利敵
王国の査問使が来たのは、返事を送って二十六日後だった。
騎馬が二十騎、そのうち十六騎が武装していた。
先頭の男は五十がらみで、鎧ではなく黒い外套を着ていた。
「王国軍務省、査察官のバルテル」
彼は馬上から言った。
「アルカ町長、ノア・ガラット。王都への出頭を命ずる」
彼は書状を掲げた。
「容疑は、戦時利敵行為」
■
町の広場に、四百人が集まっていた。
誰も動かなかった。
ドルグとフランが俺の両脇に立った。二人とも、腰に手をやっていた。
「――ドルグさん」
俺は小声で言った。
「手を下ろしてください」
「坊主」 「下ろしてください」
ドルグは、しばらく動かなかった。
やがて、彼は手を下ろした。
バルテルは、それを見ていた。
「賢明だ」
彼は言った。
「町長。容疑の内容を読み上げる」
彼は書状を開いた。
「一、貴殿は本年五月、帝国軍分遣隊指揮官イレーネ・フォスと書簡を交わした」
彼は読み上げた。
「二、貴殿はその書簡において、医療技術の版および印刷方法を敵国へ供与する旨を約した」
彼は言った。
「三、当該技術は、既に帝国軍の負傷兵生存率を二倍に引き上げている」
彼は書状を巻いた。
「――以上により、貴殿の行為は、敵の戦力を直接増強したものと認められる」
■
俺は、何も言わなかった。
三つとも、事実だったからだ。
「――待ってください」
リディアが前に出た。
「一点、訂正を求めます」
彼女は言った。
「当該技術が帝国に渡ったのは、本年三月以前です。町長の書簡より、二か月早い」
彼女は言った。
「経路は捕虜の所持品です。町長は供与していません」
「知っている」
バルテルは言った。
「だから容疑は『供与を約した』だ。既遂ではない」
彼は言った。
「町長。既に流れたものを追認したこと自体が、罪だ」
彼は言った。
「――そして君は、こう書いた」
彼は別の紙を開いた。
俺が書いた返事の写しだった。
「『帝国が刷って、帝国の兵に配ってください』」
彼は読み上げた。
「これを、なんと呼ぶ」
■
俺は、答えた。
「利敵行為だと思います」
町がざわめいた。
「――ノアさん!」
ティナが叫んだ。
俺は手で制した。
「バルテルさん。俺、法律のことはわかりません」
俺は言った。
「でも、あなたの言ってることは、たぶん正しいです」
俺は言った。
「行きます。王都に」
■
その夜、町の集会所は荒れた。
「行かせるな」
ドルグが机を叩いた。
「王都に行けば、吊るされる。戦時の利敵は死刑だ」
「行かなければ、町が潰されます」
リディアが言った。
「今度の相手は書式ではありません。軍です」
彼女は帳簿を閉じた。
「――ですが、勝てます」
全員が振り返った。
「勝てるんですか」
俺が聞くと、彼女は眼鏡を押し上げた。
「勝てます。数字がこちらにあります」
彼女は言った。
「ただし、ノアさん」
彼女は言った。
「あなたが王都で『間違っていました』と言った瞬間、負けます」
彼女は言った。
「あなたは、間違っていないと言い続けなければなりません」
彼女は俺を見た。
「――言えますか」
俺は、しばらく考えた。
「言えます」
俺は言った。
「間違ってないので」
■
同行は四人になった。
俺、リディア、セリア、そしてヴィクトル。
セリアは聖女で、施療班を率いている。彼女の証言は、軍の負傷兵を扱った実務者の証言になる。
ヴィクトルは元査察官で、手続きを知っている。
「ティナさんは、残ってください」
俺が言うと、彼女は珍しく食い下がった。
「なんでですか」 「教室があるので」
俺は言った。
「あと、俺がいない間に町が困ったら、あなたが決めてください」
ティナが、固まった。
「わ、わたしが?」 「はい」
俺は言った。
「あなた、四千回失敗して、それでも四千一回目を唱えた人なので」
俺は言った。
「決めるの、たぶん向いてます」
■
出発の朝、ゼロが門のところに立っていた。
「ノア」 「はい」 「記録を、渡します」
彼女は言った。
「アルカ町における負傷兵の受け入れ数、通算八百二十一名。うち死亡、六十三名。死亡率、七・七パーセント」
彼女は言った。
「同時期の領都後送における死亡率は、四十九パーセントです」
彼女は言った。
「――数字は、あなたを守ります」
俺は帳面に書き取った。
「ゼロ」 「はい」 「行ってきます」 「はい」
彼女は言った。
そして、少し間を置いて、こう付け足した。
「……帰ってきてください」
俺は顔を上げた。
ゼロは、いつもどおりの無表情だった。
「命令ではありません」
彼女は言った。
「要望です」




