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08

 ブライアンの気が引ける想いは十分わかる。エトイナ山派遣団のリーダーは、誰がどう考えてもこの俺だ。それがだ、直ぐにでもユーアに行けと言う。それは出立の式典に出るなと言っているのも同然だ。


 いや、エトイナ山派遣団のリーダーを解任するとも取れる。ブライアンは、一足先に、と言った。その意味から判断するに、エトイナ山へは行くには行ってもらうが、ってことだが。


 つまり、俺はただの水先案内人に成り下がったってことだ。当然、俺が不満を言い出すとエリノアは考えている。先手を打つつもりでブライアンとの会話に割って入って来た。


「ローレンス王陛下がチアナ、イスランとアメリアの間に立って頂けるそうです。リーバー王太子殿下のお申し出でございます。二国とわが国が不可侵の合意をすることは、ローレンス王陛下も望むところなのです。キース殿下はローレンス王陛下に謁見し、捕虜を引き渡して頂き、その後、チアナ、イスランの代表を交えた協議の場に出て頂きます。全てはローレンス王陛下が取り計らってくださります。ご心配には及びません」


 なるほどね。国の代表か。そりゃぁ責任重大だ。そのうえ龍哭岳りゅうこくだけに間に合うように来いってか。クソ過ぎるぜ。


 しかし、骸骨も貰ったことだ。気に入っているしな。晩さん会でもいいようにしてもらったし、ここはブライアンの顔を立ててやるか。


「陛下のおおせのままに」


 これだけのことを俺はするんだ、エリノアさんよ。ブライアンには拝み倒そうかと思っていたが、いまので気が変わったよ。これはディールだ。お願いではない。


「恐れ多いことは十分承知の上で、お願いがございます、陛下」


 ブライアンはエリノアをチラッと見た。俺が何を言い出すかエリノアは思考を巡らせているようだ。小さくうなずいた。


「申してください、兄上」


「では、申し上げまする。魔法書に関してでございます。陛下は魔法一括管理のために国内に広く返還を求めているとか。わたしがまだその要請を受けていないということは、わたしだけは許されていると存じますが、いかがでしょうか」


 んな訳ないよな。だが、いきなり魔法書とは思いもよらないだろう。取り敢えず先制ジャブだ。さぁ、どう出る、エリノア。


 ブライアンはまたエリノアを見た。エリノアの反応が早かった。即座に首を横に振った。


「兄上、残念ながら」


 まぁ、そうだろうな。魔法書のことは言い出すタイミングをずっと計っていただけ。な、そうだろ、エリノア。それを俺の方から言い出してきた。渡りに船だって心境だろ? だが、俺の目的はそこではない。


「わたしは、バージヴァル家であるあかしを失いたくはない」


 慌てない。魔法書を取り上げられるのは百も承知。ここはゴネる。心情に訴えかけて揺さぶってやる。


「兄上」 ブライアンも悲しい目をしている。「母上、どうにかなりませぬか」


 エリノアは怪訝けげんな顔をしていた。あのキース・バージヴァルから家を尊ぶような言葉が聞けるとは思ってもみなかったのだろう。揺れるブライアンに対してピシャリと言った。


「陛下、例外を認めだすと我も我もとなり、それが当然となります。王族ならばむしろ率先して魔法書を出して頂かないと。臣民に示しが付きませんし、陛下の威厳をも損ないかねません」


 ブライアンは小さくうなずいた。聞き分けがいい利発な子供である。


「すまぬ、兄上。だが、世は絶対に兄上を下にも置かない。天に誓って」


 弟がそこまで言ってくれると兄弟冥利に尽きるが。


「恐悦至極。承知いたしました。ただ、魔法書を手放すのであれば」


「あれば?」


「やはりバージヴァル家であるあかしを感じたいものです。わたしはこの通り、ローラムの竜王に魔法の効かない体にさせられてしまいました。竜王の加護というものです。そのために王立図書館の地下にある魔法書には触れられないのです。あれは明らかに魔法がかけられています。だからです。だから、わたしは自分の魔法書を手放したくはなかったのです」


「そうだったのですか」 


 ブライアンはエリノアを見た。エリノアは同情している風を装っていた。だが、内心はほくそ笑んでいる。俺が承諾すると一旦口にしてしまったのだ。後でいくら愚痴たってそれはもう後の祭り。何もくつがえらない。ゆっくりと、これ見よがしに、首を横に振った。


「世に力が無くて申し訳ありません、兄上」


「いいえ、王太后陛下もおっしゃるとおり厳格さも王の大事な資質です。ただ、少しばかりの寛容さもお示しください。器量もまた王の素養にとって大切なものです。後世に残す名に係ってくるのですから」


「と、申しますと」


「わたしはユーアに行き、龍哭岳りゅうこくだけに立ち寄って、エトイナ山に向かいます。ご承知の通り、危険な旅です。バージヴァル家の人間として、生きたあかしとして、王立図書館の魔法書を見てみたい。わたしには成人の儀式がなかったのです」


 竜王との契約にあたり、オリジナルの魔法書の前で儀式が行われる。それが成人の儀式だが、俺はそれをすっ飛ばしてエトイナ山に向かった。キースの悪行がそもそもの原因なのだが、直接はカールがしでかした事件がきっかけだった。


「一度っきりでいいのです。わたしの騎士フィル・ロギンズなる者を王立図書館に同行させて頂けないでしょうか。もちろん分かっています。王族でないと地下には入れない。もし、それでも、私の騎士の同行をお許し頂けるのなら、これからこの足で、すぐにでもわたしの魔法書をそこにお持ちしましょう」






 王立図書館には芝生が張られた広い敷地がある。そこは王族だけが立ち入れる庭で、その中央に真四角で窓だけの、真っ白い建物があった。


 正方形の一辺が大きく開かれていてドアも扉もない。入るとすぐに階段で、建物の一辺とほぼ同じ幅の階段が二十段ほど下に伸びている。


 その先は大きな机が一つ置かれていて学匠が二人いる。一人は机に座り、一人はボーっと突っ立っていた。机の後ろには墜落防止の手摺があり、階段がある。


 フロアが地下四、五メートル。建物はというと地上五、六メートル。地下フロアから見て天井は約十メートルほどの高さとなる吹き抜けのホールであり、飾りっ気も何にもない部屋であった。ただ受付だけの部屋。真っ白い壁に、窓から射す日差し。


 俺は机の前に立った。ずっと下を向いていた机の学匠が俺に気が付いた素振りを見せ、腰を上げた。よくぞお越しを、と口先だけで言うので俺はそっけなく魔法書を差し出してやった。


 とぼけたこの二人はどうやら俺とフィル・ロギンズが来るのを聞いていたようだった。不愛想にフィルにも挨拶し、機械的に返却の手続きに入った。


 差し出された紙にサインをし、さぁ行こうかとなった時、机の学匠は急にペンを走らせ、突っ立っている学匠は明後日の方を向いた。机の上の魔法書を二人は触ろうともしない。


「魔法書はこのままでよろしいのですかな」


 フィルがたまりかねて机の学匠に尋ねた。机の学匠が持っているペンの後ろでもう一人の学匠を指した。指された学匠は気付いていないフリをしている。


 さっきからずっとこの調子だ。王族を前にして見せる態度ではない。元文官の血が騒いだのかフィルが珍しくキレた。机をドンと叩いた。


「誰が案内するんだっ! そのために君たちがいるんだろ!」


 普段怒らない人間が怒ると迫力がある。学匠二人はしどろもどろになり、お前がいくんだ、いや、お前だと仲たがいを始めた。言い争いから、どうやら机に座れない学匠が前回地下に降りたようだ。今回は机の学匠の番らしい。


 二人は明らかに地下に降りたくない。フィルが俺に耳打ちをした。


「殿下、どうやら噂は本当でしたな」






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