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「そういうことか。老いて力が弱まってザザムもガリオンも動き出した。おまえがローラムの竜王に呼ばれたのはそのためだったというわけか。で、竜王はおまえに何と言った。大方一緒に戦おうっていうのだろうが、今の我々では戦力にもならない。古代兵器のありかか? 動かし方か。竜王は何と言った。教えろ、キース」
「言葉をお与えになります。王族といわず全ての人に」
「なに? いま何と言った」
「言葉を与えるとのことです」
「ドラゴン語か」 カールは声を上げて笑った。「アーロン王が泣いて喜ぶわ」
思いもよらないことだったのだろう。驚きと同時に、胸のつっかえも取れたようで、その笑いは泣き笑いであった。
想うことは多くあるだろう。王家の終焉から家族のこと、そして、恋人のこと。俺はしばらくそのままにしておいた。
囲炉裏の炎が時に音を立て、火の粉を天に巻き上げていた。月は丸く、淡い光を放ち、天高くにある。カールの泣き笑いも小さくなっていき、やがては止んだ。
虫の声が夜のしじまに響いていた。気持ちを十分発散できたのだろう、カールは元のカールに戻っていた。
「で、どうするんだ、キース。アーロン王はおまえの言うことを信じようともしないだろう。まさか秘密裏に事を推し進めようっていうんじゃぁないだろうな」
その通りだ。だが、本心を言うまで俺はカールに心を開いたわけではない。
「王太子殿下の言う通り、アーロン王は一筋縄ではいかない。ローラムに脅威が迫るまで、私はこのことを伏しておきます」
全くの嘘だ。
「そんなんでエンドガーデンが守れると本気で思っているのか、キース。時間の猶予もない。おまえともあろうやつが信じられん」
「アーロン王もあのようですし、現実は厳しいものです」
「なぁ、キース」 カールは呆れ顔だった。「おまえは一体何者なんだ。ローラムの竜王はおまえだけをわざわざ呼んだ。そして、余すところなく人々にドラゴン語を教えようと言った。わざわざおまえを呼んでそう言ったからには少なくともおまえがローラムの竜王の使い魔ではない。使い魔だったら絶対服従の召使、招待なんてされない。だが、それが余計分からない。使い魔でないなら、おまえは一体どこの誰なんだ」
そう聞かれても、残念ながらこいつにはこう言うしかない。
「キース・バージヴァル。あなたの弟です」
「分かった」 カールはため息をついた。「分かったよ。じゃぁ、こうしようではないか。人が大勢いる帰還式で私がこの事実をアーロン王に告げる。アーロン王が信じようが信じまいが関係ない。瞬く間にこの事実はエンドガーデン全ての人々の知るところとなろう。不吉な噂は広がりやすいもの、それに私は人気者だしな。アーロン王が私の口を塞ごうとすればするほど私の言葉にリアリティーが増す。それが民衆を動かし、結果的に王族たちは追い詰められる。おまえはただ、その時を待てばいい」
俺はカールの提案を受け入れることにした。カールは言った。ローラムの竜王の提言を私が告げればアーロン王の怒りは私だけに向く、そもそも私はローラムの竜王に宣戦布告をしようとしていた、あの時死んでいてもおかしくはなかった。
それに、宣戦布告のことを思うとアーロン王の方は楽なものだ、ローラムの竜王と違ってアーロン王に私を殺す度胸はない、私を殺せば私の言葉に真実味が増し、かえって民衆の不安を煽ることになる、国の秩序は乱れ、憎悪は自身へと向かう、それぐらいの計算はいくらアーロン王といえども働くだろう。
「アーロン王は私に手出しが出来ない。もちろん、おまえにもだ」
カールの言葉は理に適っている。俺はカールを信じることにした。早朝、一つ目のケルンを発ち、王都センターパレスに向かった。
やがて長城が姿を現した。長城の方も俺たちの姿を見つけたのか、角笛が鳴った。人用の鉄の扉も開かれて、俺たちがその通路を出る頃には王都では鐘の音が響いていた。
王都センターパレスは、長城の一部と市街地をひっくるめてそう呼ばれている。長城と市街地を分けていう場合、長城は“竜王の門”と称されていた。近衛兵の一団に守られ、俺たちはその竜王の門に向かった。
多くの人が竜王の門に集まって来ている。これから始まる帰還式に参列できるのは、そのほんの一部の者達だけだ。民衆は俺たちの姿を見とがめ、歓声を上げていた。
白馬に揺られ、長城沿いに進む。内心に緊張を隠し、悠然と手を振り国民の声に応える。彼らにとって俺たちは英雄なのだ。森にうごめくドラゴンの真っただ中をエトイナ山に向かい、そして、戻って来た。とんでもない冒険をしてきたのだろう。そんな羨望の眼差しで俺たちは見られている。
竜王の門に入ると謁見の間近くの部屋に案内された。帰還式の準備が整うまでここで待てというのだ。料理と飲み物が次々に運ばれて来た。パレードアーマーを脱がされた。帰還式にはまた着させられるのだろう。パレードアーマー無しでの儀式はさまにならない。
髪も整えられ、手足も洗われた。その全てを近侍らや侍女らがやった。俺たちは何も言わずとも手を広げ、突っ立っていれば良かった。
やがて忙しなく動いていた彼らは皆、部屋の隅に下がっていった。部屋の真ん中には俺とカールが残されていた。カールが食事を取ろうと言うので椅子に座った。
たまに鳴る食器とナイフの音だけが広い部屋に響いた。俺とカールには会話はない。ここで話すことは全て筒抜けなのだ。
俺たちは随分と長い時間待たされていた。あまりにも長くて少し不安がよぎってくる。やはりカールと一緒に戻って来たのがまずかったのか。そんなことを考えていると執政のデューク・デルフォードが現れた。各大臣を統括し、アーロン王を補佐する立場の男だ。
「失礼なことをお伺いしますが、王太子殿下。予定よりお早いご帰還となりましたが、何か問題でもあったのでしょうか」
なるほど、もっともな質問だ。予定では往復一か月の旅だった。それが灰色のドラゴンとジンシェンのおかげで一週間ほどで帰って来られた。
『こいつには注意した方がいい。おまえのことを忌み嫌っている。ある事ない事アーロン王に告げ口しているそうだ』
カールは敢えてドラゴン語を使って俺に喋りかけた。俺もそれに答える。
『はい。それはなんとなく。この男は私と目を合わせようとはしません』
「と、いうわけだ。デルフォード」
カールがそう言うと、執政デューク・デルフォードは深々と頭を下げ、御無礼、平にご容赦を、と言って部屋を出て行った。




