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西へと向かっていた。正面には山影はなく、振り返ると多くの峰を結んだ稜線があった。連なる山々の、北の最も高い峰が“竜王の角”で、南の方の最も高い峰が“響岳”である。
カールの説明によると、北にある竜王の角から尾根と南の響岳の尾根は互い違いに交差し交わらない。両方とも緩やかに東にカーブし、平野で消える。
ヘルナデス山脈の尾根はこの間、途切れてしまう。幅千五百メートルほどの低地が広がり、地名は“ウインドウ”と呼ばれ、そこにセンターパレス、竜王の門がある。
竜王の角から東に流れる尾根の延長上にある竜王の門は、竜王の角と響岳を結ぶ線から随分と東に位置する。竜王の門から出てドラゴンを妨げる壁、結界までは馬の並足で一日ほどだ。
要するに、“ウインドウ”と呼ばれる一帯は実質誰の領域でもない空白地帯だというわけだ。その逆に、高峰と高峰を結ぶ線より長城が西に入り込んでいる地域もある。
そこでは人の領域がドラゴンのそれと重なっているわけで、理屈から言えば人は壁を越えられないが、ドラゴンはというと、人の領域を自由に行き来出来るということになる。
普通に考えればそこに人は住めない。だが、現実に人が住んでいる。“シーカー”と呼ばれる武装集団だ。
彼らは、ローラムの竜王と人が和解した時、徹底抗戦を主張した者たちだ。どういう生活をしているのか謎に包まれている。数千年もドラゴンと戦い続け、生き延びたのもさることながら、歴史の表舞台に立とうとはしなかった。
数千年もの隔絶は大きい。文化もしきたりも全く違うのだろう。彼らも自覚している。エンドガーデンの人々にとって、自分たちの存在はいい迷惑だと。
余りに姿を現さないために“シーカー”は伝説の中にいるだけで、実在しないと主張する者もいる。だが、ほとんどの人々はその存在を信じている。
山中や森で迷った人を助けたなんて話はざらだ。それどころか、武装した“シーカー”の集団がエンドガーデンの内地に姿を現したという事例もある。
彼らの本分、ドラゴン狩りを行うためだ。結界魔法がかけられているヘルナデス山脈の西側からドラゴンの侵入はまず有り得ない。考えられるのは、東の大海を渡ってやって来た、ザザム大陸か、ガリオン大陸かのドラゴンなのである。
そういうことが十年に一度か二度あるらしい。王族は“シーカー”にドラゴンの排除を要請するのだ。他国の話ではあるが、二年前にもそういうことがあったようだ。王立騎士学校で聞いたからデマではない。
デマや噂話に左右される民間ならともかく、各国の王族と“シーカー”とは実際に強い結び付きがある。民間人は夢にも思っていないだろう。王族と“シーカー”の成り立ちから言って本来なら対立するのが道理なのだ。
王族は何代にもわたってローラムの竜王のもとに出向いて契約を結び続けなければならない。これは明らかに、ローラムの竜王への奉仕である。
服属儀礼と言えないこともない。真の王に謁見する。謁見を許された者のみ人の王となれる。
しかし、これはあくまでも慣例である。制度化されたものではない。しかも、約束を交わしたのは人とドラゴン、別の種族同士で、だった。いつ何時、何が起こるか分からない。カールの話によれば、ドラゴンの中には跳ねっかえりもいるらしい。悪気はなく、いたずら心でちょっかいをかけてくるやつもいるという。
“はぐれドラゴン”と呼ばれるやつらがいる。ブレス攻撃は出来るが魔法は使えない。どれだけ食べても腹は満たされず、本能に任せ殺戮を繰り返す。屍に魂が入っているだけの無能であるとカールは言う。やつらには竜王の言葉は届かないと。
それで“シーカー”なのだ。旅の途中、王族を守る者が必要だった。ドラゴンと対峙できる者はどこをどう見渡しても他にはいない。王族と“シーカー”の関係はローラムの竜王と契約が始まった時以来ずっと続いていたのだ。
“シーカー”に対して、王族からの報酬は“自由”であった。王は、彼らの土地を侵略せず、彼らがどこで何をどうしようが咎めない。
持ちつ持たれつなのだ。王族はその事実をひた隠す。“シーカー”は伝説上であって実在しないと声高に宣伝するのもこのためであった。
当然、竜王の門で行われた旅立ちの儀式には、“シーカー”は現れない。彼らとは結界を越えてすぐの“ルートイン”という野営地で落ち合う手はずになっている。
カールによれば、彼らは独自のルートを持っているそうだ。誰も住みたがらないドラゴンの領域に入り込んだ長城一帯を根城としている。そしてそもそもが、どの王国には属していない、ローラムの竜王とは契約外なのだ。長城を越えることは彼らにとって何でもないことなのだ。
俺とカールは並んで馬上に揺られている。俺たちの行く手は降り注ぐ多くの木漏れ日に照らされていた。
言うまでもなく、ウインドウと呼ばれる地は人の手が入っていない。そのわりには、森は明るかった。標高の関係なのだろうか。うっそうと茂って日が差し込まない森とは違ってウインドウの旅は快適だった。
カールもリラックスしているようだった。先程まで雄弁に語っていたのが嘘のようである。居眠りしているかのように馬に揺られていた。
間違いなく、カールは自分の置かれた状況を把握している。豪胆だというべきか、あるいは運命を受け入れているというべきか。
だが、事実はカールの想像の上を行っている。廃嫡、賜姓降下なんて甘っちょろい。アーロン王は、カールに毒を盛れと俺に命じた。
俺がこの秘密を唯一打ち明けたカリム・サンはそれを口外しない。やつがそんなに器用でないのは分かっている。カール自身も命の危険にさらされているのを知らないのだろうが、少なくとも、廃嫡は既定路線だ。それでも、今のカールには、ふるまう態度に余裕があった。
俺に対して辛く当たってきても良さそうなものである。俺を殺そうとまでは思ってはいまい。だが、カールにとってみれば、俺は何もかも奪った反逆者なのだ。
全くの無視を決め込まれるだろうと想像はしていた。当然、カールは俺が王になった場合も考えている。保険を掛けておくべきなのだ。媚びをうつほどプライドを捨てることは出来ないまでも、しゃべらないぐらいはしよう。
とはいえ、そういう俺も瀬戸際に追い込まれている。アーロン王は俺を王にしないどころか、罪人にしようとしている。
誤解を解き、共闘するって考えもなくない。ただ、そのことを話して俺はカールに信用されるだろうか。アーロン王が俺をハメようとしているっていうのは、俺の推測でしかないのだ。




