銀貨二枚の報告
村を出て二日、宿場町の冒険者ギルドに、俺は依頼票を持って戻った。
受付にいたのは、俺の顔を覚えている中年の女性職員で、彼女は依頼票を見た瞬間に眉を上げた。
「ロスタ跡地の調査、受けたの誰? 三年貼りっぱなしだったのに」 「俺です」 「……ノアくん、あなた三日前まで無職だって言ってなかった?」 「今もそうです」
職員が受け取った報告書は、俺が村で三晩かけて書いたもので、依頼票の裏では足りなかったので、宿場町で羊皮紙を一枚買った。銅貨二枚した。所持金の半分だった。
報告の中身はごく単純で、ロスタは全滅していないこと、住民は自主的に退去したこと、原因は岩喰いによる水路の破壊であること、その岩喰いは水門を閉じたことで自主的に谷の奥へ移動したこと、村の建物と設備は大部分が使用可能であること、それだけだった。
職員は読み進めるうちに、だんだん背筋が伸びていった。
「ちょっと、待って」
彼女は顔を上げて、それから奥へ引っ込んで、ギルド長を引っ張ってきた。
ギルド長は報告書をひったくるように取って読み、途中で二回、俺の顔を見た。
「これ、本当か」 「本当です」 「討伐したのか」 「してません。追い払っただけです」 「どうやって」 「水門の板を落としました」
ギルド長は口を半分開けたまま、しばらく報告書を睨んでいた。
ギルドの中がざわつきはじめて、掲示板の前にいた冒険者たちが何人か寄ってきた。
「おい、ロスタが生きてたって?」 「三年前の全滅の村だろ」 「全滅してなかったってよ」
ざわめきの中で、ギルド長が低い声で言った。
「調査隊は三年前に一度、入ってる。そのときは『生存者なし、村は放棄された』で終わってる」 「生存者はいなかったんだと思います。みんな逃げたあとだったので」 「じゃあ、なぜ誰も『使える村がある』と報告しなかった」
俺は少し考えてから、正直に答えた。
「調査隊が探しに行ったのは、人と魔物だからです。屋根と水路は、探しに行った人の目には入らないので」
ギルド長は報告書を机に置いて、俺を上から下まで眺めた。
「お前、名前は」 「ノアです。三ヶ月前まで『暁の剣』で荷物持ちをしてました」
その名前が出た瞬間、ギルドの中の空気が、微妙に動いた。
カイルの左足の話は、この街ではもう全員が知っている。
ギルド長は何か言いかけて、やめて、代わりに銀貨を二枚、机に置いた。
「報酬だ。……それと」
彼はもう一枚、銀貨を足した。
「三枚だ。報告書のぶんは、俺の判断で色をつける。こんなに書き込んである調査報告は、この十年で初めて見た」
■
ギルドを出ようとしたところで、扉のそばに立っていた人影に、俺は気づいた。
セリアだった。
修道服ではなく、動きやすい旅装をしていて、片手に薬の包みを提げている。カイルの薬を買いに来たのだろうと、すぐにわかった。
「……ノア」 「お久しぶりです」
セリアは俺の腰の剣を見て、次に背負い袋の上で丸くなっているボロを見て、目を丸くした。
「その、犬」 「狼です」 「我は神獣である」 「喋った!?」
彼女が三歩下がったので、俺は少し笑ってしまった。
セリアは自分の反応を恥じるみたいに咳払いをして、それからまじめな顔に戻った。
「カイル、まだ歩けないの。骨がずれて繋がりかけて、一度折り直したから」 「そうですか」 「……ノア、あのね」
彼女は言葉を選んでいた。選びすぎて、結局まとまらないまま口を開いた。
「あの人、あなたのこと、何も言わないの。悪口も言わないし、感謝もしないし、ただ、ずっと天井を見てる」
俺は黙って聞いていた。
「わたし、たぶん、あなたに謝る資格もないんだけど」 「セリアさん」
俺は彼女の言葉を遮った。
「五日ぶんの装備の話、ちゃんと伝えてくれましたよね」 「……伝えたけど、間に合わなかった」 「伝えたことは間に合ってます。聞かなかったのは、あの人の話です」
セリアは何度か瞬きをして、それから薬の包みをぎゅっと握った。
「ノア、いま何してるの」 「村を拾いました」 「え?」 「ロスタっていう、三年前に空っぽになった村を、そのまま拾いました」
俺は銀貨三枚が入った袋を軽く振ってみせた。
「人手が足りないので、いつか誰か紹介してください」
セリアは、ぽかんとした顔で俺を見上げて、それから、ひどく複雑な形に顔を歪めて笑った。
「……あなた、ぜんぜん変わってない」 「そうですか」 「ううん」
彼女は首を振った。
「変わってないのに、なんだか、すごく遠くにいる」




