05
木製の大きな扉が開いた。目に飛び込んで来たのは大勢の人。耳に入ったのは王家をたたえる声である。俺はカール・バージヴァルに続いて謁見の間に入った。
正面に、誰もいない王座があって、その両翼には王女や親族、各省の大臣が立っていた。観衆はというと、王座近くまで埋め尽くされており、俺たちの進む道を開けていた。
人垣の間を俺とカールはおごそかに進む。歓声などに応えるため手なぞは振らない。俺たちは真っすぐ前、空の王座を見据えていた。
カールは王座の前まで来ると止まった。俺はカールの後ろから斜め前に一歩踏み出し、カールの横に並ぶ。
これからアーロン王のお目見えとなる。謁見の間は静まり返えった。アーロン王を待つ観衆からは緊張感が伝わってくる。暴君とまではいかないが、民衆の彼に持つイメージは気難しい男であった。
感情に左右されないが、起伏がない。物静かであるが、いつも何か言いたげである。厳格というより陰湿で、一本筋が通っているかと思えばそうではない。カールの恋人を妃に迎えたことなぞいい例である。
アーロン王が姿を現した。謁見の間の空気が変わった。おごそかなムードだ。王妃やら大臣やらは軽く頭を下げる。壇上に上がれない者らは皆、ひざまずき、頭を垂れた。アーロン王が玉座に座るまで、頭を上げてはならない。俺たちもひざまずき、頭を下げた。
玉座の前まで来たようだがアーロン王は、まだ座らないようだ。座れば、アーロン王は自ら、大儀であったと俺たちに声をかける。それを合図に皆、頭を上げ、ひざまずいている者は立ち上がるのだが、未だその声はかからない。
おごそかなムードは消え、妙な緊張感が謁見の間を支配していた。この空気の源は人々の戸惑いである。これまでのお祝いムードが台無しであった。
というか、ぶち壊すつもりでアーロン王はそうしているのだろう。ひれ伏す先は我が身のみ。俺たち兄弟への当てこすりなのかもしれない。アーロン王は満足したのか、ようやく、大儀であったと声を発した。
例によって面白くなさそうなツラをしている。実際、面白くはないのだろうがその表情は、普段とまったく見分けることが出来ない。
言って悪いが、本当につまらない男だ。華がない。こんな男に俺たちは命を狙われている。カールが言った。ローラムの竜王の提言をこの場で告げれば、アーロン王は私たちに手出しできないと。だが、そういう足し引きがアーロン王に出来るのか、今になって不安になってくる。
罪なき兵団を動かしたとか、泥酔し街の真ん中で落馬したとか、それらに対するアーロン王の素振りを見ているとそんな計算などどうでもいいような気がしてくる。俺たちの命を狙っているのは王家の権威を保つためだけでない。それ以前の、もっと深い、感情的なところ。色々あろうが、一つ上げるとしたなら、嫉妬。
だとしたら、厄介だ。アーロン王は俺たちを殺す理由を絶えず探していたにすぎない。
「キース・バージヴァルはバージヴァル家の男子として、この度しっかりと責務を果たしました」
基本、長城から西はため息さえもローラムの竜王のものだ。秘密を保持しなければならない。帰還式での報告は嘘でいい。どうせなら、盛り上がる武勇伝が好ましい。民衆ウケする話を捏造するのも介添人の重要な役目だ。それによって民衆は旅の主役を信頼し、未来を託そうとする。引いてはバージヴァル家の名誉と繁栄に繋がるというものだ。
「キース・バージヴァルはドラゴンが巣くう森であっても物怖じすることはなく、実際ドラゴンに襲われても鬼神のごとくドラゴンを蹴散らしました。幾つもの旅の試練を克服し、通常一月余りかかる道程をたった一週間で走破しました。これは過去に類を見ない偉業と言えるでしょう。それだけではありません。ローラムの竜王自身もキース・バージヴァルの人となりに感服しました。ローラムの竜王は言っていました。キース・バージヴァル殿下、そのお力を我にお貸しくださいと。遡ること二年、ユーア国にてドラゴンが来襲したという事件がありました。あのドラゴンはザザム大陸のドラゴンで、実はザザムの竜王がローラム大陸を狙っているとのことです。二年前のドラゴンは斥候で、近くザザムの大軍がローラム大陸に押し寄せてくる。ローラムの竜王は我々の助力を欲しています。ザザムの大軍が上陸するのはまず間違いなくローラム大陸の東、このエンドガーデンのどこかです。やつらを上陸させないためにもローラムの竜王は我々に力を与えると言っておりました。すなわち、」
ここでカールは語気を強めた。
「ドラゴン語です。出来るだけ多くの人がドラゴン語を使えるようにする。魔法には魔法で対処する以外ないのですから」
謁見の間はザワついた。アーロン王に反応はない。いつものように、ただつまらなそうな表情でカールを見るばかりであった。カールは畳みかける。
「ローラムの竜王は、我ら二人にエンドガーデン全土の取り纏めを望んでいます。準備が出来次第、エトイナ山に向かいます。我らが人々を、エトイナ山まで導きましょう」
そう言うか言わない所で突然、アーロン王がキレた。
「よくもぬけぬけとぉぉぉぉ」 顔は引きつり、手が震えている。『レム=ラオスム』
ドラゴン語だ。アーロン王の前に魔方陣が現れた。ファイヤーボールやら身体強化など、相手を攻撃、あるいは己の攻撃力を上昇させる時に出る赤い色だ。
一方で、カールも魔方陣を出していた。赤いやつではなく、紫色。それは灰色のドラゴンが放った魔方陣とまったく同じ色であった。カールはその魔方陣の中に自ら飛び込んで行った。
空間魔法。そのうちの転移魔法をカールは使った。紫色の魔方陣も消え、カールが今しがたまでいた床に次々と黒い槍が刺さっていく。アーロン王の魔法攻撃だ。黒光りする金属製のような槍を無数に作り出し、敵に向けて飛ばす。その槍が、俺の方にも飛んで来ている。あまりの数によけようがない。
俺は何一つ、魔法を覚えていない。なにしろドラゴン語が喋れるようになったのは昨日のことだ。ただし、魔法を無効化させる特性、竜王の加護をローラムの竜王に与えられてはいるが。
この場合、それが役に立つのかどうか。火の玉とかイナズマとかは現象である。そもそもが不安定な存在でそのもの自体に本質はない。だが、飛んできているのは尖った金属のようなもの、つまり、物質そのものである。
そんな俺の心配をよそに黒い槍は、体に触れるか触れない所で消えていった。アーロン王の魔法に対しても竜王の加護は有効であったのだ。次々襲ってくる槍は俺の前で、全てが無に帰した。
命は救われた。が、めちゃくちゃなのはアーロン王だ。どうも嫌な予感はしていた。足し引き計算できない馬鹿とまでは言わない。おそらくは魔が差したのだろう。気付けば、魔法を放っていた。
こうなった以上、アーロン王はもう後には引けまい。是が非でも俺を嘘つきの、大悪党に仕立て上げなければならない。近衛兵が瞬く間に集まり、俺を床に抑えつけた。そして、古典映画のキャラクター、レクター博士のように、顔の下半分が隠れるマスクを俺に取り付けた。いかにも王族御用達って感じのマスクで、造りは上等、金属製だった。




