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09

 地下に降りる階段は、人が二人並んで歩けるほどの幅であった。俺とフィル、その後ろに学匠が魔法書を抱えて付いて来ていた。


 結局、立っていた学匠が地下に降りる羽目になった。階段は折り返しタイプで、踊り場から地下全体が見渡せる。フロアは本棚で埋め尽くされていた。オリジナルの魔法書は見当たらない。前方奥の壁際に五メートルほどの石像が立っていた。初代王のサディアス・バージヴァルである。


 その像の後ろに、地下への階段があった。そこを下りないといけないのは一目瞭然である。サディアス・バージヴァルが階段を守るように立っていた。


 踊り場から階段を下りてフロアに立つと正面にサディアス・バージヴァルが仁王立ちしていた。両サイドは本棚で、エホバの十戒のごとく道を開けてずらりと並んでいる。俺たちはサディアス・バージヴァルに向けて進んだ。


 本棚がゴトッと鳴った。それを皮切りにあちらこちらでもゴトゴト鳴る。学匠は悲鳴を上げた。そして、魔法書を放り出して逃げていった。フィルはその学匠の背中を見送ると床にある魔法書を拾い、埃を払った。


「どうやら、お出ましになられたようです」


 本が一つ、また一つと棚から飛び出して行き、鳥のごとく羽ばたいて宙を舞う。瞬く間に無数の本が地下の天井近くを埋め尽くした。無秩序に飛び回っている姿はまるで森から出勤する烏の群れである。


「ほっとこう。俺たちには時間がない」


 俺は歩を進めた。数十メートル先にあるサディアス・バージヴァルの石像が俺たちを見下ろしている。


「あれも動くんだろうな。どう思う、フィル」


「そうでしょうな。本を飛ばしといて、これを動かさないなんて考えられません」


「だろ」


 俺たちは気にせずに先を進んだ。案の定、石像が動き出した。手に持っている剣を大きく振り上げる。


 これは生活魔法だ。物を自在に操って何かをさせる。例えば、ほうきとバケツに掃除をさせたり、ペンに文字を書かせたり、おもちゃの兵隊を行進させる。擬人化しているのは術者の個性だ。決して命を与えたわけではない。


 俺はおかまいなしにサディアス・バージヴァルへ向かうと足に触れた。ガキガキガキっとサディアス・バージヴァルは体をよじったかと思うと元居た場所に戻っていく。魔法が解け、ただの石像になっていた。


「殿下、あれ」


 本棚と本棚の間をフィルが指さした。部屋もないのにどっしりとした建具とドア板だけのドアがそこに立っていた。


「ほんとに住んでいらしたのですね」


 フィルは驚いているようでもあり、感心しているようでもある。噂によると前々王アンドリューの生き残っている弟が王立図書館の地下に住んでいる。学匠たちはこの人騒がせな王族に苦しめられていたのだ。


 ドアが消えた。鍵を閉めたのだ。鍵を閉めればドアが消える。鍵を開ければドアが現れ、ドアから出れば不自然にドアだけがそこにポツリとある。時空間魔法で、亜空間に自分の部屋を造る。ドアが消えたということは、人騒がせな王族は自分の部屋に引きこもったってことである。


「先を急ごう」


 下の階に向かう。俺たちは階段を下りた。


 踊り場からの光景はまさにフィルが解説してくれた通りだった。壁は天井まで全て本棚で埋め尽くされ、踊り場から伸びた回廊は地下中段を本棚沿いに一周できるよう設けられている。床面には規則正しく本棚が配置され、中央に書見台があり、その上にオリジナルの魔法書があった。


 階段を下りる足取りは自然と早くなった。フロアに立つと真正面に書見台と魔法書。俺はズンズン進む。


 ドアが現れた。亜空間へのドアだ。俺の行く手を遮るように書見台と俺の間に立っていた。


 本棚と本棚の丁度いい所にドアがあった。無視を決め込んで迂回してもいいのだが、どうやら構ってほしいご様子だ。無視を決め込めば決め込むほどちょっかいを掛けて来よう。相手にしてやるしかない。


「大叔父上。キース・バージヴァルでございます」


 ドアが開かれた。白髪と白いひげの老人で、魔法使いのようなローブと杖を持っている。王族のかっことは思えない。浮世離れしたこんな老人を執政デューク・デルフォードは戦場に向かわせようとしていたのか。


「わしはレオナルド・バージヴァルだ」


 俺をジロジロと見ている。老人は機嫌が悪いのか、不貞腐ふてくされたような、面白くなさそうな表情をしていた。


「魔法書を渡せ」


 フィルがレオナルドに魔法書を渡した。レオナルドは魔法書を脇に抱えた。


「ほえ? こいつ、だれだ」


 魔法書を手に取って満足したのか、今になってやっとフィルの存在に気付いた。レオナルドは当然、フィル・ロギンズのことは聞いていない。説明が必要だ。


「ここにいるのはフィル・ロギンズと申すものです」 フィルが片膝をついた。王族に対する礼儀だ。「わたしの事情で連れてきました。事情と申しますのは、」


「ほえぇぇぇっ! 禁を破りおって! アーロンのこせがれめがぁぁぁ! 許すまじィィィ!」


 レオナルドが魔法陣を発現させた。おそらくは強力な魔法だ。詠唱に時間がかかっている。っていうか、歳のせいかドラゴン語がやたらに遅い。


 ご老人には悪いが、ちょっと試させてもらう。俺はフィルに目線を送った。片膝をついていたフィルは立ち上がり、しょうがありませんねって顔を造った。俺はレオナルドの魔法陣に手を突っ込んだ。


 魔法陣の動きが止まった。レオナルドはグギギギギと顔をしかめ、脂汗をダラダラと流していた。描かれようとするのを俺が手で押さえているかっこだ。手には魔法陣を触っている感触がある。


「フィル」


 何かを感じているのをフィルは察したのであろう、大きくうなずいた。


 俺は魔法陣から手を抜くと魔法陣を掴んでみた。ハンドルを握るように魔法陣を持つ。それを右に回したり、左に回したりしてみた。挙句に引っこ抜くように魔法陣をレオナルドから離すとフリスビーのように遠くに投げてやった。


 レオナルドはぶっ倒れた。フィルが驚いてレオナルドに駆け寄る。レオナルドは健在だった。触るなっと言わんばかりにフィルの手を勢いよく払いのけ、立ち上がった。そして、駄目だ、駄目だ、駄目だ、とぶつくさ繰り返し言って、突然叫んだ。


「恐るべきは竜王の加護! 恐るべきはローラムの竜王!」


 地下にレオナルドの叫び声がこだましている。フィルが床に転がっている魔法書を拾ってレオナルドに手渡した。ふんと鼻を鳴らすとレオナルドは本棚に行き、魔法書をしまった。


 そこにはずらりと魔法書が並んでいた。ちょっとボケが入っているのかレオナルドは魔法書を学匠から取り戻したつもりでいるのだろう。学匠を驚かしては落としていった魔法書をここに持って来て、この棚に並べていた。魔法書を自分のコレクションごとくに扱っている。


 レオナルドは亜空間のドアを開けると中に入った。そして、ガチャリと鍵を閉めた。ドアは消えてなくなった。


 俺たちはその光景を唖然と見送った。目の前には魔法書が乗った書見台があった。


 不貞腐ふてくされるレオナルドの姿が頭によぎる。俺はレオナルドにフィルの説明を全くしていない。あれで良かったのだろうか。良かったのだろうなぁ。踏ん切りをつけて書見台の前に立った。


「フィル、たのむ。オリジナルは写しとどこが違う」


 フィルはうなずくと魔法書の前に立った。地下は物音一つ立たず、聞こえるのはフィルがページ捲る紙の音のみ。閉ざされた空間のために余計な音が聞こえて来ない。地下を灯す炎の揺らめき音も聞こえてきそうだ。


 時間がゆっくり流れているように思える。俺は直ぐに退屈になって地下を歩き出した。興味もないのに、棚に並んだ本の題名を歩きながら眺めていた。面白そうな題名の本は手に取ってみる。読む気がないのに開いてパラパラとページを捲る。そうやって地下をうろつき、書見台へと戻って来た。フィルはもうすでに全てを見終えていた。


「殿下、わたしが預かった魔法書とこのオリジナルは、寸分のたがいもありませんでした」






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