同時に俺は有罪を言い渡される。だが、嫌な予感もする。ファーザーらがエリノアに繋がっているとなると、かなりディープな情報をエリノアが耳にしている可能性がある。


 賢いエリノアが手を緩めるのだろうか。エリノアは機を逃さず有力勢力を一気に掌握したほどの女だ。


 待たされている間、俺はずっと考えていた。マフィアは、欲望を満たす形でキース・バージヴァルの考えや情緒を変化させていった。心身ともに手中に収めたと言っていい。そして、そのために犠牲になった者は少なくない。


 嫌な予感は当たるものだ。開廷されたと同時に、法務大臣は新たな証人を召喚した。シルヴィア・ロザンである。


 彼女は俺を見ることはなかった。うつむいて名前を告げるとこう言った。


「殿下を極刑にしてください」






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