63 ギルバート王子
「・・・何か言い訳することは、あるか?」
「ありません」
「ボクは悪くない」
桜花とタツマキを正座させ、俺は上から冷ややかな視線を二人に注いでいた。
桜花は背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見ており、タツマキは不貞腐れてそっぽを向いている。
「まあまあ、許してやれよ。悪いのはバルカスたちだ。
一部始終を見ていた俺が保証する」
俺はギルという男に向き直ると、頭を下げた。
「この二人が、お世話になりました」
「礼儀正しい男だな~。まあ気にすんなよ」
「ギルド長も、すいませんでした」
「あいつらは問題のある連中でな。謝るのは、こっちの方だよ」
「食堂の修理代とギルさんが連中に支払ったカネは、ホフマンさんの報酬から引いといて下さい」
「おいおい、気にするなって」
「いえ、ケジメですから」
「そこまで言うなら遠慮なく受け取るが、あんまりこいつらを叱ってやるなよ」
「ええ。そんなに怒ってる訳じゃありませんから、大丈夫ですよ」
桜花の件は仕方ないと思うし、タツマキはNGワードを言われて一度は堪えたのだ。そこまで俺も怒っていない。むしろタツマキは褒めてやりたい。
なのに、どうして正座かって?
これもケジメだ。ギルドに迷惑を掛けたことに変わりはない。
「ギル殿、そろそろ・・・」
「ああ、悪いな。まあ、なんだ。どうせバレるから言うが、改めて挨拶だ。
ギルバート=エスペランサだ、よろしく」
「よろしく、王子様」
差し出された手を握り返すと、ギルことギルバート王子は少し驚いた顔をした。
ホフマンさんとバナスさんが固まる。
「驚いたね。バレバレだったか?
<鑑定>を阻害する装備をしているはずなんだがな」
「まあ、なんというか、そうなのかな~って」
「なんだそりゃ」
言ってギルバート王子は屈託なく笑う。
ホフマンさんとバナスさんが“あの方”とか言うから、この国のお偉いさんが来ることは予想できた。さすがに王族の可能性は低いと思っていたが、“変わり者”という王子様なら大穴としてアリだと考えていた。
そこに“ギル”という名前の冒険者が現れて、二人と親しそうに、しかし真剣に話し始めたのだから気付かなければ漫画家志望失格である。
しかしギルバートの偽名がギルかよ。安直すぎる。
ちなみに場所は会議室のような所に移動した。高ランクモンスターが出現した場合の対策会議が行われたりする場所とのことだ。
「で、早速本題だが、<神薬>についてで良かったか?」
俺はホフマンさんと目で合図し、彼の口から状況について説明してもらった。
「・・・なるほどな。確かに<鑑定>しても、ただのポーションだ。
だが、ただのポーションでないことは分かった」
「見ただけで分かるんですか?」
「まあな。魔力の質が全く違うし、俺は二人を信用してる」
<鑑定レンズ>から目を離し、事も無げに言う。
魔力の質が違うとか見ただけで分かるのか。さすがはA級冒険者だな。
「で、どうすんだ?
<鑑定>の結果がこれじゃあ、姉貴の周囲を囲っている連中を説得することは出来ないぞ。効果を見せたとしても逆効果だろうな」
やはり王子も俺達と同じ意見のようだ。
「王子、彼らが持つ手札は<神薬>だけでは無いようです」
「ほう。原初の大森林に伝わる秘薬でもあるのか?」
「秘薬じゃないですよ。スキルです」
ギルバート王子にはアクアたちが原初の大森林に住む半妖種であることを伝えている。正確にはインテリジェンス・モンスターなのだが、細かいことを気にしてはいけない。
「そっちのアクアはS級スキル<回復の泉>のほか、いろいろな回復系のスキルを持っています。それらを試させていただけないかと」
「そっちの嬢ちゃんか。確かに、のされたアイツらを一瞬で回復しちまうような手腕だ。期待できるかもな」
「はは」
もちろん嘘である。
アクアが回復系のスキルをいくつか所持しているのは確かだが、<呪付>を解除できないことはチャーリーに確認済みである。これは俺が王女様に近付くための方便だ。
「なら、スキルを確認させてもらえるか?
ついでに、アンタらの“本当の”姿も、な」
おっと。
そんなことまで分かるのか?
俺は少し考えてから言った。
「お前たち、<変化>を解除しろ」
「よろしいのですか?」
「ああ。相手から信用してもらうには、こちらから歩み寄らないとな」
彼女たちは頷き合うと、変化を解除した。
『・・・え?』
とたんに固まるギルバート王子、ホフマンさん、バナスさん。
「え、尻尾が九本?
確かフォックスタイプの獣人やモンスターって、尻尾が増えれば増えるほど強くなるんだったよな。普通、2~3本だろ。それが9本?」
「ア、アクア様は精霊様だったのでしょうか?
そのお姿は、まさしく・・・」
「おいおいおい。そっちは、まさか“鬼”か? で、そっちは竜人か?
こいつはバルカスの奴ら、詰んだな」
「笑い事じゃないですよ、王子」
「いや~、イイ薬になるんじゃないか。俺は知らねーけど」
そっちだけで盛り上がらないでもらえますかね?
「おっと、すまんすまん。で、お前さんは本当の姿を見せてもらえんのか?」
んん?
「本当の姿も何も、俺は人間ですよ」
「そうなのか? お前さんからも、俺たちとは違う魔力を感じたんだがな」
「・・・」
やべえ。この人、そんなことまで分かるのか?
Answer.
<見破り>の効果が無効化されますので推測になりますが、<魔力感知>に類似したスキルを所持していると思われます。
なるほど。そういうスキルがあるわけか。
それならA級以上の冒険者だからといって、むやみに警戒する必要はないだろう。ギルバート王子の出方次第では、俺が異世界人であることを話すのも選択肢の一つとして考慮しよう。
ただ、今はその時じゃない。
「まあ、いいだろう。いつ出発できる?」
「俺たちを信用するんですか?」
「ん~、そうだな。信用ってわけじゃねーんだ。
それだけ俺たちは追い詰められているのさ」
「お、王子」
「いいだろ。ダイチたちは俺たちに正体を晒した。
なら、俺たちも隠しだてする必要はない。俺はそういう腹の探り合いが苦手なんだ」
ギルバートの言葉にホフマンさんが口を閉ざした。彼の言葉に心当たりがあるのだろう。
「二人から聞いてると思うが、俺は姉貴が王女になるべきだと思ってる。
だが頭の固い貴族連中には、女が国のトップになることを良しとしない輩が何人かいる。そういう奴らが俺を担ぎ上げようとしているんだ」
「それは、お二人から聞きました」
「そんなわけで俺は国の政から遠ざかるために、首都のエスペランサ・シティではなく、このタラゼアの町に私邸を構えているんだがな。最近、その屋敷に貴族連中が連日のように押し掛けてきている」
彼は肩をすくめた。
「中には国の状況を本気で憂いている奴もいるから無下にもできん。だが俺は政を避けてきたし、はっきり言って性に合わん。
王族の責任は理解しているが、俺は姉にこの国を治めて欲しいと思っているから簡単に諦めたくない」
ギルバート王子の言葉には熱がこもっていた。
「だがこれ以上、姉が床に伏せれば復帰もままならん。
第三王位継承権を持つ弟にも声が掛かり始めたし、親父からは登城するよう手紙も来ている。王位継承後に姉が目覚めるようなことがあれば混乱は避けられないと理解していても、親父も限界なんだろう」
今の国王も体調が良くないという話だし、彼も焦っているのだろう。
「打つ手は打ち尽くした。もう藁にもすがる思いなんだ。
<神薬>に望みをかけていたから、これがダメなら俺が王位を継ぐことになるだろう。たとえ先々、国を二分する争いが起こるかもしれないとしても、だ」
ギルバートは俺に頭を下げた。
「頼む、助けてくれ」
俺は静かに頷いたのだった。




