05
「王太后陛下がアメリア全土に魔法書の返還を命じているそうだ。俺はまだ命じられていないがな」
急に話題を変えたのにフィルは察したようだ。ヴァルファニル鋼の話は無かったかのように俺の言葉に応えた。
「アンダーソン卿はずっと前にご返却なされたとか」
イーデン・アンダーソンは一度臣民となりウォーレン州の知事選に出た。やつは生真面目だからその時に魔法書を返却したのだろう。今は俺の騎士で、爵位は男爵だ。元王族といえども臣民に下ると爵位は貴族でも最下層という決まりとなっている。
「殿下はほとんど王都にはいませんでしたから、これからでしょうね」
すました顔でそう言ったフィルにちょっと笑えた。カリム・サンなら俺が話を変えても、傷口に塩を塗るように執拗に俺を責め立ててくるだろう。リーマンではないが、ちょっとは大人になれと。
フィルの場合、もう無かった話となっている。フィルとカリム・サンの馬が合うのはこういうところではないだろうか。
「ああ。明日、陛下に謁見する。その時に言い渡されるかもしれない。エトイナ山への出発は明後日だからな」
「準備はすでに出来ております」
「フィル。一字一句、寸分たがわず、とお前は言ったな」
「はい」
「俺の考えだと魔法書を見るのと見ないとでは行使される魔法の出来が全然違う。俺もフィルに教えてもらった魔法を長城の西で早速使ってみた」
俺はフィルに口頭で『凍れる世界』を教授された。他にもいくつか見繕ってもらっている。だが、俺は実際に魔法書は見ていない。フィルは立ち上がって机の魔法書を取ると『凍れる世界』のページを開き、俺に手渡した。
『凍れる世界』のページはドラゴン語とそれの翻訳が書かれていた。魔法陣も描かれ、魔法の効能とリスクが書き述べられている。
これで俺の『凍れる世界』がどう変わるのかは分からない。実際、セプトンとの戦いではただ時間を止めただけ。攻撃は全て強化外骨格、パワード・エクソスケルトンのみで行われた。
確かに魔法陣をこの目でしっかり見るとドラゴン語がその場に現れてそうだ。『凍れる世界』のイメージも広がる。魔法陣はただ単に紙に書かれているのではなく圧倒的な存在感を俺に放っていた。
「フィル。何度も確認して悪いが、写しの方も魔法陣は描かれているんだろうな」
「もちろんです」
「王太后は魔法の一括管理を目論んでいる。お前たちはおそらく魔法を自由に選べない。与えられた魔法のみ使えるようになる。フィル、王太后の目を盗んでおまえが皆に合った魔法を選んでやれ。本人が望むならそのアドバイスをしろ」
「殿下ならそうおっしゃると思いました」 俺を見る目に力を感じる。「お任せを」
「その時に写しが必要だ。魔法の効果と魔法陣の出来、そして、頭に描いたイメージの三者には相互作用がある。ドラゴン語が上手い、言い換えれば魔法陣の完成度が高いと魔法の効果は大きくなる。われわれ人は声を出すことによって相手に意志を伝える。その習慣から抜け切れてない。というか無意識レベルでそうしている。絶対に、ドラゴン語を上手にやろうとして声や発音に注力してしまう。ドラゴン語はそれじゃぁダメだ。我々で言う声や発音がいいとは、ドラゴン語で言うと良い魔法陣を描けるってこと。我々の手本は魔法書のみ」
フィルは深くうなずいた。俺の言う意味をよく理解したようだ。国家が魔法書を回収するということは国家が人々に魔法を与えるということだ。必然、それはその言葉のみ。王太后は魔法書の真の重要性をまだ気付いていない。
「もちろん、ここに書いている文章も大事だ。読めば魔法効果を深く理解し、イメージもしやすくなる。よいな」
「御意」
よし。言葉が力強い。これで安心した。
「ここに来たのはこれだけでない。別件がある」
「はい。なんなりと」
「条件がそろえば発動する類の魔法。例えばリーマンの自爆魔法。ああいうのを解除するにはどの魔法が有効か」
俺は手に持っている魔法の本を閉じ、フィルに手渡した。フィルは思考を巡らせつつ本を受け取るとペラペラ捲り始める。
「これなんかはいかがでしょうか」
魔法書が俺に戻された。あっという間だ。開かれた本の左一面にドラゴン語、右一面に翻訳。そして、ページをめくると魔法陣と魔法の効果。癒しを施す白魔法に分類されている。内容は状態異常解除。一回の詠唱で一つ魔法が解除される。トラップなどには無効。生命体にのみ効果を示す。
ある条件下で魔獣化する、例えば月を見ると狼男に変わるなど。または七日後に死ぬなどの呪いの類。狂戦士化。自爆魔法。そして、アンデット化。
アンデット! これだっ! 魔法書はこれらの魔法を解除出来ると謳っている。これでイーデンは助かる! さすがはフィル。
しかし、驚きだ。悩みもせず、こうもやすやすと出て来るもんだ。なるほどよく考えれば、解除できるこれらの魔法はただ単純に人をカエルやネズミに変えるなど童話でよく見かける魔法ではない。
肉体というよりか、魂か何かに比重を置いた魔法というべきか。それを連想させる魔法ばかり。
死んだらとか、月を見たらとか、七日後とか、効果に合わせてどれも大小様々なハードルが設けてある。魂か何かよく分からないものに干渉するんだ。ハイレベルな魔法には違いない。そんな魔法が解除できる。
にしても、なんて長いドラゴン語なんだ。俺はドラゴン語が話せるので翻訳の方は見なくていいとして、言葉の羅列というか、詩というか、はたまた物語とも取れる何とも覚え難い、そして、長ったらしいドラゴン語であることか。
これは無理だ。フィルに紙に書いてもらって、魔法を行使する時にはそれを読む必要がある。それと失敗しないように魔法陣も書いてもらわないと。
ちょくちょく見て、魔法陣も頭に叩き込んでおいた方がいい。アトゥラトゥルがイーデンに掛けた魔法を解除した時、何の変化も見えなかった。解除したつもりが解除出来てなかったなんて目も当てられない。
「フィル、苦労して写しを取らしておいて悪いが、もう一度だけ頼まれてくれないか。この魔法だけを紙に書いて俺に渡してほしい」
「わかりました。では、早速」
フィルは立ち上がり、俺に視線を向けた。目が、魔法書を渡すよう俺に催促している。
「いや、そうではない。これは俺が今夜預かる。今言った魔法はおまえのやつ、写本の方のでやってくれ。俺も一回ぐらいこの魔法書をちゃんと見ておきたいんだ」
魔法書は明日にでも返さなくてはならなくなるだろう。この本から俺はルーアーを見抜く魔法を探さないといけない。セプトンと戦ってその重要性をまざまざと思い知らされた。
フィルに聞くのも手だ。だが、何のための魔法書であるか。本来なら自分で探さないといけない。人伝の魔法は質が悪いと分かったし、幅広く魔法の知識も深めたい。ダメだったらその時に、フィルに聞けばいい。
「そう言うことでございましたか」
「問題あるか」
「いいえ。わたしの写しは完璧です」
「では、頼んだぞ」 フィルの文官としての能力に俺は絶大な信頼を置いている。「最後に一つ聞きたいのだが、ここにある魔法書もある意味、写しであるんだよな。王家が興ったのは二千年以上も前と聞く。王家から分かれ、貴族や臣民となった者たちは皆、王家だった証としてこの魔法書を持っている。だったら、彼らの手元にある物は全て写しだということだよな。オリジナルに近いものを見てみたい。オリジナルに最も近いのは誰が所持している」
魔法書の変遷について知りたい。セプトンはこの魔法書に書かれている魔法を知らなかった。いや、他のドラゴンも知らない臭い。ヤールングローヴィも知らなかったほどだ。
魔法書は誰が書いた。俺の手にある魔法書がオリジナルに近い魔法書とどれぐらい違っている。魔法が書き足されていれているとか、何らかの動きがあるとすれば『凍れる世界』はヤールングローヴィら里の主より上のドラゴンが知っていておかしくはない。
人類と休戦協定を結んだのはローラムの竜王だ。それは紛れもない事実だ。魔法書が書き足されているならば、ヤールングローヴィらより上であるローラムの竜王が魔法書を人に渡したということになり、史実と合っている。
俺の頭によぎっているのは、もし最古のドラゴンであるローラムの竜王でさえ知らない魔法が魔法書に書かれていたなら、ということだ。
もちろん、そうなると魔法書を人類に手渡したのはローラムの竜王でなくなるし、少なくともこの魔法書はオリジナルから何ら変わってないことになる。
「殿下。お気を悪くなされぬように。言いにくいのですが、オリジナルに最も近いというか、オリジナルそのものがありまして」
「どこにある。誰が持っている」
「王立図書館の地下。所持しているのは王族。つまり、殿下です」




