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「ぬしを帰すだけの力は、わしにはない。これは謙遜でも何でもない。計り知れない力がおぬしに働いたのじゃ」


 ドラゴンの頂点に立ち、神のごとくな竜王にも手が届かない次元。そんな魔法がどこにあるというのか。


「帰るのが望みなら止めはしまい。じゃが、それには厳しい道を行かねばならぬ」


 帰れないわけではない。


「帰れるのですね」 もう厳しいとか厳しくないとか関係ない。「竜王よ。その方法をお教え願いたい」


「まず、この世界の秘密を見つけることじゃな。その後は、厳しい選択を迫られる。ぬしはどちらかを選ばなければならない」


「私はどうすればいいのです」


「選ぶのはおぬしじゃ。わしではない」


 この世界の秘密。計り知れない力。そして、選択。もしかして、竜王がシーカーの村近くに俺を飛ばしたのはこれがあってのことだったのかもしれない。俺に世界の一端を見せようとしていた。


「秘密は自分で見付けよ。それでこそ正しい選択ができるというものじゃ。ただ、わしも力になれないわけでもない。どうじゃ、わしの願いを聞いてくれるか?」


 交換条件。力になってくれそうだが、相手は神のごとくなやつだ。何でもできるだろうに、俺に願いなんてにわかに信じられない。鵜呑みには出来ないが、いいさ、ここまで来たんだ。聞いてやろう。


「もったいないお言葉。承りましょう」


「よう言うた、まれびとよ」 竜王はうなずいた。「じゃが、しばし待たれよ。願いを言いたいところじゃが、わしの要件は後じゃ。先に乙女の問いに答えなくばならぬ。さて、乙女よ、“空”とは何ぞやってことじゃったな」

 

 ラキラはうなずいた。


「簡単に言えば、わしはこの世から消える。おぬしらの言葉を借りるなら死ぬってことじゃ」


「恐れながら」 ラキラは驚きを隠せない。言葉を詰まらせた。「信じられません。それはまことでしょうか」


「まこともまこと。結界も弱まったりするじゃろ? 庭師も多くは動かせない。ロード・オブ・ザ・ロードも具現化するには一苦労じゃ。わしの定められた期日はもう目の前に来ている」


「期日………。 それは運命さだめなのですか」 ラキラは語気を強めた。「エンドガーデンはどうなるのです。わたしたちの村は?」


 ローラムの竜王がいなくなれば、エトイナ山はドラゴンの奪い合いになる。結界も消え、多くのはぐれドラゴンがエンドガーデンを襲う。ローラム大陸全土に血の雨が降る。


「何を慌てておるのじゃ。それでおぬしらを呼んだのじゃろうが」


「わたしたちに何を。何をすればいいのです」


「エンドガーデン中から人を集めよ。王族もシーカーも関係ない。そして、ここに連れて来い。わしが片っ端からドラゴン語を話せるようにしてやる」


 俺たちの呼ばれた理由はこれだった。


「それではダメなのです」 ラキラは声を荒げた。「少なくともエンドガーデンはそれで守られましょう。ですが、それではシーカー十二支族が黙っていません。力を得れば、版図を広げようとする。そもそも彼らには、エンドガーデンの者たちにさげすまれているという恨みがあります。火に油を注ぐようなものです。他にやれることは御座いませんでしょうか」


「ラキラ、それを言うならエンドガーデンも同じ様なものだ」 今まで五つの王国が一つも減らずにいたことの方がむしろ奇跡なんだ。「五人の王はエンドガーデンの覇権を争うだろう。王族の中でも権力争いが起きる。もちろん、シーカーの村のようにまだ支配されていない地域にも手を付けようとするだろう。シーカーの秘密を知ればなおさらだ」


「知恵を働かせろ」 これ以上の議論は不要だとばかりに、竜王はピシャリと言った。「敵はローラム大陸だけじゃない。ザザムもガリオンもローラムを狙っておる。わしは力を与える。使い道はおぬしらで考えるのじゃ」


 竜王が言っていることは間違ってはいない。俺の世界ではどの国も大量破壊兵器を持っていた。要は使い道なのだ。


「といっても、まれびとよ。おぬしは乙女と違って皆に信用されていないようじゃ。わしに会おうと人々に呼びかけても誰も来そうにない。王族の誰にでも分かるようにわしの力を特別に分け与えるとしよう。世界の秘密を解くのにも助けになる。じゃが、その前にわしと会った証拠を皆に示さんとな」


 緑色の魔方陣が俺の頭上に現れた。竜王の指先の動きに合わせて魔法陣は降下していく。


「これでドラゴン語を使えるようになった。そして、これがおぬしへの特別なギフトじゃ」


 そう竜王が言うと、俺の頭上にまた魔方陣が現れた。今度のはジンシェンや竜王が竜人化した時と同じように赤い魔方陣だ。下がっていって、俺の体を通り過ぎ足元で消えた。


「竜王の加護という特性じゃ。ドラゴン語とは別の力で、おぬし固有のものじゃ。おぬしは如何なる魔力も無効にする。魔法攻撃はもちろん、呪いや混乱、チャームなどの状態異常はもとより弱体化も寄せ付けない」


 パパッと俺の体が発光した。見たところ、俺の体は何にも変わってない。スピードアップするためのジンシェンの魔法がついでに俺にかかっており、おそらくはそれが無効化したのであろう。つまり、俺自身にバフは掛からない。だが、それを差し引いてもどんな魔法も効かないんだ。俺はもの凄い力を授かったのかもしれない。


「これでいい。じゃが、おぬしにはまだ贈り物がある。わししか知らぬ言葉じゃ。おぬしも知っておろうが人は四つまでしか魔法は使えない。わしが教える言葉は、今は使えない。じゃが、いつか使う時が来るであろう。その時のために必ず一枠残しておくのじゃ。現時点、使えるのは三つまで。絶対に忘れるな。その時が来たらこの言葉が必要となる」


 なぜか竜王は俺に手を差し出した。俺の手を待っている。ゆっくりと俺は手を伸ばした。竜王は俺の手の、手のひらではなく手首を握った。お前にもそうしろとばかりに目配せをする。俺は指図通り竜王の手首を握った。


「シン・ジェトラ・アルビレム」


 そう言うと竜王は手を離した。


「儀式は終わった」 ラキラの方を向いた。「乙女よ。この世界を愛するおぬしには野暮な贈り物は似合わぬ。おぬしにはまた別のモノを用意した。わしの大切なモノじゃ。さぁ、お手を」


 手を差し出した竜王に、ラキラも手を伸ばす。竜王はラキラの手を取ると浮かびあがった。ラキラも宙に浮く。


 二人は世界樹の枝を縫って、宙をどんどん上へと昇って行った。やがて世界樹の無数に重なる枝の中から、声が聞こえた。


「おぬしらもどうじゃ、ラキラのおすそわけじゃ」


 ジンシェンは、俺の前でかがんだ。「乗れ」


 背中の首の付け根から角が生えていた。左右からクワガタの顎のように伸びていて、その両方で頭の後ろに円を造っていた。角にはギザギザの刃が付いている。付け根の方はそれがなかった。俺はそこを握った。


「いくぞ」


 そう言うとジンシェンはジャンプした。ひとっ飛びで幹まで到達する。着地すると駆け上がった。


 といっても、そもそもがムカデのドラゴンである。八本の手と二本の足を巧みに使い、世界樹に張り付くようにスルスルと登って行く。


 あっという間に最頂部の葉を突破した。生い茂る葉の向こうに竜王とラキラ・ハウルの後ろ姿が見えた。二人は草原の上にいるかのように世界樹の上に立っていた。


 外輪山の山並みに、コバルトブルーの湖。湖面には、逆さになった外輪山と空の雲が映っていた。


 竜王はラキラ・ハウルにこう言っていた。


「この景色を忘れないでいて欲しい。わしのたっての願いじゃ」






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