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02

 さてと。問題はここに書かれているドラゴン語だ。エラく長いうえ、詩だか物語やら文にとりとめがなく読むのが難しい。


 ドラゴンたちは魔法陣を飛ばしたりして操っていた。俺たちで言うと大声を出すとかだが、そこは全く考えずにだな、魔法陣を造ることだけに俺は注力する。


 王立図書館の地下ではしっかりと魔法陣を目に焼き付けた。写しの魔法陣もここに来るまで何度も見た。


 大丈夫。とにもかくにもイメージだ。ドラゴン語一つ一つを咀嚼そしゃくするように丁寧にイメージしていく。なかなか時間はかかったが、その甲斐があって結構出来のいい、白く輝く魔法陣が目の前に形づくられていた。


「叔父上、この魔法陣をくぐって下さい。もう魔法は使ったのです。後戻りはできないですよ」


 イーデンはうなずいた。そして、魔法陣をくぐった。すると魔法陣はイーデンの体に吸い込まれるように消えた。これは成功ってことか。


 絶対に成功だ。アトゥラトゥルがイーデンに掛けた魔法を解除した時、何の変化も見えなかった。今のはイーデンの体内に入って行った。これは明らかに、魂に掛けられた魔法に俺の魔法が作用したことを示唆しさしている。


「イーデン殿、喜んでくれ。魔法は成功した」


 イーデンはガクッと膝を落とした。緊張感から解き放たれたのだろう。前かがみに頭を垂らし、己の膝を強く握って震えている。泣いているんだ。


 竜王の門には王族しか立ち入れない広大な庭園がある。そこに霊廟があり、歴代の王が絶えずバージヴァル家を見守っているとされる。王族たちは子供の頃からそういう教育を受けて来た。


 魂の永遠を信じるイーデンにとって魔法の成功不成功はまさに死ぬか生きるかだった。


 一人にしてやろう。イーデンを置いて、一足先に野営に戻ろうかと思う。イーデンはずっと不安と後悔に苦しめられていたんだ。


「殿下、」 


 呼び止められた。歩みを止めた俺は言葉を待った。だが、イーデンはうまく言葉が出ないようだった。イーデンのことだ。言いたいことは分かっている。俺は手をさっと上げた。もう何も言うまい。言葉を待たずして俺はその場をあとにした。






 国境はもう間近だった。遠くに見える丘を越えれば国境の町ブノワトだとソーンダイクの騎士が俺に言った。


 その丘の上に突如とつじょ、騎士の陰が現れた。単騎で、身に着けている防具は光の反射から鏡のように磨かれたプレートアーマーだと思われる。手には旗、色味から言っておそらくはユーアの旗だろう。


 合流するのに何か問題があったのか。ソーンダイクの騎士もそう思ったに違いない。馬に鞭を入れ、隊から飛び出して行った。


 やがてソーンダイクの騎士が丘の上に到達した。それを待っていたかのようにユーアの騎士がアーメットヘルムのバイザーを上げた。


 即座にソーンダイクの騎士は馬を下りていた。片膝を立てて頭を下げている。間違いなく相手はソーンダイク家。


 いよいよ変だ。王族が単騎でお出迎えとは。俺は馬に鞭を入れた。イーデンが後ろに付いて来ている。


 丘を登り、ユーアの王族の前で馬を止めた。俺はアーメットヘルムを脱ぎ、脇に抱える。


「キース・バージヴァルと申す。お見知りおきを」


 男は返事をしなかった。バイザーを上げたそこから白肌の頬と大きな目を覗かせている。ブラウンの瞳で、髪が長いのか黒髪が頬で乱れていた。


 王族に変人が多い、ってぇのはこの世界に来て身をもって体験している。俺は構わず男の馬に横付けし、握手を求めた。しかし、男は俺の手には目もくれず、俺を嘗め回すように見ていた。


 イーデンは無礼だと思ったのだろう、たまりかねて馬を寄せて来た。俺は、いいと手の平で合図を送った。イーデンは引き下がる。馬を止めた。


 男はふふふっと笑った。そして、アーメットヘルムを脱ぐ。黒髪がサラッとほどけて広がった。


「ジャクリーン。わたしはジャクリーン・ソーンダイク」 黒髪が風になびいている。「お父様がまた私の結婚相手を勝手に決めたから頭に来てるだけ。でも、いいわ。お父様を許す」


 そう言うと女は手綱を引いて馬の向きを変えた。そして、振り向いて言った。


「あなた、噂とは違うわね。悪くはない」


 女は丘を降りて行った。ブノワトの町並みが平原にぽっかりとあった。


 なるほど。そういうことか。エリノアが和平の仲介の対価として俺をローレンス王に売った。あるいは、リーバー・ソーンダイクが仲介の見返りとしてエリノアに俺との縁組みを要求したか。


 多分、後者だろうな。リーマンがリーバー・ソーンダイクをそそのかした。バリー・レイズの一件以来、やつは俺を味方に引き込もうとしている。


 騎士団が追いついてきた。馬車は止められ、カリム・サンらが俺を囲むように馬を寄せて来た。今のはなんだったんですか、とカリム・サンが問うたので、ジャクリーンだと答えた。


「ジャクリーン? ジャクリーンってあの?」


「そうだ。俺と結婚するらしい」


 カリム・サンの驚きよう。呆気に取られている。フィル・ロギンズやハロルドまで目を丸くしていた。アビィとジーンはというと、はぁ?ってなって顔をしかめている。


 笑ってしまった。俺が結婚するのがそんなに変か。


「心配するな。俺に結婚する気はない」


 カリム・サンは、はっとして慌てた。


「いやいや、反対するなんて滅相もない。わたしはただ驚いただけで、」


 言い訳なんぞ聞かない。言葉の途中で俺は馬に鞭を入れた。丘を駆け降りる。カリム・サンは殿下ぁと叫びながら俺を追って来ていた。


 レンガ積みのアーチをぐるり、白い壁と赤茶けた屋根の町並みを進む。前方がぱっと開けた。ブノワトの中央広場だ。


 噴水があり、石畳で、普段は市場なども開かれて賑わっているのだろうが、そこに市民の姿はなかった。


 いたのは騎兵が五十騎。馬はその三倍に近かった。ブノワトは幹線道路沿いの要所である。広場はそこそこ広かった。だが、俺たち五十七騎と馬車二両、それに替え馬がそこに加わると広場は溢れかえってしまった。


 ユーア側はジャクリーンを覗けば全員黒づくめである。その先頭にいた一際屈強そうな男が前に出て来た。


「レオンシオ・ソーンダイクと申す。馬上にて失礼」


 男は手を差し出した。リーバーの下の弟だ。握手を求められ俺はそれに応えた。


「キース・バージヴァルです。お見知りおきを」


 レオンシオの手は分厚かった。背丈は俺よりも少しばかり高かいぐらいで変わらない。が、腕や太ももの太さ、胸板の厚さがどれも俺の倍はあった。鍛え抜かれたのはうかがい知れる。


 髪は兄のリーバーと同じくダークブラウンの短髪で、くせっ毛をガッツリとカットしている。違っているのは太い眉と浅黒い肌、そして、顎の張りぐあいである。


 リーバーは首が長く、顔も長い。良く言ってカワウソで、悪く言うとトカゲである。レオンシオは首が太く、長方形顔で、例えるなら狼かハイエナ。


 装備は黒をベースに所々真鍮しんちゅうで装飾されていて、剣の柄頭にはライオンをあしらった象牙が付いていた。武具にこだわりがありそうで、単に派手を好む王族とは一線を画す。まさに武人。貴族然としたリーバーとは正反対だった。


「ジャクリーンが黙って帰って来るとはな」


 ただ、血筋であろうかリーバーと同じで品はありそうだ。笑顔に愛嬌があり、人懐っこそうだった。


「悪く思うな。貴殿の噂が悪いものばかりなんで信じられなかった。ジャクリーンが認めたとなると貴殿の武勲は本当のようだな」


 言葉も率直だが、嫌味に感じない。


「それは後で詳しく聞かせてもらうとして、今は急ごう。馬を用意してある。乗り替えてくれ。貴殿の馬はソーンダイク家が責任を持って竜王の門へとお返しする」






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