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「タイガー、ちょっと待ってくれ」 カールは馬を降りた。「いい機会だ。キースに賢いドラゴンがどんなものか見せたい。子供のドラゴンだから私としてもちょうどいい。あまり賢いと面倒だからな」
俺は、カールに馬から降りるよう手で促され、その通り馬を降りた。シーカーたちはというと、囲みを一部といて、俺たちが通る道を開けた。
ドラゴンのフォルムはカエルである。違うところは翼があり、長い尾がある。顎のエラから頭にかけて襟巻のように連なったトゲもあり、手にはかぎ爪がついていた。
カールは何やら聞きなれない言葉を喋っていた。カエルのドラゴンも言葉を返しているらしい。らしいというのは、ドラゴンは吠える以外、何も声を発しない。口の前に魔法陣が現れる。そこに記される文字やら記号やらが次々と変化していく。魔法陣の色そのものもその都度変わり、青色だったり、赤色だったりした。
色は感情を表しているのではなかろうか。カールも声だけではなく、ドラゴンと同じように口元に魔法陣を造っていた。ドラゴン語とは、どうやらこの魔法陣のやり取りでコミュニケーションを図る、手話のようなものなのだ。
「分かったか、キース。これがおまえも使えるようになる。独自に学び、習得するのは無理だ。ローラムの竜王が私の頭のどこかを魔法でいじくって魔力を使えるようにした。ドラゴン語を使うには魔力が必要だからな。基本、魔法が使えるって言っても魔力はドラゴン語のためのものなのだ。だから、人は四つまでしか魔法が使えない。決してローラムの竜王が私に力を分け与えたわけではない」
つまりそれは、ローラムの竜王の魔力が落ちたとしてもカールは魔力を失わないということ。
魔法を使える仕組みとか、そのことについては考えてもみなかった。俺は、自分の世界に帰る方法としてローラムの竜王と会うことが必要だ、とだけを考えていた。そして、そのことこそが俺の旅の目的だった。
「それで、王太子殿下。このドラゴンは何を言っていたのです」
「こいつは俺を罵っていただけだ。賢いドラゴンと言っても生まれたばかりだ。世界樹の大きさから一年は経っていないだろう。知能的には人間の子供、そうだな、十歳ぐらいじゃないか。まともな言葉は返って来やしない。ましてやディールなぞ全く考えも及ばないのだろう」
「王太子殿下はそいつに何とおっしゃったのです」
「命一杯、脅してやった。それでこいつから何か引き出そうとしたのが間違いだった」
そう言ってカールは、世界樹を引っこ抜くのと、ドラゴンを掴むのとを同時にやった。世界樹の方は、何かに使ってくれとタイガーに手渡した。
小さなドラゴンはカールの手の中で怒り狂っていた。赤色の魔法陣が次々と現れた。
「キース、下がれ。世界樹を失ったがまだ言葉を喋れるようだ」
カールの忠告は間違っていなかった。いままでとは明らかに違う、文字や記号が多く詰まった魔法陣が形付いて行く。やがてそこから、野球のボール大の火の玉が飛び出した。
カールはドラゴンを背中から握っていた。今までとは違う魔法陣が出た途端、とっさにドラゴンの向きを変えた。その先は盾を構えるシーカーだった。
ファイヤーボールは、盾に当たって轟音と共に消えた。シーカーの盾は、魔法を無力化する効果があるようだ。取り付けられた青い石にその魔力があるのだろう。
「いい勉強になったな、キース。これが魔法だ」
「そいつはどうするのです?」
「もうこいつは用無しだ」
そう言って、カールはドラゴンを森の中に投げた。そして、ファイヤーボールを受け止めてくれたシーカーに礼を言った。
なんだかやるせない。気持ちは沈んでいた。あのファイヤーボールを見て、魔法は素晴らしい、その力が手に入る、と本来なら高揚しなければならない。だが、あのドラゴンの今後を思うと手放しでは喜べない。
とは言え、あのドラゴンを飼うことは出来ない。小さくて可愛く見えたが、あれでも十歳ほどの知能だ。五年も飼えば俺より賢くなるだろうし、体だってデカくなる。魔力にしてみても、ドラゴン本体が手のひら大なのに、野球のボールほどの火の玉を生んだ。
それに、ドラゴンがなつくのは世界樹にのみにだ。つまり、俺にはどうすることも出来ない。出来ることは、ドラゴンとここで出会ってしまった己の不幸を呪うことのみだった。
ライオンの塔は、イーグルの塔と蝶の塔と繋がっている。ルートインと呼ばれる中継地で、その他にユーア国の竜の門とも結ばれている。ユーア国の王族がローラムの竜王に会うためには、まずここに入り、蝶の塔、三日月と星の塔と順に歩を進めていかなければならない。
ユーア国からライオンの塔までの距離は時間にして四日。アメリア国からはイーグルの塔、そしてライオンの塔まで四日。
ライオンの塔は、アメリアからもユーアからもほぼ等距離にある。人間界に戻るという決断をしたのなら、来た道を戻ってもいいし、わざわざドラゴンの森の中を突っ切るまでもない。イーグルの塔を経由せずともユーア国に逃げ込める。
だが、帰るというのは俺たちの選択肢にはない。これまでの行程で賢いドラゴンに出会った。まだ小さかったからいいものを、大きいやつに出会っていたらどうなったか。もしかして、旅は断念せざるを得なかったのかもしれない。
行けるところまで行こうと言うのである。ライオンの塔に入るとカールとタイガーはさっそく塔の頭頂部に上がった。
彼らが言うには、ここ、ライオンの塔と、その先、蝶の塔の間には旅の名所とされる“セイト”という場所がある。草原キングランズが一望出来る地点なのらしい。
ロード・オブ・ザ・ロードが煙嵐の森の端ぎりぎりを通り、草原は目と鼻の先となる。つまり、はぐれドラゴンの凶行が木々の間から見て取れる。過去、多くの王族がそれを目の当たりにした。はぐれドラゴンがいかに危ないかを学ぶのである。
ロード・オブ・ザ・ロードは魔法の産物だ。外部からは、魔法を使える者にしか見えない。王族は安心して恐怖を楽しむのである。まるで動物園のライオンや虎やクマを見るように。
だが、今回の場合は、そうはいかない。カールとタイガーは南西の方角を見ていた。次に目指す中継地、蝶の塔はその方角にあった。




