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71 ガンフォードの旅立ち

ゴンが帰ってきてから、ガンフォード工房は慌ただしくなった。

ゴンがブラックミスリルを持ち帰ってくれたことにも驚いたが、そこからも驚きの連続だった。


まず、自分達の引っ越しが決まったこと。

ガンフォードはバルデビア大公国のキルゼット侯爵家に招かれて三年前に工房を開いた。侯爵家の後押しもあり、仕事は順調だった。しかし3ヶ月ほど前に融和派が失墜して以降、仕事の無い日々が続いていたのだ。

そこに舞い込んだのがブラックミスリルを加工して武器を作るという国からの仕事だった。

ブラックミスリルは希少な魔鉱石で、武器に加工すればかなり強力なものになる。それこそ一国の兵力を増強させることができるほどの武器になる。国の一大プロジェクトとも言える仕事だ。


これを亜人種に任せるというのは、かなりの反発を招くはずだった。しかし成功させれば失脚した融和派が盛り返す機会になるかもしれない。キルゼット侯爵に頭を下げられ、ブラックミスリルを加工できるという貴重な仕事に心を動かされたガンフォードは、この仕事を受けた。

しかし、金庫に保管していたブラックミスリルが盗まれたことで、ガンフォードは嵌められたのだと気が付いた。よく考えれば、今の情勢でブラックミスリルの加工などという大きな仕事が亜人種に回されることなど有り得なかったのだ。

ガンフォードもキルゼット侯爵も血眼になってブラックミスリルを探したが、見つからなかった。

国から預かった貴重な魔鉱石を盗まれたのだ。死罪は免れないだろう。鉱山奴隷として野垂れ死に、という末路も考えられる。


そんな自分達に救世主をゴンが連れてきた。ダイチと名乗った犬人族の少年は、貴重なブラックミスリルを複数、簡単に取り出した。しかもその対価として、自分達の工房自体を買い取りたいと言ったのだ。

名工と呼ばれた伝説の鍛冶職人ギースに師事した自分だが、そこまでの価値を見出だしてもらえるとは思っていなかった。正直に嬉しかった。

それと同時に、このダイチという少年に惹かれる自分を自覚した。彼のつくる町に興味を持った。

弟子たちの後押しもあり、彼について行こうと決めた。それが昨日の昼のことである。

ガンフォードはその日の内にキルゼット侯爵に手紙を送り、面会の許可を得た。


しかしその夜、襲撃を受けた。明らかにプロの暗殺者という感じだったが、それをダイチたちは簡単に撃退してしまった。しかも仲間にしてしまった。

ブラックミスリルは盗まれてしまったが、それは偽物だった。ダイチは笑いながら、「これはブラックミスリルに偽装した爆弾だよ」と言ったので驚愕した。<鑑定>を誤魔化せるスキルなど聞いたことがない。


翌日、ガンフォードは朝一番で王城に来ていた。町の中が慌ただしかったが、貴重品を持つ彼の心境は緊張し、自然と早歩きになっていた。

門番にキルゼット侯爵への面会許可証を提示し、城内の離れに通される。亜人種は城の中に入ることを許されていないからだ。心なしか城の中も慌ただしかった。衛兵がひっきりなしに出入りしているのが見えたのだ。


30分ほど待たされ、キルゼット侯爵が応接室に現れた。

キルゼット侯爵はバルデビア大公国でも融和派の筆頭であり、この国でも亜人種を差別しない変わり種である。また時間についての約束を違えることのない几帳面な人間でもあった。そんな彼が客人を待たせるなど、珍しいことである。


「待たせたな、すまない」


「いえ、勿体ないお言葉です」


その台詞を聞いて、キルゼット侯爵はカラカラと笑う。


「苦手な敬語を無理して使わなくても良いぞ」


「そりゃ助かる」


そう言われてガンフォードは姿勢を崩した。



アーノルド=キルゼット。

彼はキルゼット侯爵家の次男として生を受けた。優秀な兄に劣らない才覚を持っていたが、家を継ぐことができるのは一人だけ。侯爵家ともなれば男子の生まれなかった貴族の家系には喉から手が出るほど欲しい優良物件だが、彼はそれを良しとしなかった。

座学が苦手だった訳ではないが、剣の訓練の方が楽しかった。そして冒険者と出会い、外の世界に強烈な興味を持った。

成人すると親の反対を押し切り、出弄した。そして冒険者になった。そこで彼は自分の世界の狭さを知った。


剣の腕前は一人前だと思っていたが、彼より強い人間は五万といた。貴族なので何とかなると心のどこかで考えていたが、打ち砕かれた。生死をかけたモンスターとの戦闘では、そんなものは紙切れより役に立たなかった。

また奴隷で当たり前と思っていた亜人種が普通に暮らしている国をいくつも見た。ドワーフの技術力に、エルフの魔力に、獣人族の力強さに驚いた。自分の国を、なんと狭量な国だったのかと蔑んだ。バルデビア大公国は冒険者にも、あまり好まれてはいなかった。


そうして5年の月日が流れ、Cランク冒険者として板に付いてきた頃、実家に呼び出された。兄が落馬で亡くなったのだ。

気楽な貴族の次男という肩書きが無くなり、彼が戻らなければ侯爵家は継が無くなる。彼は悩み、冒険者を辞めることにした。

そして実家に帰ったアーノルドは、父に貴族としての振る舞い、政治、経済などを叩き込まれた。父は厳しかったが、幸いにもアーノルドには、それらの才能があったらしい。乾いたスポンジのように知識を吸収していった。

自分が好きなことと、仕事の向き不向きは別物なのだとアーノルドは理解した。5年でC級ランクというのは、ちょっと優秀な冒険者というぐらいでしかない。それに比べ、巧みな話術や心理の読み合いが日常茶飯事の貴族界は、彼が想像していたものとは違って愉快に見えた。思えば、商人や依頼人との交渉をパーティーで任されることもあった。自分には、この世界が向いていると思った。


そうして政治の世界へと入ったアーノルドが、自国が停滞していることに気付くのに時間はかからなかった。冒険者として使用していた他国の武器、生活に便利なもの。そういったものが何年も前からバルデビア大公国では産み出されていなかった。そして、その理由が亜人種を迫害しているからだと気が付くのに、これまた時間は必要なかった。

燐国であるブリトニアほど豊かで、農業という武器がある国ならば影響は微々たるものだったが、そういった尖った武器のないバルデビアは衰退の一途を辿っていたのだ。


これはいけないと、彼は長い時間をかけて味方を増やし、亜人種の地位向上に尽力した。その甲斐あって融和派という勢力を築き上げ、3年前にはドワーフの名工ギース最後の弟子であるガンフォードの獲得に成功した。


しかし最近になり、ブリトニア王国の干渉が強くなっていた。そして融和派の一部に不正が発覚し、それによって溜め込まれていた亜人種に対する市民の反発が爆発したため融和派は劣勢に立たされた。


そこに舞い込んだのがブラックミスリルの加工という大仕事である。しかもその仕事をドワーフであるガンフォードたちの工房に任せたいと言われたのだ。

融和派が窮地に追い込まれ、アーノルドことキルゼット侯爵は冷静さを欠いたのだろう。亜人種との融和政策が王家に認められていたと勘違いしたのだ。なまじドワーフの技術力やガンフォードの職人としての腕を信用していたため、ブラックミスリルの加工という仕事ならドワーフに任せるのが当たり前という先入観もあった。冒険者時代、彼らの武器に何度も助けられたことも原因だったかもしれない。

彼が反融和派に嵌められたと気が付いたのは、青い顔をしたガンフォードがブラックミスリルを盗まれたと報告してきた時だった。


「しかし、お前さんが時間に遅れるなんて珍しいな」


ガンフォードとキルゼット侯爵は、二人が鍛冶師見習いと駆け出し冒険者だった頃からの付き合いだ。年が近いこともあり、酒を飲んで将来を語り合ったり、同じ女を取り合ったりもした。

冒険者を引退するときも「貴族様は貴族様の責任を果たせ」と背中を押したのもガンフォードだった。アーノルドは貴族に返り咲いた後もガンフォードへの手紙を欠かさず、親交を持ち続けた。もっともこれには、亜人種との融和政策を目指したアーノルドがガンフォードを国に招くための布石という意味もあったわけだが、親友と一緒に仕事をしたいという夢でもあった。


「ああ。深夜に起きた事件のせいでな。城の中はバケツを引っくり返したような騒ぎになっている」


「深夜に起きた事件?」


「おいおい、知らないのか?」


キルゼット侯爵は肩を竦めながら言った。


「ベルグライトの私邸で爆発騒ぎがあったんだぞ?」


「・・・え?」


爆発騒ぎ?


「深夜、突然ベルグライトの私邸から轟音と共に火柱が上がったのだ。あやつの私邸は貴族街に近いからな。城の主だった関係者や官吏が叩き起こされて現場確認に当たったのだ」


「ベ、ベルグライトの私邸に居た者たちは無事だったのか?」


彼ほどの大商人になれば、住み込みの使用人も一人や二人ではないだろう。


「ベルグライトが軽症を負っているが、他に被害は無いな。火柱が上がったのは隠し部屋のような場所で、本邸から離れていたから使用人に被害は無かった」


「そ、そうか」


「爆発と言っても炎は空に向かって上がったようで、被害が少ないのが不幸中の幸いだ。ただ火元と思われる場所にベルグライトが倒れていたらしく、落ち着くのを待って事情を聞く方針だ。ブラックミスリルが爆発したなどと言って混乱しているらしいからな」


「・・・」


ガンフォードは言葉を発することが出来なかった。

まず間違いなく、あのブラックミスリルを盗んだのはベルグライトの手の者だったのだろう。自分達のブラックミスリルを盗んだのも、おそらく奴だ。疑わしいとは思っていたが、やはりクロだったのだ。キルゼット侯爵も、そう思っているから詳しく説明してくれたのだろう。


「で、今日は何用か?」


「え? あ、ああ、忙しいのにスマンな」


ガンフォードは気を取り直してキルゼット侯爵に向かい合った。


「まずはコイツを見てくれ」


そう言って、収納リングからブラックミスリルを取り出した。


「ブラックミスリル!? 取り戻したのか!?」


「いや。ある冒険者から買った」


「買っただと!?」


キルゼット侯爵の顔面が蒼白になる。


「お前、まさか・・・」


「奴隷にはならずに済んだから、大丈夫だぞ」


「そ、そうか。しかし・・・」


キルゼット侯爵はブラックミスリルをしげしげと見た。


「かなり純度の高いものだな。前のものより質が良いのではないか?」


「前のブラックミスリルが銀だとすれば、こいつには金ぐらいの価値がある」


「そんなにか!?」


キルゼット侯爵は驚愕しながらも、安心したような表情を次の瞬間に浮かべた。


「それほど質の高いブラックミスリルなら、代用品として申し分ない。納期の遅延も認めさせてみせる」


「そのことなんだがな・・・」


ガンフォードは頭を下げた。


「すまん! この仕事、断らせてくれ!」


「なっ!? どういうことだ、ガンフォード!」


キルゼット侯爵は突然のことに立ち上がってしまう。ガンフォードは頭を下げながら事のあらましを説明した。

ブラックミスリルの対価として、ガンフォード工房そのものをダイチに売ったこと。襲撃を受けたこと、そしてゴンたち家族のこと。

キルゼット侯爵は落ち着きを取り戻し、椅子に腰掛けていた。


「反融和派の連中は、そこまでやるのか」


「俺が見た限りでも、あの暗殺者たちは手練れだった。あれがもし、弟子たちのことを狙っていたらと思うと、気が気でないわい」


「・・・なるほど」


あの刺客たちは今回、ダイチとブラックミスリルを狙っていた。しかしもし、ダイチを助けるために自分たちが抵抗していたら、どうなっていただろうか?


おそらく皆殺しだっただろう。

ダイチの仲間に守られていたため安全だったが、それは彼らの強さが規格外だったからである。


「俺には弟子たちを―――いや、家族を守る責任がある。わかってくれ」


頭を下げたままのガンフォードにキルゼット侯爵は手を差し伸べた。


「謝るな、ガンフォード。俺の方こそ、すまない。お前たちを危険に晒すようなことをして」


キルゼット侯爵はガンフォードを立たせると頭を下げた。


「お前の存在は惜しいが、命の危険があるなら話しは別だ。友を見捨てるわけにはいかん」


そして着席を促した。


「こちらのことは任せろ。欲を言えば護衛を付けたいところだが・・・」


「心配するな。ダイチ殿は、おそらく俺が見てきたどの冒険者よりも強い」


「なんと!?」


ガンフォードは職業柄、Aクラスの冒険者たちとも面識があるはずだ。彼らよりも強いと言うなら、Sクラス―――聖王国のパラディン並の強さがあるということだ。


「そうそう。工房なんだが、あの建物ごと貰い受けたいらしい。良いか?」


「こ、工房の建物ごと?

 あの建物は、お前が宿屋だったものを工房兼自宅と弟子の住まいに改造したものだったな。別に構わないが・・・」


「そうか。なら、こいつは仕事のキャンセル料と迷惑料、あと建物や設備の代金代わりに取っておいてくれ」


「なっ!?」


そう言って、ガンフォードは収納リングからブラックミスリルのインゴットをもう一つ取り出した。


「こ、これは・・・良いのか!?」


「ああ。ダイチ殿から渡すように言われている」


「何者なんだ、その獣人は?」


「それを確かめたいのさ。悪かったな、忙しいのに」


ガンフォードは腰を浮かせた。


「ま、待て、ガンフォード。そう言えば、お前は何処の国に行くのだ? まさか帝国か?」


これだけの物資を提供できる国など、ガスパリア帝国以外には思い付かない。しかしガンフォードが答えた場所は、最も予想から離れたものだった。


「それが国じゃないのさ。フォレストピア―――原初の大森林にできる新しい都市だとよ」


キルゼット侯爵は口を開いたまま固まった。そして、そのままガンフォードを見送ったのだった。




深夜。

バルデビア大公国の首都、バルデビアンは静寂に包まれていた。

ベルグライトの屋敷から火柱が上がり、厳戒体制となったために、夜間は外出禁止令が出ていたのだ。

にも関わらず、ガンフォード工房の面々は工房の前に出てきていた。


「なあ、ダイチ殿。本当に、この建物ごと移動するのか?」


「ああ」


「そんな話しは聞いたこともないぞ」


「たぶん大丈夫だろ」


「たぶんって・・・」


「親方、準備できました」


「あ、ああ。良いそうだ」


「そうか。よし、アクアやってくれ」


「・・・だいぶダルい」


何が起こるのか疑わしく見ていたガンフォードたちの目が点になった。

アクアと呼ばれた猫人族の少女の身体が光ったかと思ったら、彼女は水の精霊のような姿に変わったのだ。

そして彼女の身体が膨張したかと思うと、アッという間に工房を飲み込み、元の姿に戻っていく。


「終わった」


「お、おう。じゃあ、行くか」


ダイチは少し引きながらも、【ゲート】の魔法を発動させる。

アクアが行ったのは<呑込>というA級スキルである。

物体を呑み込み、<溶解>によって栄養を抽出するためのスキルだ。

これをダイチの<無限収納>と合わせて使用することで、家すらも収納することができるようになる。

<無限収納>によって収納できるものは、『ある程度、持ち運びができるもの』という適当なものだ。アクアが<呑込>によって呑み込んだものは収縮されていくため、それが家であろうが<収納>できてしまう。アクアのスライムボディは実質的に無限に近い広さがある。彼女が本気になれば城ごと、町ごとですら呑み込むことも可能だ。

改めてアクアの有能性について痛感させられる。


「こ、これに入れば良いのか?」


「ああ。行こうか」


平然とマーブル模様の空間に入っていくダイチたち。戸惑いながらも、ガンフォードたちはその後ろを追いかける。そして眩しい光に目を細めた次の瞬間、周囲は暗い木々が囲んでいた。


「こ、ここが原初の大森林?」


「ああ。ようこそ、フォレストピアへ」


ガンフォード工房の面々は、規格外なダイチという存在に改めて驚かされたのだった。



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