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06


 やっぱりカールは糞野郎だった。灰色のドラゴンにイーグルの塔へ飛ばされたはずがいなかった。自分だけが支配の空白地帯、ウインドウにトンズラを決め込んだ。


 カールには奥の手があると俺は考えていた。追い詰められているのにどこか余裕がある。きっとそうだろうと思っていたが、トンズラがその奥の手だった。


 何が俺は命を懸けている、だ。ローラムの竜王に対する宣戦布告もいざという時はウインドウに飛ぶ予定だった。そして今回も、アーロン王がキレると見越していた。いずれにしても、俺はやつに取り残され、やつのために死ぬこととなる。


 キース・バージヴァルはカールの本質をよく心得ていた。全く他人の俺が頭にきているのだから、肉親のキースはたまらない。もし、キース・バージヴァルが実際にこのような仕打ちを受けたら復讐心が湧くどころか、打ちひしがれて立ち直れないほどに心が砕かれてしまっただろう。


 もしかしたら、キース・バージヴァルは向こうの世界で平穏に暮らしているのかもしれない。妻のあんなら俺が俺でなく、違う人間と人格だけが入れ替わっているとすぐに気付くはずだ。


 キースはキースで甘ったれだ。孤立した状況から何とか脱出したいともがいていた。それは地下に偽の王宮を造っていたことからも分かる。性格も繊細過ぎて、人のちょっとした言葉や仕草を深読みしすぎて自分ひとりで勝手に傷ついてしまったりしていた。肉親のカールはというと、キースを助けるどころか、自分の身代わりとしてキースを売っていた。


 妻のあんは、一つ一つの仕草がゆっくりと丁寧であった。どこかゆったりとしていて彼女を眺めていると癒される。すさんでいた俺が戦争屋から足を洗ったのも彼女のおかげだった。


 娘の里紗りさもおおらかで、やさしい笑顔がよく似合う、人の話をちゃんと聞ける子だった。彼女らと生活すれば、あのキース・バージヴァルも閉ざした心を解き放ち、しっかり自分を見つめられるようになるだろう。


 俺は今、竜王の門の狭い一室に閉じ込められている。そして、頬から顎にかけて隠れるマスクを強いられている。おそらくは鉄製だろう。さしずめ鉄仮面だ。ドラゴン語を喋れないようにするための器具なのだろうが、手足の方は全くの自由だった。魔法さえ対処できれば他は脅威ではないというわけだ。部屋にはテーブルもあって椅子もある。


 困るのは食事だ。口の自由が奪われて物を噛み砕けない。コップも口を付けられない。だから、通常の食事は出来ず、果物が用意された。自分の手で絞って、呼吸のために開けられた部分から果汁を口に流し込むというスタイルだ。


 アーロン王は正式にキース・バージヴァルを告訴したそうだ。人心をかく乱し、国を転覆させようとしていたというのがアーロン王の主張である。


 王族の裁判は通常、国王が裁判長となる。今回は公正を期するために告訴したアーロン王は法廷に出ず、裁判長の職も代理を立てるという。キースには弁護人が付けられた。学校を出たばかりの新人さんだ。


 マスクにはガッチリ鍵が掛かっていて、取ることもずらすこともが出来ない。だから答弁は全て弁護士先生に委ねられる。弁護人は見るからに青二才だ。おどおどしているうえ、健康上に問題がある。ずっと咳をしているのだ。


 こんなことをしているより病院に行った方がいい。そうアドバイスしたかったがあいにく俺は言葉が喋れない。


 テーブルには紙とペンが置かれていた。俺への配慮だろう。それを使えば弁護士先生にアドバイスが出来るのかもしれない。だが、実際病院に行けと書いたら弁護士先生はどう思うか。声に出して言うのと紙に書くのでは感じが違う。俺が心配していると受け取ってもらえればいい。喧嘩を売られていると勘違いされても困るってもんだ。


 もちろんそれは、書き方による。分かっちゃいるが、なんだかんだと屁理屈付けて俺は書くのを拒んでいる。だが、仕方なかろう。俺は面白くないんだ。どうせ事実を訴えたとしても俺の知らない所で紙は丸められゴミ箱に捨てられるのがオチなのだ。


 弁護士先生は決まった時間になるとやって来た。テーブルに置かれた紙も使わなくただ座っている俺に対して何しに来るのかよく分からない。本人としては体裁を取り繕っているのだろう。


 時間をつぶすためか、壁に話すように俺に話しかけて来た。どういうコネを使ったかは知らないが、こいつはいい仕事にありつけたと思う。


 通常、裁判は取り調べなどの証拠に基づいて進められる。俺の立場で言えば、自白調書を取られることは致命的だ。だが、自白の強要どころか取り調べ自体ない。当局は現時点、王族のためか俺に係わることは全くの放置状態なのだ。


 一方の弁護人は、法廷で被告人を弁護するだけでなく、取り調べの受け方などを被告人に指南する。まぁ、それはないからいいとして、他にも無罪を証明するための証拠や証人集めなんかもするはずだ。だが、こいつは証拠の有無や証人の名前なぞ、一度たりとも俺に確認したことはない。


 王族を弁護するのだから金もいいだろうし、裁判結果は決まっているのでやることはない。ただし、この弁護人は裁判に負けてしまうのだからキャリアには汚点が残る。要するに、こいつは無能のレッテルを張られていて、よっぽど金に困っているということだ。


 壁に話すという例え通り、弁護人が話すことはどれも俺とは全く関係なかった。俺が何も反応しないのをいいことに、自分の身の上を話すこともあった。


 ていのいいうっぷん晴らしである。大金を貰った上に、ストレス発散して帰って行く。今日も二時間たっぷり付き合った。これが一体どれくらい続くのだろうか。今日で五日目である。


 弁護士先生のおかげで裁判は、俺側の証人なしで進められる。当局側でいえばキース・バージヴァルのことだ、証人はごまんと用意しているのだろう。差し当たって思い当たるのは侍従武官のカリム・サンと侍従のフィル・ロギンズ。この世界に来たばかりだから他は全く身に覚えがない。


 フィル・ロギンズはともかく、カリム・サンは複雑な想いであろう。やつは議会の回し者で、その議会はカール・バージヴァルを推していた。本来なら喜んで跡目争いのライバル、キース・バージヴァルを追い落とすのだろうが、この件に限ってはそういう訳には行かない。


 カール・バージヴァルが主犯で、俺はというと、共同正犯とも、従犯とも取れる。その俺を有罪にするということはカール・バージヴァルをおとしめることにも繋がる。議会はどういう決断を下すのか。


 まさか、間違っても、俺を助けるなんてことにはならないだろうな。カリム・サンには辛い目に会わせてしまったのかもしれない。やつは武人だ。しかも、俺に心寄せてきている。忠義やら義理で、己を通そうなんて馬鹿な考えを持ってないといいが。


 裁判の行方はもうはっきりとしている。俺以外、誰も覆すことは出来ない。余計なことをしそうでカリム・サンが心配になる。頼むから生き様とか美学とか、そんなことを考えないでほしい。万が一、カリム・サンに何かあれば俺は終わりだ。俺としてもカリム・サンが最後の頼みの綱なのだ。


 部屋のドアが開いた。近衛兵が入って来て、面会だと言った。


 ドアの前にカリム・サンが立っていた。あっちゃぁぁ、と思った。俺のネガティブな予想は大抵現実となる。






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