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03


 辛い旅になるのは肝に銘じていた。それがどうだ。カールの、この余裕。そよ風に吹かれ、木漏れ日の温かさに居眠りしてしまっている。全くの無警戒だ。そういう点から言っても、やはりカリム・サンは生真面目にも俺との約束を守っていると言えよう。


 だが、見かけに騙されてはいけない。カールは馬鹿ではない。物腰からも分かる。黙って引き下がるような男ではない、と俺は考える。


 日は傾きだしていた。ウインドウは支配地域の空白地帯だとはいえ、夜間の旅は無謀だ。何もドラゴンばかりが脅威ではない。事故の危険もあるだろうし、天候の急変も有り得る。


 森の開けたところに出た。そこには積み石があった。四角錐しかくすいのピラミッド型で、苔むしていて新しいものではない。


「王太子殿下」


 カールは目を覚ました。「眠っていたか。ケルンだな」


 ケルン―――。積み石の姿形から理解できた。俺の世界でもこの言葉は使われている。ケルンとは登山路や山頂に道標や記念として石を積み上げたもので、もともとは墓室を覆うための石積みをいった。ケルンには慰霊の意味もあるのだ。


「はい」


「ここで野営だ。結界を越えるまでに話さなければならないことが山ほどある。しきたりだな。大昔からここで、それは語り継がれてきた」


 カールと俺は野営の準備にかかった。石の塔の近くに囲炉裏が石で造られていた。ずっと使われ続けたものであろう。拾って来た薪をそこに入れて、火をくべた。


 陽が落ちると気温が急激に下がった。焚火とブルバンという蒸留酒で凍えなくてすんでいる。腹は満たされていた。どんなに食べても干し肉は、食いきれないほどまだ馬に積んである。


 ブルバンはトウモロコシ製だというのでバーボンなのだろう。この世界に来て十日も経っていない。だが、随分と長く飲んでいない気がする。酔いが回るのが早い。


 カールは焚火の炎に魅入られていた。ケルンの台座に腰を掛け、前かがみでブルバンのコップを両の手で握っている。何を考えているのだろうか。


「そんなに私のことが気にかかるか。大丈夫。取って食いやしないよ」


 しまった。じっと見過ぎていた。「いえ、すいません。すごいなと思って。王太子殿下があまりにも堂々としているもんで」


 カールは鼻で笑った。「嘘だな」


「本当です。私は怖くて怖くてどうしようもない」


「それも嘘だな」


 困ったことになってしまった。カールは酔いが回って、理性を失いつつある。カールの求めること以外は俺はもうしゃべらない。それがお互いのためだ。


「酔っているから絡んでいるんじゃない。私から見るとお前の方が腹が座っているというか、堂々としているように見えるってことだ」


 酔ってないどころか、頭はしっかりと回っている。やはり、カールは馬鹿でない。


「そうですか。でも、そう見えているだけで内心は」


「いいや、キースなら今頃泣いている。で、私にくっついて離れない」


 俺はカールの対面に座っていた。カールは、キースのことをよく知っている。大聖堂で目覚めた時もカールはいち早く助け船を出してくれた。案外この兄弟は、仲が良かったのかもしれない。


「一度死んでみて、何かが変わったのかもしれません」


 カールはまた鼻で笑った。「まぁ、いいさ」


 意外にも、諦めがいい。まぁ、キースに何が起こったなんて話したとこでカールは納得しないだろう。俺は焚火越しにブルバンの瓶を差し出した。瓶には、落としてもいいように縄がグルグルと巻き付けてある。


 カールはコップを差し出した。俺はそこにブルバンを注いだ。


「この場所に来て、私は叔父と二人で一晩明かしたことを思い出したよ。たった五年ほど前であったがずっと昔のように思える」


 イーデン・アンダーソン。元の名をイーデン・バージヴァル。ウォーレン州の知事だ。


「あの人はいい人だ。誰かのために、といつも思っているような人だった」


 感傷に浸っていたんだ。それでカールは炎を眺め、ぼうっとしていたんだ。「王家から離れて、残念です」


「叔父に他意はないんだよ。あの人はあのまんまの人だ。私がここでふさぎ込んでいた時も叔父は励ましてくれたよ。おまえの爺さんはここで泣いていたそうだが、立派な王になった、とかな」


「王太子殿下」


「キース。まず、その王太子殿下っていうのをやめろ。カールでいい。ここには誰もいない。俺達はただの兄弟だ」


「ありがたいお言葉です。ですが、難しいです。あなたは私にとっては王太子です」


「私にとっては、か。キースなら泣いて喜んで私をカールと呼んでいたぞ。まぁ、今となってはおまえがどこの誰かなんてもうどうでもいい。ただ、この場所は言うなれば俺たちの家だ。家族の場所だ。だから、家族の話をしなければならない。何代目の王が何をしたとか、誰がどういう危険を乗り越えたのか、とかな。我々は語り継がなければいけないんだ。だが、おまえには、それは必要なさそうだ」


 何とも言えなかった。カールはキースがキースでなくなったことを承知していた。かといって、本来のキースを取り戻すことは、今のところ、誰にも出来ない。肉体だけは間違いなくキースなのだ。そしてそれは、兄弟だからこそ分かると言うもの。偽者だと言って俺を剣で斬り捨てることも出来まい。


 むしろ、その体は大事に扱えよと思っているのであろう。入れ替わってしまって、俺が悪いことをしたような気分になった。いい兄弟どころか、カールはキースを愛していたのかもしれない。







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