72 戦争準備
ダイチたちが原初の大森林、フォレストピアの建設予定地に戻って二週間が過ぎた。
先ずはガンフォードたちの工房を適当な場所に再設置し、物品を保管するための倉庫を建てさせる。そこに素材を集めさせ、ガンフォードに使ってもらうことにした。
「こ、これはブラックミスリル!? こんなに!?」
「ちょ、これって地竜の牙と爪ですか!?」
「こっちには皮もあるぞ!」
「へ、ヘルコンドルの羽がありますけど」
「こっちはジャイアントマンモスの牙じゃないですか?」
「必要な素材があれば、鬼人族かライトニングタイガーに言ってもらえばいい。
原初の大森林にいるモンスターの素材なら、だいたいは揃うはずだ」
『・・・・・・・・・』
「とりあえず、剣と槍とナイフ、盾を優先して作ってくれ。頼んだ」
固まったまま動かなかったので、そのまま放置して立ち去った。
質は劣るが、ダイチの<錬金><錬成>があれば一通りの武器は揃うだろう。モデルとなる物があって、素材がそろっていれば、チャーリーによって<無限収納>の中で<複製>することができるからだ。彼らには建築技術にも明るいらしいので、都市整備の計画ができればそっちの方でも働いてもらわなければならない。
都市整備や計画については、エルゼフを初めとする者たちがエスペランサ王国で勉強している。ある程度の知識が身に付けば、俺も参加して計画を練り上げる予定だ。これは魔族の件が片付いてからになると思う。
さて、いろいろと準備が整ったところで、今度は魔族との戦いについてだ。族長たちを集める。
ここで彼らの強さや戦闘員の数についても、まとめとおこう。カッコ内は非戦闘員を含めた数だ。
水妖族
クラス:B~C
族長:ミーズ
500人
ゴブリン・インテリジェンス
クラスC~D
族長:エルゼフ
1000人(3000)
ライトニングタイガー
クラスB
族長:サーベルト
600人(1000)
鬼人族
クラスA
族長:王牙
600人(800)
妖狐族
クラスB
族長:白葉
800人(1200)
シャドーウルフ
クラスB
族長:ウルフェン
2000人(2500)
魚人族
クラスB
族長:魚正宗
2500人(3000)
猿武族
クラスB~C
族長:カイザー
3万人(4万)
戦闘員は総勢で37500人。
ちなみに族長クラスはエルゼフを除いて皆Aクラス上位のチカラがある。
対する魔族の主力は魔導人形で、数は11万体。ただし、魔導人形と言っても種類があり、一様に同じ強さというわけではない。
彼らはチェスの駒のように種類があるらしい。その戦力を示していこう。
クイーン
Aクラス
9体
ナイト
Bクラス
11000体
ルーク
B~Cクラス
11000体
ビショップ
B~Cクラス
11000体
ポーン
Cクラス
77000体
以上だ。
質の上では、こちらが勝っている。しかし数では三倍ほど差がある。攻城戦においては敵の三倍の数が必要になると言われているが、それと同じ数だ。真正面から衝突すれば犠牲は避けられない。
またフォレストピアは建築が始まったばかりなので城壁と呼べるものは無い。そういった意味では不利と言えるが、忘れてはいけないのが原初の大森林自体が天然の城壁と呼べるという点である。
「さて、戦力の分析が完了したところで、敵の状況について説明してくれ」
「はっ!」
シャドーウルフの一人が立ち上がる。斥候の責任者らしい。
「魔族軍は現在、原初の大森林南西部の外側に陣を設置しております。次々と軍勢が集まっており、数日の内には侵攻してくるでしょう」
「武器については?」
「はっ!」
立ち上がったのは魚人族の戦士だ。
「鬼人族、魚人族、シャドーウルフ、ゴブリン・インテリジェンスに必要な武器の支給を完了しております」
間に合ったか。
ちなみにライトニングタイガーと水妖族、妖狐族は武器を必要としないということで、今回は見送りだ。
「陣地の形成は、どうだ?」
「はいは~い」
水妖族のミーズが手を挙げて立ち上がる。
改めて紹介するが、水妖族はヒュージ・スライムが<インテリジェンス・モンスター>となってさらに<進化>した個体だ。前回チャーリーのバージョンアップにより得た<識別化>の効果で名前を得て<進化>し、知性を得たことで一部族として成立させた。本来のボスはアクアらしいが、アクアは俺の親衛隊だか近衛兵だかになるらしく、ミーズ問彼女が族長ということになった。名前はチャーリーの<識別化>で名付けられたので、俺が考えたのではない。
もう一度言う。
俺が考えた名前ではない。
「鬼人族さんに協力してもらって南西側に築いた土壁を魔力で強化しました~。
Cクラスのモンスターでも突破が難しいぐらいの強度にはなったと思います~」
間延びした声に、一部の会議出席者が眉をしかめる。しかしこれが彼女の地なので仕方ない。
見た目は豊満でおっとりとした長い髪の女性である。そのボディーはヒュージ・スライムと同じくスライムでできている。
アクアより、彼女の方が精霊って感じだ。
「よし。なんとか準備は間に合ったな。今から今回の作戦について説明するぞ」
みんなが背筋を伸ばした。
「まず魔導人形についてだが、こいつらはあまり壊さない方針でいきたい」
「どういうことです?」
質問したのは王牙だ。
「魔族軍はもちろん蹴散らすが、奴らの戦力が無くなるのは困るんだよ」
その要因となるのがガスパリア帝国だ。
魔族領とガスパリア帝国は大湿地帯を境目に隣接している。しかし魔王が出現しなくなって50年も経つというのに帝国は魔族領を犯していないのだ。人族最大の敵であり、魔王を排出する魔族を、である。
これには幾つか理由がある。
先ずは言わずもがな、ブリトニア王国との覇権争いが原因である。
魔族領に侵攻している間、ブリトニアに勢力を伸ばされてはかなわないというわけだ。
次にガスパリア帝国と魔族領の境目にある大湿地帯である。
ガスパリア帝国の主力は重歩兵団と重騎馬隊である。いずれも湿地帯での戦闘を苦手としているため相性が悪い。
加えて大湿地帯にはAクラスのモンスターであるミドガルズオルムが出現する。この大湿地帯を越えて魔族領に攻め入るのは容易ではない。
そして最後にして最大の理由は、帝国が接している魔族領を治めているのが魔公ロンダークとジースであるということだ。
この二人は最古の魔族であり、魔王を凌駕するチカラを持つと言われている。しかし魔王軍には参加しておらず、その戦力は未知数と言われていた。特にロンダークは戦上手と言われており、彼を相手に湿地帯で戦いを挑むのは自殺行為である。現在の皇帝が即位する前は何度か魔族領に侵攻していた帝国だが、いずれも返り討ちにあっている。
「つまり今回、俺たちが魔族軍を叩きのめしてしまうと、帝国が魔族領に侵攻することになる可能性が高くなる。もし魔族領が帝国の手に落ちた場合、次に狙われるのは誰だ?」
「・・・魔族軍と戦って疲弊した我ら、でしょうか?」
「ビンゴ、だ」
ウルフェンの言葉に俺は指を鳴らしながら答えた。
「魔族の戦力を削りすぎると、その後が大変だ。だから戦いの後も魔族領を防衛できる最低限の戦力を残せるのが理想だな」
「しかし、そのようなことが可能でしょうか?」
疑問を提示したのは白葉だ。
「魔導人形は生物ではありません。命令されたことを忠実にこなす文字通りの人形です。破壊せずに無力化することは難しいかと・・・」
「大丈夫だ」
俺はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
「チェスってのは、キングを取ったら勝ちなんだぜ」




