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07


 俺は紙にペンを走らせた。上の方に小さく一行書き、その紙をカリム・サンに見せた。


『自分の一存で来たんじゃないだろうな』


「ご心配なく。これは国民会議議長バイロン・ワーグマンからの要請です。弁護人の報告がどうも要領が得ないので心配になったようです」


 一存うんぬんとさっき書いた、その文の後ろに続けて一行書いた。


『要領が得ないとは?』


 文はなるべく一枚の紙に収まるように書く。カリム・サンが帰る時にはこの紙を持たせるつもりだった。会話の内容を知られないよう、人知れず処分してもらうのだ。


「殿下の態度です。弁護人は司法取引の話をしませんでしたか」


 そういや、したような、しないような。確か、カールはどこにいるのとか何とか言っていたな。言葉に迫力がなかったので頭に入って来なかった。あれはそういうことだったのか。返事に一回首を横に振ったっきりで、それからはまるっきりの無視だった。あの弁護人もちょっとは仕事をしていたんだ。


 カリム・サンはため息をついた。俺が考え込んでいるのを見て呆れかえったのだろう。


「そういう態度だから私がここにいるのです」


 会話をもうちょっとしたいから長文は避ける。とりあえず、とぼけておこうか。


『そういうってどんな?』


「だから、今の殿下の、この態度です。あまりにも落ち着いていて気味が悪い。なにかあるんじゃないかと」


『王権に対して殊勝な態度を示しているだけだ』


「ご冗談を。殿下はあのキース・バージヴァルです。泣いたり、わめいたりするはず。それがこのような態度ですから相手が勘ぐるのは当たり前でしょう。実際、殿下は何を考えているのです」


 その前に、俺の方から尋ねばなるまい。


『議会は俺をどうしたいんだ』


「議会はエリノア妃陛下に鞍替えしました。市民の出ですし、次期国王ブライアン殿下の生母にあたるお方。そのエリノア妃陛下が、帰還式での件で我々に理解を示してくれました。我々としては、担ぐには申し分ない。残念ですが、殿下は危うい状況にあると」


『殺されるのだな』


「いいえ、それ以上です。殿下はまだ王族です。拷問は出来ません。ですが、有罪が決まればそうはいかない。なぜ、司法取引の誘いを無視したりしたのです」


『俺はカールにハメられた。どのみち行き先は知らない』


「そうでしたか。あの王太子殿下が」 信じられないといった風である。「当局はイーデン・アンダーソンを疑っています。アーロン王もイーデン・アンダーソンに上洛を命じました。イーデン・アンダーソンはそれを拒み、邸宅に閉じこもって守りを固めているそうです。近く軍が派遣されるでしょう。戦いとなり、もしそこで王太子殿下の姿が見られれば、殿下の拷問はない。それでも、殿下の極刑は変わりません。王族の極刑は昔から火あぶりと決まっております」


 ガリオンの竜王は死霊使い。俺が不死者になることを恐れているのだ。そして、火を使うからには革製のマスクでは心許ない。それで鉄仮面なんだ。


「今からでも遅くはありません。何を考えているのです。議会に有益なら我々も動かないわけではない。さぁ、お話ください」


 有益ならか。議会はもうエリノアと繋がっている。俺が何を話したとしても、俺自身の死には到底及ばない。キースならいざ知らず、俺は自分で自分の首を絞めるなんて馬鹿はしない。


『俺は心の安らぎを求めているんだ。そっとしておいてくれ』


「分かりました」 カリム・サンは一旦視線を落とした。「あなたは実に惜しい人物だ。アーロン王の魔法も寄せ付けなかった。竜王に会う旅も普通なら一ヶ月かかるところを一週間で成し遂げました。シルヴィア・ロザンを助けた手腕といい、目を見張るものばかり。私たちは過ちを犯そうとしているのでないかと不安になってしまうほどです」


『過大評価だな』


 カリム・サンは、俺が書いたその文字をチラッと一目見ただけだった。戯言に付き合うつもりはないといったところか。


「私に一つ提案があります。お聞き届願いますか?」


『いい話だったらな』


「先ほど話したシルヴィア・ロザンをあなた側の証人として出廷させるのです。殿下が実際にどんな人物か傍聴する人々に聞かせるのです。さすれば、情状酌量の余地がある。刑も禁固刑で済まされるやもしれません。時間はもうありません。裁判は明日開廷されます。急ぎ弁護人を呼び、命じるのです。時間の猶予はございません」


 裁判は明日か。もしかして、俺はヤバかったじゃないか。あの糞弁護人め、そんなこと一言も言ってなかったぞ。俺にも準備ってものがある。と言っても、大した準備ではないがな。だがそれだって、やるのとやらないのでは全く違う。生死を分けると言っていい。


『誰が裁く』


「執政デューク・デルフォード、国王陛下の弟君おとうとぎみリーマン・バージヴァル殿下、国民会議議長バイロン・ワーグマンの三人。当局は法務大臣オーガスト・アグニューが指揮しております」


『証人は?』


「私とフィル・ロギンズ。他は分かりません。当局に殿下の素行を証言しろと命じられました。殿下の侍従という立場から私たち二人は適任なのでしょう。殿下が国家に対して如何に有害かを示し、他の証人からは国王陛下を非難する殿下のお言葉を引き出すつもりでしょう。殿下が国王陛下に不満があり、取って代わろうとしていると印象付ける戦略のようです」


『おまえはどういう証言をするつもりなのだ』


「掻い摘んでいえば、むちゃくちゃだったが落馬以降は人が変わった。王族としての責任と責務を立派に果たし、弱い者を黙って見ていれられないような立派な人格者になったのだと証言いたします」


『落馬以降の証言はいらない。フィル・ロギンズにもそう伝えろ。俺の悪いところだけを話せ』


「なぜ?」 目を丸くしている。「どうしてですか?」


『シルヴィア・ロザンを俺の証人として出廷させるのは、それが条件だ』


「どういうつもりなのか分かりかねます。私とフィルが落馬以降の話をしなければシルヴィア・ロザンの証言に信ぴょう性が失われます」


 おまえは俺の頼みの綱なんだ。議会の思惑に逆らうようなことをしてみろ。どんな仕打ちが待っているか。最悪、闇に葬られるかもしれない。そうなったら俺は終わりだ。


『シルヴィア・ロザンのことは誰かに話したか?』


「いいえ、誰にも。フィルも誰にも話していません。誓って」


『結構。もし誰かが知ったら彼女の身が危ない』


「はい。承知しております」


『国民会議議長には今日のことをどう報告するつもりだ?』


「バイロン・ワーグマンにはこう申し上げておきます。殿下には何の策略もない、呆然自失状態で話にならなかったと」


『ご苦労だった、カリム・サン。感謝する。明日の裁判が終わったら、また話そう』


 カリム・サンは不可解そうな面持ちで俺を見ていた。俺はこれまで書いた紙を小さく折り畳んで、それをカリム・サンに差し出した。どこか人知れずこの紙を処分してくれという意味だ。


 カリム・サンはそれを察した。小さく畳まれた紙を受け取ると胸にしまい、部屋を出て行った。足取りが重いように見受けられる。俺の態度に戸惑いを隠せないのだろう。自分の提案がちゃんと実行されるのか、やつは俺を疑っている。


 それでも、カリム・サンは俺への約束をちゃんと守る、そういう男だ。だが、悪いな。おまえの不安通りだよ。俺はお前との約束を破る。シルヴィア・ロザンを出廷させるつもりはない。彼女は自由の身となったんだ。これ以上、我々に係るべきじゃない。






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