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09


 正面にエトイナ山系の山影と、そのむこうにヘルナデス山脈の高峰、竜王の角がある。右手には草原キングランズがあり、そこでははぐれドラゴンがハゲタカのように空で円を描いている。


 俺とラキラ・ハウルは列車の屋根に立つようにムカデのドラゴン、ジンシェンの背に乗っていた。風に髪が揺らぐラキラは美しい。俺が二十歳ぐらいで妻子がいなければこのままこの世界に残ってもいいとすら思えてしまう。


 姿はキース・バージヴァルだし、王国からはうとまれている。彼女のために人生を費やしても王国の誰も何とも思わない。だが、所詮、俺は異世界人で、おっさんだ。それに、向こうの世界に行ったキース・バージヴァルも気にかかる。


 やつがどんなことをしているか想像できない。人殺しするまでの根性はないにしろ、誰かにたぶらかされ、俺たちの会社をめちゃくちゃにしているって可能性は大だ。それ以上に妻子が心配だ。


 やつの性癖を考えると夜も寝られない。人殺しする根性はないのは分かっている。分かっているが、出会いがしらってものがある。殺す気はないが殺してしまった。あるいは、妻がキース・バージヴァルを殺してしまった、ってことがあり得るかもしれない。


 基本、キース・バージヴァルは俺たちの社会を理解できない。そこで生まれ、生きていた俺にとっても複雑怪奇なのにあいつが理解できるだろうか。裁判でゴタゴタしているとか、娘が家を飛び出して行方不明だとか、俺が警察につかまっていて檻の中にいるなんてことはまだいい方なのだ。


 ムカデのドラゴン、ジンシェンは金床の森を抜けた。エトイナ山はもう目の前だ。ラキラは兜をかぶった。ドラゴンをかたどったやつだ。素材にされたやつは小さいドラゴンだったのだろう。人と争っていた時代に殺され、兜に加工された。


 ドラゴンの兜にどういうわれがあるか分からない。だが、罪なき兵団に無残にも踏みつぶされた大人になり切れていない子供のドラゴンであることは変わりない。悲惨な事実だ。だが、戦争とはそういうものだ。元海兵だった俺がラキラ・ハウルを責めることは出来ない。


 ムカデのフォルムをしたジンシェンはエトイナ山を登って行く。カールの話だとローラムの竜王の住処はカルデラ湖だ。周辺に木々はそれほど密集していない。木の間を縫うように走っていた。順調だと言っていい。


 ローラムの竜王の妨害はみられない。契約云々でいうなら、ラキラ・ハウルとジンシェンは招かざる客だ。ローラムの竜王が嫌うならここまで来る途中で何らかの妨害があって然るべきだ。


 それも見受けられない。やはり、ローラムの竜王は俺たちを招いている。ロード・オブ・ザ・ロードのセイトに現れた灰色のドラゴンは彼の使いだった。だが、なぜ、直接エトイナ山のカルデラ湖に俺たちを呼ばなかったのか。


 手が込んでいるとしか言いようがない。何か考えがあるのは確かだ。嫌な予感がする。こういう場合、俺の経験から、俺は何かをさせられる。カールも言っていた。俺は気に入られていると。


 馬鹿言っちゃぁいけない。これじゃぁ気に入られているも何も、ローラムの竜王が俺を異世界から呼んだ張本人だ。そして、もしそうだとしたら、ただのお遊びで膨大な魔力を使うはずがない。やつには何か目的がある。


 迷惑な話だ。だが、なぜ、俺なのか。百歩譲って、もしそういうことだったとしたら俺とローラムの竜王は対等だ。ひれ伏してお願いするのではなく、ディールが成り立つ。ミッションをやり遂げれば帰れることは確実だし、上手く交渉できればミッションのハードルが下がるかもしれない。


 森を抜け、緑の草地をひた走る。エトイナ山を登り切った。目の前に広がるカルデラ湖。山の天辺が丸くえぐられたような場所に、コバルトブルーの湖面、真ん中に浮島が見える。


 ―――湖中島。そこに巨大な世界樹が生えていた。根は島一杯に張り巡らされ、枝葉はカルデラ湖の直径五分の一ほどに広がっている。湖の大きさは推定で、直径十キロはあろう。その五分の一ともなると単純計算でも、世界樹が枝葉を広げている幅、葉張りは二キロにも及ぶ。


 高さは、八百メートルぐらいはあろうか。幹の太さは直径三十メートルはゆうにある。湖面は波一つ立たず、鏡のようだ。流れる雲に遮られていた太陽が現れると、外輪山の山影や漂う雲、そして、世界樹が湖面に姿を現す。


 雄大で、壮観。そして、神秘的であった。ここに住まうドラゴンがどれほどの力を持つのか。


 カールは言った。姿かたちは楽しみに取っておくんだな、驚くぞ、あれはもはやドラゴンではない、と。きっと神のごとくなのだろう。その気になれば地形をも変える。竜王の姿は見ずともこの風景を目の当たりにすればそれぐらいの想像出来る。


 霧がゆっくりと流れてきた。外輪山に行く手を阻まれ、行き場を失っている。ムカデのドラゴン、ジンシェンは赤い魔方陣を造った。そして、ここに来る前にやったようにその魔方陣をくぐっていく。


 次から次へと、胴は連なって魔法陣に入っていく。全長二百メートル近くあるのだ。だが、入った方と反対側の面からは全く何も出てこない。まるで魔方陣に飲み込まれて行っているかのようだった。


 やがて、最後尾が魔方陣に入った。全てが魔方陣に消えた瞬間、反対側から人影が現れた。プレートアーマーを着込んだような全身黒光りのフォルム。三メートルの長身で胴が長く、足も長くて、手も長い。片方四本の計八本の手が肩から腰に掛けて生えている。一番下の手は地面に付こうかという長さだ。


 背に翼があり、首の付け根からはクワガタの顎のような角が曲線を描いて伸びている。正面から見れば、角は仏像の後光のようだ。背骨に当たる部分には背びれのようにトゲが連なり、しっぽへと続く。ムカデを思わせる扁平のしっぽでズルズルと引きづって歩き、魔法陣から完全に出るまでには最低、身長の倍ほどの距離を前に進まなければならなかった。


 頭はラキラの兜とよく似ていた。ドラゴンの上あごをひさしにし、その下には目が二つあり、鼻があり、口がある。人と同じような顔があった。だた、人と違うのは皮膚の質感が肌っぽくなく、昆虫の外骨格のような光沢があった。


 ドラゴンニュート。ジンシェンは竜人化した。二百メートル近くに及ぶ巨体。列車のようにばく進し、あっという間にエトイナ山に付いた。それが身長三メールほどに圧縮したのだ。


 その体にどれほどの力を宿しているというのか。列車がトラックに衝突すれば、トラックは粉砕されて粉微塵になる。ジンシェンのパンチは少なく見積もっても、それぐらいの威力があるのではなかろうか。しかも、魔法という力も保持しているはず。


 だが、もっと驚くのはラキラの兜だ。ドラゴンはドラゴンでもドラゴンニュートの頭なのだろう。子供のドラゴンを殺したという前言は撤回する。シーカーたちの先祖はドラゴンニュートを倒していたのだ。






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