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62 乱闘の予感

クローズが声を掛けられて振り返ると、見知った顔が肩に手をかけていた。その相手を見て、クローズは少し顔をしかめた。

立っていたのは六人組の男たちだった。全員がフル装備。おそらく冒険から帰ってきたところなのだろう。ところどころに汚れが目立つ。


「・・・バルカス」


「バルカス“さん”な。目上の人間に対する口の聞き方には気をつけろよ」


言いながら近くにあったイスを引っ張り、許可もとらずにクローズの横に腰掛けた。


「聞いたぜ。あの依頼、失敗したらしいな」


「・・・ああ」


「だから俺たちに任せろって言ったのによ」


鈍撃のバルカス。

この町では悪い意味で有名なBクラスの冒険者である。実力は確かなのだが、依頼人と報酬の件で揉めることが多い札付きの冒険者だった。


クローズたちがホフマン氏から受けた依頼は、彼の娘であるナーシャが行商に出るための護衛だった。この付近の町や村を回るというもので、モンスターや野党からナーシャたちや積み荷を守るというものだ。

とはいえタラゼアの町周辺は治安も良く、モンスターのレベルも低いためDランク相当の依頼だった。しかしノーランド商会は金払いも良く、また実娘であるナーシャの護衛も兼ねているので待遇が良い旅になるのは間違いなかった。

クエストの取り合いにならないよう、ギルド長のバナスがクローズたちを指名して依頼を受けさせたのだが、それをバルカスたちが譲れと言って旅立ち前に一悶着あったのだ。もちろん原則として、Bランクの彼らがDランク相当の依頼を受けることは禁止されているにも関わらず、である。


「ポイズンウルフごときに全滅とか、お前らダメダメだなぁ。先輩の意見は聞くもんだぜ?」


バルカスの仲間たちもニヤニヤしながらクローズたちを見ていた。


「・・・ポイズンウルフだって百匹いれば、いくらアンタらでも危ないだろうよ」


「百匹ねぇ。いくらなんでも、そいつは盛りすぎだろうよ。

 依頼を失敗して恥ずかしいのは分かるが、あんまり度が過ぎると信用を無くすぜ?」


言って、ゲラゲラと仲間同士で笑い合う。


「襲われたのは俺達だけじゃない。

 ノーランド商会のナーシャ嬢も一緒だったし、そう証言してくれてる。ギルド長も信用してくれてる」


「ぎゃはははは! 商会の嬢ちゃんなら、たとえ十匹でも百匹に見えただろうよ!

 それにギルマスだって、お得意先のお嬢様に言われちゃあ疑うこともできんだろうさ。勘違いすんじゃねーよ。なあ!?」


また笑う。

バルカスたちの言うことは、もっともだ。自分達が同じ話を聞かされても、すぐには信用できないだろう。ミリアムたちも唇を噛み締めて下を向いている。


「お前らが接待クエストに失敗している間、俺たちはクラッシャーボアの狩りに成功してな!

 今からその肉で飯にするところなんだぜ!」


クラッシャーボアとはCランク上位の魔物だ。たまに原初の大森林から出てくる大型の魔獣で、鍋にすると美味い。この言葉を聞いた何名かはバルカスに称賛の声を上げる。クラッシャーボアは、かなりの収入になるし討伐にはそれなりの強さが必要だ。


「今のお前らじゃあ逆立ちしたって討伐できねー大物だ。実力の差が分かったなら、次からは先輩の意見はちゃんと聞くんだぜ」


「・・・聞くに耐えんな。耳が汚れる」


「ああ?」


クローズは顔を上げた。桜花が厳しい視線をバルカスに送っていた。


「他者を貶めることでしか自分を評価できないのか?

 クラッシャーボアごときで浮かれるとは、程度が知れている」


「なんだと? 誰だてめぇ」


バルカスは立ち上がる。彼の仲間も殺気立っていた。


「お、桜花さん。俺たちのことは、いいですから。

 こいつらには逆らわない方が良いです」


「私は思ったことを口にしたまでだ」


バルカスが横に立ったことで、桜花も立ち上がる。その周りをバルカスのパーティーメンバーが取り囲んだ。


「よく見れば、きれいなネーチャンじゃねーか。見ない顔だが、名前は何ていうんだ?」


「下衆に名乗る名前は無い」


「そいつは、どーも」


二人の間に緊張した空気が漂うが、タツマキがそれを気にもかけず口を開いた。


「おーい。止めといた方が良いぞ。

 そいつ、たぶんボクたちの中で一番怒らせない方がいい奴だから」


「なんだ、このガキは?」


ぴくりとタツマキの肩が震えた。瞬間、桜花が身構えアクアが目を開ける。その言葉がタツマキにとって禁句だと知っているからである。

しかしタツマキは笑顔を止めただけで動く気配は無かった。ダイチに問題を起こすなと言われているので耐えたのだろう。

しかしバルカスたちはそれを、自分達に恐れを為したのだと勘違いした。


「ちっ。宴会の前だってのに興が冷めちまうぜ。言葉には気をつけろよ」


「そういうことだよっと」


「ひゃああっ!?」


桜花が飛び上がった。

バルカスの仲間の一人が彼女のお尻を撫でたのだ。桜花はタツマキに注意を向けていたため、気配に気付けなかったのである。


「ひゃああ!? だってよ、カワイイねー!

 澄ましてねーで、俺たちと一緒に―――ぐべら!?」


桜花の尻を撫でた男が吹き飛んだ。アクアが「めんどい」と言うのがクローズの耳に入る。


「ベルン!?」


「き、き、きさまら・・・小物の分際で、わ、わわわわわ、私の身体に触れるなど、万死に値する!」


桜花の手には木刀が握られていた。


「私の血肉は一片たりともダイチ様に捧げるもの!

 穢れた手で触れるな!」


「てめえっ! よくもベルンを!」


「やりやがったな!」


バルカスたちも身構えた。


「だから止めとけって言ってやったのに」


「黙れ、このクソガキ!

 てめぇもブッ殺され―――ごぶはぁっ!?」


大柄の男がぶっ飛ばされ、食堂の壁を破って廊下に投げ出される。

クローズをはじめとする冒険者たちはその様子を目で追い、信じられないようなものを見る目で怒りの主であるタツマキを見た。


「・・・ガキって言うな。ボクはお前より年上だ」


タツマキがブッ飛ばしたのは背中に大盾を背負ったボストフという男だった。巨漢な上にフルプレートで固めており、クラッシャーボアの突撃すらも防ぐ男が紙切れのように吹き飛ばされたのだ。


「ボストフまで!」


「てめーら、やる気だな? やってやろうじゃねーか!」


二人は明らかに異常な強さなのだが、頭に血が上ったバルカスたちには気が付かないらしい。

殺気立ち、ついには武器を取り出す。桜花たちも応戦しようと身を乗り出し―――


「おい、その辺にしとけよ」


静かだが、威圧の込もった声が場を切り裂いた。全員の目が声を発した男に向かう。彼はカウンターの側に立っていた。


「ギ、ギルさん・・・」


「ちっ」


クローズが安堵の声を漏らし、バルカスが舌打ちする。

ギルと呼ばれた男は質の良い革鎧に身を包んだ剣士だった。かなり長い長剣を腰に下げている。

彼はツカツカと両者の間に歩み寄り、クローズと擦れ違うときに小さく声を掛けた。


「あの三人のリーダーを呼びに行け」


「!?」


言葉の意味を察し、クローズは慌てて走り出した。


「ちっ。Aクラス冒険者様がナイト気取りかよ」


「バルカス、今のはどう見ても、お前らが悪いだろ」


「ああん!? 俺たちは二人も仲間がやられてるんだぞ!?」


「自業自得だ。それにギルド内で武器を出すのは御法度のはずだろ」


「そいつだって出してるじゃねーか!」


「彼女は木刀だぞ? それをお前のグランドハンマーで応戦する気か?

 それに彼女たちは今日、冒険者になったばかりでルールを知らない。“先輩”なら、引いてやるのが筋ってもんだろ」


「そんなこと、知ったことかよ」


「なら、俺が相手をしてやろうか?

 なんならバナスのおっさんも加勢するかもしれんぞ」


「・・・ちっ」


ギルの威圧に根負けしたのか、バルカスが武器を下ろした。


「分かってくれて、助かるぜ。おい、誰かベルンとボストフを医務室に運んでやれ」


「必要ない」


それまで沈黙をしていたアクアの声に、誰もが注目した。見れば意識を失っていたベルンが首を降って立ち上がり、不思議そうな顔をしたボストフが入り口から入ってきた。


「治した」


「あっはっはっ! すげーな、どうやったんだ?」


「ダルい」


「それ、返事なのか?」


ベルンとボストフは意味が分からないという顔をしながら、バルカスの側に立った。


「怪我人もいないみたいだし、これ以上騒いでも恥をかくのは、お前らの方だぞ?」


「ちっ! やめだやめだ。やってられるか!」


「まあ、これで飲み直して機嫌直せよ」


言って、ギルはバルカスに小さな袋を手渡した。それを見たバルカスの顔に喜色が浮かぶ。


「そうだな。クラッシャーボアの料理は馴染みの店で頼むことにするぜ」


「それが良いだろうよ」


「けっ! お前ら、命拾いしたな!」


捨て台詞を残し、バルカスたちは食堂を後にした。

ダイチが飛び込んできたのは、その直後だった。





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