03
ジャクリーン・ソーンダイク。年齢は俺と同じ。カリム・サンから後で聞かされたが、王女でありながら剣や弓、乗馬を好み、武術会を催すという。晩さん会やサロン、ダンスパーティーなぞ社交界には一切姿を見せない。
ローレンス王が可愛がり過ぎてわがままに育ち、ローレンス王でさえ手が付けられない変わり者になったと噂される。その一方で美貌やスタイルは数多いる五か国の王女のうち第一と評されていた。
幾つもの縁談を断り、言い寄る大貴族をも袖にした。お眼鏡にかなう男はいないと社交界では囁かれているらしいが、相手がキースとはなぁ。エンドガーデンの笑い者がまた一つネタを増やしてくれたと誰もが考えたはずだ。
残念ながらそうはならなかった。カリム・サンも驚きを隠せないようだった。ジャクリーンがブノワトの町外れに単身現れたのは俺を値踏みするため。男勝りのジャクリーンのやりそうなことだ。それでどれだけの王族がフラれたことやら。
誰がどう見ても、俺もその一人に加わるはずだった。カリム・サンらは俺のいる前で面白おかしく話していた。
「本当の殿下を知る我らなら分かるが、人の良し悪しなんて一目見て分かるもんかい?」
とハロルドだ。
「男なんて目を見れば分かる」
そう口をそろえて言ったのはアビィとジーンだ。そして、カリム・サンの目を見て二人は声を上げて笑い転げていた。
カリム・サンは納得がいかない。自嘲ぎみに、変わり者のところには変わり者が集まって来るんだなと言った。決してお似合いだとは言わない。けれどもジャクリーンを歓迎しているとも取れる。いや、喜んでいると言っていいだろう。
とはいえ、俺がその気になっているかと言えば、そうではない。この体は俺のものではないし、キース・バージヴァルは気狂いだ。もし俺が元の世界に戻ったらキースはジャクリーンとは上手くいかない。いや、むしろジャクリーンの逆鱗に触れる。十中八九、両国は大変なことになる。
いずれにしても、今はチアナとイスランだ。俺は当分ジャクリーンの婚約者でいなくてはならない。和平にこぎつけないことには何も始まらないし、ユーアとこじれてしまうのも考えものだ。
ブノワトを発って俺たちの行軍は残すところ四百二十キロ。七日間の日程となる、はずであった。
レオンシオはそれを二日短縮しようとしていた。チアナとイスランが和平に同意し、五日後ユーアの竜の門にやってくるというのだ。話がうますぎるのは気にかかるが、ユーアとしてはさっさと会談を終わらせ、チアナとイスランを国に帰したいらしい。
そりゃぁ、そうだ。エトイナ山派遣団を第一陣、第二陣と次々と送り込まなければならない。ユーアの竜の門は、ラキラ・ハウルとの待ち合わせ場所、龍哭岳への中継地点となる。アメリア軍もイザイヤ教団も一旦はユーアの竜の門に集結する。
通常七日かかるところを五日だ。かなりの強行軍となる。レオンシオは俺と話している暇がなさそうだった。必要なことしか話さない。
野営地では行軍の安全確認、物資や日程管理に心血を注いでいた。斥候や竜の門からやって来た近衛兵、多くの者がレオンシオの天幕に出入りしていた。もちろん、ジャクリーンも一緒だ。天幕から姿を現さなかった。
レオンシオは兵站術も巧みであった。幹線道路沿いの主要都市に替え馬を用意していた。野営場所にはすでに天幕が張られ、そこでも馬が用意されている。
もちろん、天幕はその場に残される。俺たちだけにしては天幕の数が多すぎた。後続のアメリアにも使わせるつもりなのだ。身体的な強さや軍を指揮する能力もさることながらレオンシオには国家の進退にかかわる軍略の才もある。
以前ユーアにははぐれドラゴン騒ぎがあった。聞くところによると、その時に軍を指揮していたのがレオンシオだ。戦場をシーカーのタイガーに譲ったものの、その時の失敗から学んだのであろう。
アメリアが魔法を臣民に解放するにあたりユーアで真っ先にそれに賛同したのがこのレオンシオである。
伝統を覆し、魔法部隊の創設をローレンス王に訴えたのだ。危機感を持ち、対処できる能力を保有する。簡単な考えであったが、人々にそれを訴え、納得させ、実行できる人間はごく僅かである。
ジャクリーンは俺たちの強行軍に全く後れを取らなかった。カリム・サンが教えてくれた通り、武術や馬術を日頃から鍛錬している証だ。問題はフィル・ロギンズだ。
乗馬は不得意ではないらしい。子供の頃、親に教わって乗りなれていた。しかし、この強行軍である。正規の訓練を受けている元侍従武官のカリム・サンとは違う。馬から降りると這う這うの体であった。後から来てもいいのだぞと言ってあげたが本人の意思は固かった。
ユーアにある竜の門はアンバー連峰の最南端にあたる。アメリアほどの平地は少なく、竜の門を挟んで南はもう、龍哭岳に連なる山の裾野である。
門の両サイドが高くなっているせいでユーアの王族はアメリアのように竜の門を城にしていない。アンバー連峰側の小高い丘に長城を背にして宮殿を築いていた。
竜の門を挟んで向こうの丘には教会を中心とした街並みである。双方は長城頂部の回廊を使って行き来していた。
竜の門の前はというと、まぁ、簡単に言うと無放地帯だな。塀のふちの雑草が上へ上へ伸びるように住居群が竜の門にもたれるかっこで山となっていた。人口に対して平地が少な過ぎるのだ。
民衆に圧迫されたのか、千年以上前にユーアの王族は竜の門の前を明け渡した。結果的に、竜の門周辺では住む場所によって階級分けがなされることとなる。
良くも悪くもユーアの王族に品あるのはそういう訳なのだ。世俗とは隔離されている。アメリアみたいに雑多諸々入り混じることはありえない。キースなぞは夜な夜な堂々と特飲街をふらついていた。
ともかく、一般市民は王族が竜の門を立ち退いたことで見放されたかっことなった。彼らはやれることをやるしかない。日差しを求めて上を目指した。丘の傾斜地はもう手が届かいない。それで竜の門に張り付いた。
扉は世界樹製だ。そこに釘やら楔を打ち込んで、柱やら梁を繋げたに違いない。扉自体は住居に埋まって全く見えない。竜の門からなだらかな傾斜を造って住居群が地表に向かって降りて来ていた。
風が強かった。それもあろう。人々はそれを避けるために竜の門に張り付いた。平地が狭く、竜の門の両サイドは高峰に繋がる山々であった。明らかに竜の門上空は風の通り道だった。
その風に乗って世界樹の種が運ばれ、ユーア国内で芽吹き、それを求めてはぐれドラゴンが何匹も飛来した。そして、ソーンダイク家と兵士ははぐれドラゴンと戦い、ソーンダイク家の一人が再起不能になった。
エンドガーデンの人々は世界樹の種が海を渡ってやって来たと思っている。はぐれドラゴンもそうだ。だが、真実は長城の上を風に乗ってやって来た。
この風だ。ローラムの竜王の力が弱まり、結界が一時消えてしまった。風はヘルナデス山脈にぶつかって漏斗のごとく皆ここに押し寄せる。
総勢百十騎の掲げた旗がバタバタと風になびいていた。宮殿から角笛か何か、吹奏楽器が何度も吹き鳴らされている。俺たちの到着を宮殿中に知らせているんだろう。高い音は山にこだましていた。
レオンシオは、すでにチアナとイスランは到着していると言っていた。俺たちは馬の速度を上げ、宮殿へと向かった。




