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04

 元侍従のフィル・ロギンズは俺の騎士となって竜王の門に部屋を与えられていた。爵位もあって世襲貴族の最下層、男爵・バロンだ。俺が持つ広大な領地の一部を分け与えてやった。


 決闘裁判の相手だった神の手と異名をとった男、アレクシス・チャドラーは国民に愛され、サーの称号で呼ばれていた。しかし、貴族ではない。フィル・ロギンズの場合はれっきとした貴族だ。国民が好きも嫌いもなくフィルを呼ぶ場合、名前の頭に必ずロードを付けないといけない。


 俺がドアをノックするとフィルは驚きもせず、もう来る頃かと思っていました、と言って俺を部屋に入れた。


 机の上には俺が与えた魔法書が置かれている。部屋に戻ったら直ぐに魔法書を開いたのだろう、フィルもバリー・レイズが気にかかるようだ。


「帰って来たばかりなのに熱心だな。何かわかったか」


 リーマンから情報を掴んでいた。質問したのは挨拶みたいなもんだ。


「いいえ」


 曇った顔を見せた。まぁ、そうなるわな。ヴァルファニル鋼がルーアーを壊せるというなら、ヴァルファニル鋼で魔法陣を切ってもおかしくはない。そして、もしそうなら、ルーアーを壊せる俺も、魔法陣を破壊できるという理屈になる。


 ヤールングローヴィは、ルーアーは通常の武器では壊せない。ヴァルファニル鋼。あるいは君だ。竜王の加護、と言っていた。


 俺はソファーに座った。立っているフィルに、そこに座れ、と向かいのソファーに手を指した。聞きたいことがある。魔法書の由来についてとイーデンの魔法の解除方法。そして、見つけないといけない。俺が必要な魔法。枠がまだ二つ残っている。


「魔法書の写しはできたのか?」


「はい。一字一句、寸分たがわず」


「さすがフィル・ロギンズ。頼りになる」


「殿下の方は何か分かりましたか」


 褒めているのにスルーかよ。まぁいいわ。仕事熱心は何よりだ。晩さん会での情報がほしいんだろ。はいはい、良いの持って来ましたよ。


「リーマンの情報によると、バリー・レイズは魔法陣を剣で切った」


 ラキラ・ハウルは以前、魔法はとどのつまりイメージだと言った。魔法陣が魔法を発するのではない。ドラゴン語によってイメージを言葉にしたのが魔法陣で、その魔法陣が己のイメージを更に促進する。


 イメージがもう一段階上がる。確信に近い状態になる、いや、覚醒すると言い換えてもいい。イメージが現実不可能な出来事を可能にするのだ。


 普段からドラゴン語でやり取りしているドラゴンには魔法書がいらない。イメージさえ伝わればそのイメージ通りの言葉をつづり、魔法を行使することが出来るからだ。魔法を知らないジュールがそれで結界を張った。我々の場合、魔法書がイメージを伝える役割を担っている。


 セプトンは魔法を行使しようとして魔法陣を出したが、完成には至らなかった。それもイメージが関係している。ヤールングローヴィに威圧され、精神的に追い込まれていた。


 イメージが出来なくなれば魔法陣を造れないし、イメージが鮮明であればあるほどドラゴン語の完成度、つまり魔法陣の完成度が高くなる。そして、その出来によって同じ魔法でも質が変わってくるのだろう、完成度の低い魔法陣では同じ魔法でもそれ相応の効果しか発揮できない。


 より完成度が高い魔法陣が造られたとしても傷付けば質は落ちる。魔法の効果は薄れていくし、真っ二つに裂けてしまえばそれはもうゴミだ。魔法は発動しない。


「ですが、殿下。あれは切れるものですか」


 フィルはアーロン王の魔法陣もカールの魔法陣も見ている。帰還式の観客としてあの場にいたからだ。最近ではクレシオンでのアトゥラトゥルの魔法陣だ。


「ヴァルファニル鋼」


 部屋に静けさが漂った。フィルはきょとんとした顔をしている。


「殿下、それは嘘つき勇者のアイザック、のヴァルファニル鋼ですか」


「そうだが? そのヴァルファニル鋼だ」 フィルが知っている。予想外、というか。「ホントに知っているのか!」


「いえ、まぁ、誰でも知っていると思いますよ」


 意外! ヴァルファニル鋼って結構メジャーなんだ。なんでリーマンからヴァルファニルのヴぁの字すら出てこかったんだ。


「で、どこにある」


「どこって。本。本の中ですよ」


 なるほど。パターソン家は古書の収集をしていた。


「何の本だ」


「ですから、嘘つき勇者のアイザックです」


「嘘つきアイザック?」


「本の題名ですよ。殿下もお読みになったでしょ、子供の頃。あ、失礼しました。王族の方々は読まれてないのですね」


 ドラゴンのジェトリと取っ組み合いの力比べをしたり、ドラゴンの姫とダンスを踊ったり、美女をシーカーの魔の手から救い出して娶ったりした男、アイザック。


 アイザックは祝福を受けた剣と盾、鎧を身に着けていた。それがヴァルファニル鋼。アイザックの死後、その家族が金に目がくらんで剣と盾、鎧を王に譲り、王はエトイナ山へと旅立つ息子にそれを与える。


  長城の西に入った王の息子はドラゴンに襲われる。待ってましたとばかり戦いを挑むものの全く歯が立たず、うの体で竜王の門へ逃げ帰ってくる。剣はボキボキ折れ、盾は砕かれ、鎧はバラバラ。怒り狂った王は報いを受けさせようとアイザックの家に兵を送る。だが、誰もどこにも居ず、しょうがなく剣と盾と鎧の残骸を憂さ晴らしに海に沈めてしまう。


 嘘つきに騙された馬鹿な王の物語。と、まぁ、こんな話をフィルはした。


 血沸き肉躍る物語から最後は王がまんまと騙されてオチ。どんでん返しとまでは言えないが子供には十分楽しめるだろう。少なくとも俺は面白くない。


 この話が実話から作られたものであるなら、ヴァルファニル鋼は全然ものの役に立たない。ヤールングローヴィは確かにヴァルファニル鋼と言った。それともなにか、アイザックの家族は偽の剣と盾、それに鎧を王にくれてやったのか。物語の主題がそこでないので真偽は全く触れられていない。


 庶民にとって、王がまんまとしてやられたっていうのは痛快だ。アイザックの冒険は元々嘘だった、と解釈する方が物語は楽しめる。というか、それが世間の常識となっている。だから、誰もヴァルファニル鋼には触れない。もし俺が、あの時、リーマンにヴァルファニル鋼について尋ねてしまったらどうなっていたか。


 笑われて、もう少し大人になりなさい、とたしなめられるところだった。


 ちっ。もういい。魔法書についてだ。





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