東の平野
その年の夏、東の平野で王国軍が敗れた。
知らせは、逃げてくる兵と一緒に来た。
三日で四百人が街道を通り、そのうち百二十人がアルカに入った。
彼らが持ってきた話は、どれも同じだった。
「――途切れなかった」
誰もが、そう言った。
「向こうは、三日でも五日でも、同じ速さで押してくる」
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フランが、逃げてきた兵から聞き取りをした。
右手一本で帳面を押さえて、三日間、聞き続けた。
四日目の朝、彼は俺のところへ来た。
「――坊主。妙な話がある」
彼は言った。
「帝国軍、七日目に止まってる」
「止まった?」 「攻勢を止めて、陣を敷いた」
フランは帳面をめくった。
「王国軍は崩れてる。追えば領都まで行けた。なのに止まった」
彼は言った。
「理由がわからん」
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その理由は、十日後にわかった。
アルカの門に、一人の男が立った。
帝国軍の伝令だった。
武器を持たず、白い布を掲げて、たった一人で街道を歩いてきた。
彼は俺の前で、書状を差し出した。
「――帝国第七軍団、分遣隊指揮官イレーネ・フォスより」
彼は言った。
「アルカ町長、ノア・ガラット殿へ」
俺は書状を開いた。
短かった。
『冬に、そちらの町の「継ぎ手の手引き」が、我が軍の陣中に流れてきた』
『捕虜が持っていた。我が軍の軍医が、それを読んだ』
『三月で、我が軍の負傷兵の死亡率が、四割から二割に下がった』
俺は、顔を上げた。
伝令は、無表情だった。
俺はもう一度、書状を読んだ。
『貴殿の町の技術は、既に我が軍を助けている』
『よって、以下を提案する』
『――アルカ町を、帝国の保護下に入れよ』
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俺は、書状を握ったまま、動けなかった。
背後で、リディアが言った。
「――読み上げてください、ノアさん」
俺は読み上げた。
集まった町の人間が、静まり返った。
「保護下って、なんですか」
誰かが聞いた。
「占領されるってことだ」
ドルグが言った。
「言い方が丁寧なだけだ」
「――違います」
リディアが言った。
彼女は俺の手から書状を取って、最後の行を読んだ。
そこには、こう書いてあった。
『帝国は、この町を接収しない』
『帝国は、この町に何も要求しない』
『ただ、この町が滅びないことを望む』
『――なぜなら、私はまだ、君の答えを聞いていない』
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その夜、俺は水車小屋にいた。
千二百四十八の名前の前に座って、書状を読み返していた。
「――ノア」
鞘の中から、エルの声がした。
「あの女は、何を言っている」
「わかりません」
俺は言った。
「でも、たぶん」
俺は言った。
「あの人、泥に置いてきた百体のことを、まだ考えてます」
俺は書状を畳んだ。
「一年半、考えてるんだと思います」
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三日後、俺は返事を書いた。
リディアに三度書き直させられて、四度目で通った。
文面は、こうだった。
『保護は要りません』
『代わりに、ひとつ提案します』
『手引きの版を、そちらに送ります。刷り方も教えます』
『帝国が刷って、帝国の兵に配ってください』
『こちらは、こちらで刷ります』
最後に、俺はこう書き足した。
『イレーネさん』
『あなたが泥に置いてきた百体は、うちで壊しました』
『壊すとき、一体につき三度、鎚を入れました』
『一度で止まるんですけど、三度打ちました』
『――そういうのを、雑にしない村です』




