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03

 

 シーカーらは黙って立っていた。口の両端まで延びた細い髭に、氷柱のような顎髭。綺麗に整えられているところから、無精髭ではないだろう。かといって、ファッションでもあるまい。威圧的というか、とても気軽に話しかけられるような雰囲気にはない。眉間に皺をよせ、口をへの字に曲げている。


 彼らの鎧はというと、ラキラらと同じような色とりどりのプレートが縫い付けてある。分厚い綿詰めの布が下地のようで、ズボンとシャツというように体にフィットするタイプではなく、外套がそのまま鎧になったようなものだった。


 ロングコートを着込んだように全身を覆い、着丈は膝下まである。頭にかぶるっているのは耳当てが付いた帽子のようであり、そこにも隙間なくプレートが縫い付けられていた。


 弓を背負い、槍を持っている。大男ではないことからこの村のシーカーらは素早く動いて敵と戦うのだろう。物腰にラキラらとは違う凄みがあった。


 俺はソードベルトを外し、剣に丸めてテーブルの上に置いた。鎧も外していく。虎や赤いワイバーンの血をかぶったのだ。真っ白いパレードアーマーは台無しで、乾いた血と、血を接着剤とした埃とで、全身まだらにどす黒く変色していた。


 暇になりそうなので鎧の手入れをすることにした。拭く布と水をシーカーに頼むとすぐに持って来てくれた。


 しばらく時間を忘れることが出来た。このところ、いつも時間を気に掛けていたような気がする。まるで太陽と追っかけっこしているようなものだった。


 やがてプレートアーマーがほぼ元の姿に戻った頃、日は暮れていた。月がバルコニーを照らし、俺のテーブルは燭台の明かりで包まれていた。シーカーたちはというと、俺がテーブルに座った時と寸分も違わぬ位置に立っていた。


 布と水を持って来た以外、二人は全く動いていない。どうりで物音ひとつ立たない訳だ。二人には悪いが、おかげさまで久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことが出来た。


 気持ちが落ち着いた。プレートアーマーが真っ白くなったのも気持ちがいい。初めは見せかけだけの役立たずと思っていたが、こうやって磨いてやると愛着が湧くってものだ。


 俺は月明りを浴びようとバルコニーに出た。風がすがすがしい。雲がゆっくりと動いている。ラキラはここを村だと言っていた。俺は勝手に小規模な集落を想像していた。だが、違った。ここは十分大都市だ。断崖を掘削した多くの住居に光が灯されている。まるで摩天楼ではないか。


 前の世界にいた時、俺の部屋から眺める風景もこのようだった。ビルに挟まれ、その先に緑豊かな公園が見えた。妻は今、何をしているのだろうか。娘は。


 突然、突風が吹いた。そして、巨大な黒い影。俺は二歩、三歩、後ずさった。横切ったのはドラゴン。


 だが、変である。ドラゴンが現れたことじゃない。俺はバルコニーの手すりに身を乗り出していた。


 今まさに、ドラゴンに人が乗っていた。間違いない。だが、もう遠くて乗っていた人の姿は見えない。ドラゴンのシルエットだけがドームへと吸い込まれて行っている。


 シーカーたちは動じていないようだった。驚いているのは俺だけ。もしかして、彼らは気付いていないのではないか、と思ったが、それはない。目の前をあれだけの巨体が横切ったのだ。


 羽ばたいた時に出た風も感じたはずだ。とはいえ、人が乗っていたのを見たかどうかは別だ。彼らはちゃんと見たのだろうか。ドラゴンに乗った人の姿は俺の目にしっかりと焼き付いている。


 俺の目が正しいかどうか、彼らに問おうとした。が、止めた。彼らは少なくとも、ドラゴンが現れても微動だにしなかった。俺が何を問おうが答えやしない。


 ドームは静かだった。それを取り巻く森もドラゴンが暴れた気配はない。月明りに青く照らされた谷底は、深海のように静かだった。


 見たか見なかったか、確かめるのを諦めて、俺はテーブルに座った。ラキラ・ハウルはドラゴンのことをよく知っていた。ドラゴンに知人がいるのではないかと疑うほどだ。だが、今見た光景は知人どころかあれは馬だ。うまやで干し草を与え、水を飲まし、出かけるとなったら鞍を乗せる。


 そう、まるで馬ではないか。ラキラは頭にドラゴンを乗せていた。逆にドラゴンに乗ったとしてもおかしくはない。


「殿下、お食事の時間です」


 女が立っていた。胸元で布を重ねた、広い袖のゆったりとした服装をしていた。すでにテーブルには、酒が入っているだろう甕とコップ、あんがかかった魚に、炒めた野菜や米が置かれている。俺はというと、顔の前で手を組んでいた。


 考え違いをしていた。今更ながらまざまざと思い知らされた。シーカーは辺境の民族で、ドラゴンに絶えず脅かされ、敵対し、時には殺し合っているかと思っていた。


 彼らは環境に適応したのだと思う。社会インフラとか、そういうシステム的なものではなく、独自の文化を築き上げていた。いや、もっと根本のものだ。ラキラ・ハウルを見ていたら分かる。これは進化なのだ。


 カール・バージヴァルがこれを見たらどう思っただろうか。きっと肯定的な見方をしない。最悪、シーカーは粛清されるのではなかろうか。そして、それはアーロン王だって同じことだ。


 女はまだ突っ立っていた。俺が食い終わるまでそこにいるのだろう。手をつけないと面倒なことになるのかな。女は怒られ、料理人は首になり、俺はシーカーの偉いさんの心証を悪くする。


 馬鹿にされていると思われないだろうか。しいたげられた人たちはそう思いがちだ。こんな不味いもの、食えるか、なんて俺はちっとも思っていない。ただ、あんなのを見てしまって食欲が湧かないだけなのだ。


 シーカーは危うい状況にある。彼らはそれを知っていてこの事実をひた隠しに隠しているのだろう。ラキラ・ハウルは俺に言った。あなたは信用できると。


 あれはそういう意味だったんだ。ローラムの竜王への仲介を頼むとかそんな以前の問題だった。俺は酔いたい気分だった。ちょうど目の前に酒甕がある。コップに酒を注いだ。


 無色透明。匂いはきつい。味はというと、匂いの感じからクセがありそうに思えたが、それは全くなく飲みやすい。


 香りを楽しむ種類の酒なんだろうな、と思った。そして少なくとも、この酒はアメリア国の王族に出されたものなのだ。彼らにとっては最上級の香りがする酒なのであろう。俺は酒の香りと味を確かめつつ、つまみにと魚にも手を付けた。


 甘酢的な味がした。あんに酢が入っているのだろう。この酒と合う。食事に満足していることを給仕の女に伝えたかった。言葉を掛けようと女を見た。ところが女は味付けが好まれたかとかそんなことにはまるで興味がなく、俺の髪を見ていた。金髪がよっぽど珍しいと見える。ここに来た時、バルコニーから街を眺めた。確かに皆、髪は真っ黒だった。







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