02
夜が明けた。俺たちはひたすら北に向かった。山の中腹を下り、また上り、そして下る。そうやっていると昼頃には、尾根に築かれた長城を間近に見ることが出来た。
長城に沿って進む。人間界とドラゴンの世界を隔てる塀であったが、実際は人を閉じ込める檻である。ローラム大陸の一部に人を集め、自由を奪っているといえるのだが、逆に保護しているともいえる。
ドラゴンからしてみれば人は動物園の猛獣のようなものだろう。越えられそうな所はなかなか見当たらない。風雨にさらされ朽ち果て崩れ落ちている所があってもいいのだろうが、それさえもない。
ラキラ・ハウルは迷いもなく先を進む。当然のことながら、彼女は塀の向こうへ行く術を知っている。俺はついていくほかはない。石積の壁は隙間なくぎっしり詰まっていて雑草さえ生えていない。長城は山の尾根にあるせいか、乾燥していてツタ類が這うような箇所もなかった。
日当たりの加減で苔むす所がないわけではないが、壁は概ね出来た時と変わらずの姿をしているのだろう。これがローラムの竜王の手によるものだと考えると空恐ろしい。逆に、ローラムの竜王に異変があったらこれはどうなるのだろうか。
この塀と共に、ここ二千年間に培われた秩序が失われていくのであろう。日は傾きだしていた。野営の心配はもうしない。ラキラ・ハウルに全て任せっきりなのだ。俺は安心しきって彼女について行っている。
「もうそろそろね」
しばらくして、彼女が言うように長城に扉を見つけた。センターパレスにあった鉄の扉と同じものだった。ラキラは腰袋から鍵を取り出した。それを鍵穴に刺し込んで扉を開けた。
かがり火も何もない。真っ暗闇の中を覗き込んだ。扉のそばに松明が何本か立てかけてあった。それにラキラは火をつけた。
十メートルもないトンネルだった。守衛も何もいない。入った扉の鍵を閉め、俺たちは松明の明かりを頼りにそこを進んだ。
出口にも鉄の扉があった。ラキラは鍵を開け、俺たちは外に出た。やはり、扉には門番がいなかった。辺りを見渡すと、閑散としていて長城の向こうと何ら変わりのない。さっきと同じ石と雑草の荒野だった。
ラキラは腰袋から出した鍵で扉を施錠し、山を下って行った。しばらくして、石が積まれた小さな丘が見えた。ケルンにしては大規模で、しかも扉があった。積んだ石の傾斜通り、その扉は四十五度以上倒れていて、天を向いている。
墓のように見えるが、シーカーが二人武装して立っていた。まるで秘密結社のアジトだ。扉を垂直に立てると人の出入りがバレてしまう。扉を山の傾斜に合わせていたことから、非常時にはその上に石を置き、扉自体を隠す算段なのだろう。
武装したシーカーらはすぐにラキラ・ハウルに気付いたようだ。山を駆け上がって来たかと思うとラキラの前に立ち、拳を手で包む拱手という仕草を見せ、お辞儀をした。
不審な男を連れてきたのも関わらずシーカーらはラキラに何も問わず、石山の扉を開けた。
中は急な階段だった。等間隔に明かりが灯されていることもあり、階段の下の方まで見渡せた。螺旋のような垂直に下りていくタイプの階段ではなく、神社仏閣のような真っすぐ下に降りていくやつである。
滑ったり転んだりしたら最後、下まで止まることなく落ちていくのだろう。足元を確認しつつ、おのおのが距離を開けて降りていく。
階段の先は長い地下道であった。所々に石像が立っていて、その足元には蝋燭が灯されている。ほとんどが武人を象った像であるが、中には千手観音のように手がいっぱい生えている像もあった。そのどれもが、溶けだした蝋で足元が山になっていた。蝋燭を絶やすことがないのであろう。
この地下道は言うまでもなく山の尾根にある長城の門に通じている。階段も大勢が大挙して使用する造りではない。きっとここは特別な地下道だ。村の一部の人間しか通れないと推測出来る。雰囲気が重いというか、緊張感があるというか、一種独特の空気を感じる。
墓地か寺院のような地下道。それも終わりを迎えようとしていた。正面にはドア無しの出入り口があった。そこは今までの炎のような人為的ではない光で満ちていた。太陽光が照らす広い空間であることはうかがい知れる。きっとシーカーたちが何人もいるのであろう。
観光ならいいが、場違いなのは落ち着かない。勝手に押し掛け、俺はシーカーたちが大切にする霊的な場所に断りもなく入ってしまった。いい顔されるとは思えない。しかも、俺は悪名高いキース・バージヴァルだ。
緊張しないと言えば嘘になる。卑屈な気分になりつつ、部屋に入った。が、誰も居なかった。左壁には大きくローラム大陸の地図が描かれていた。
部屋いっぱいに並ぶテーブルと長椅子。右側には等間隔に柱があり、テラスだった。その先は植木も何もない、どこまでも真っ青な空間。
ふと思ったのは、ここは砂漠のど真ん中だということだ。が、テラスに向かうと自分が間違っていると悟った。俺は地上からずっと離れ、上空にいる。
それは、空中にあるという意味ではない。Vの字に切り立った断崖、それも、Vの字の一番深いところでここはその絶壁部分だということ。テラスだと思ったのはバルコニー。V字の両翼の崖には、岩を削って多くの住居が造られている。吊り橋や張り出した歩廊が人々の行き来を助けていた。
バルコニーから青く見えたのは空だった。崖下には、崖の縁に沿って堀があり、それを越えればコンクリート製と思える大きなドームがあった。俺は、ここよりずっと高いところから降りて来たので地上に着いたと勝手に思い込んでいた。
このような場所を石窟と言うのであろう。俺の世界では失われて久しいが、過去にあったとだけ聞いた。岩山や岩場を掘削し、住居空間にする。寺院の場合は石窟寺院と呼ばれた。
画像では見たが、こういうのを絶景というのだろう。俺はV字の一番深い部分の一番上、最も見晴らしのいい場所にいる。右と左にヘルナデス山脈の山影があり、正面は地平線いっぱいまで広がる森。得した気分だった。石を積んだ小山がこのような所に繋がっている。
「いい景色でしょ。少しここで待ってて」
ラキラ・ハウルはそう言って広間から出て行った。残されたのは、俺と二人のシーカーたち。シーカーらは俺を挟むかっこで突っ立っている。そうだった。俺はまだ、歓迎されてはいない。




