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祝5.000pv!【拾い物】しか能がない俺、役立たずと勇者パーティーを追放されたので、みんなが捨てたものを拾って生きていく  作者: 音


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尾根から降りてきた男

朝、井戸で水を汲んでいたら、谷の入口のほうから、やたらと大きな足音が近づいてきた。

 草を踏む音が乱暴で、しかも一定の間隔で止まる。止まるたびに、瓶の中身が揺れる音がした。

「ノアさん、誰か来ます」 「音でわかります」

 俺が桶を置いて振り返ると、朝靄の切れ目から、熊みたいな男がのっそりと現れた。

 背は俺より頭ひとつ半は高くて、肩幅が扉くらいあって、無精髭が首まで伸びていて、左目の上には古い傷が斜めに走っている。手には酒瓶を提げていて、その瓶がもう半分以上空いていることまで見えてしまった。

「――で」

 男は広場の真ん中で立ち止まると、俺たちを順番に眺めてから、面倒くさそうに口を開いた。

「なんで昨日、ここから煙が上がってた」 「火を入れたので」 「見りゃわかる。なんで、って聞いてんだ」 「住むからです」

 男はしばらく黙って、それから酒瓶を傾けて、喉を鳴らして飲んだ。

「ガキが二人と、犬っころが一匹でか」 「我は神獣であるぞ」 「あと、喋る犬っころが一匹でか」

 ボロが尻尾の毛を逆立てたが、男は完全に無視して、村をぐるりと見回した。

「ここは三年前に人が消えてる。ギルドの記録じゃ全滅だ」 「逃げただけでした」 「知ってる」

 男は即答して、割れた水車の羽根を顎で示した。

「岩喰いが水路を食ってたんだろ。水が止まって畑が枯れて、村長が村を畳んだ。俺はその年、ここに配置されてた騎士団の分隊長だ」

 俺は男の顔を見直した。

「じゃあ、なんで岩喰いを」 「上が『住民のいない村に予算は出せん』とさ」

 男は笑ったが、目は笑っていなかった。

「住民は魔物がいるから戻れねえ。魔物は住民がいねえから討伐されねえ。三年、その理屈がぐるぐる回ってた」

 そう言って、男はもう一口飲んだ。

 俺は昨日落とした水門の板を思い出しながら、なんと言ったものか迷った。

 あれは討伐でも何でもなく、ただ板を一枚落としただけで、そんなものは分隊長だった男の三年をまるごと馬鹿にしてしまう答えだった。

「……あの、岩喰いなんですけど」 「消えたな。昨日、尾根から見てた」 「はい」 「どうやった」

 嘘をつく理由もないので、俺は正直に説明した。

 水門の板が脇に転がっていたこと、芯が腐っていなかったこと、それを溝に落として水を止めたら、下流の石が乾いて、岩喰いが不機嫌そうに谷の奥へ帰っていったこと。

 男は最後まで聞いて、それから、しばらく動かなかった。

 酒瓶を持った手が、だらりと下がった。

「……板」 「板です」 「板一枚か」 「板一枚です」

 男は空を見上げて、それから顔を手で覆って、低い声で笑い出した。

 笑いながら、その場にどすんと座り込んだので、ティナが慌てて駆け寄ろうとしたのを、俺は腕で止めた。

「三年だぞ」

 男は笑いながら言った。

「三年、俺は上に討伐隊の申請を出し続けて、そのたびに突き返されて、しまいには『しつこい』って理由で辺境に飛ばされて、それも嫌になって辞めて、こんな山の中で飲んだくれてたんだ」

 笑い声が、だんだん形を失っていった。

「板一枚だと。板一枚で終わってたのかよ」

 俺は何も言えなかった。

 言えることが本当に何もなかったので、代わりに桶の水を汲んで、男の前に置いた。

 男は水を見て、俺を見て、それから酒瓶を地面に置いて、桶の水を両手ですくって顔を洗った。

   ■

「ドルグ・ヴァインだ」

 顔を上げた男は、さっきより十歳くらい若く見えた。

「ノアです。こっちがティナさん、この毛玉がボロ、腰の剣がエルさんです」 「……剣が名乗るのか」 「喋ります」 「そうか」

 ドルグはそれ以上追及しなかった。四十七年も生きていると、いちいち驚かなくなるらしい。

「ノア。お前、この村をどうする気だ」 「動かします」 「動かす」 「井戸は生きてます、水車は羽根が二枚割れてるだけです、鍛冶場の炉は煉瓦が無傷です、畑は畝が残ってます。全部、まだ使えるので」

 ドルグは黙って聞いていた。

「人がいないだけなんです。ここは、壊れてるんじゃなくて、空っぽなだけで」

 言いながら、俺は自分でも思っていたより力が入っているのに気づいた。

「――もったいないでしょう」

 ドルグは、また空を見上げた。

 朝靄が薄くなって、谷に日が差しはじめていた。

「人手が要るぞ」 「はい」 「金も要る、種も要る、家畜も要る、村を届け出るなら領主の認可も要る」 「はい」 「お前、いくら持ってる」 「銅貨四枚です」

 ドルグは真顔になって、それから深々と息を吐いた。

「終わりだ、それは」 「はい」

 しばらく沈黙が続いて、その間、ボロが井戸端でしきりに水を舐めていた。

 やがてドルグは、地面に置いた酒瓶を拾い上げると、中身を全部、雑草の上にぶちまけた。

 琥珀色の酒が土に吸われていって、朝の空気に強い匂いが広がった。

「ドルグさん、それ」 「まずい酒だった」

 男は立ち上がって、袖で口を拭いた。

「ノア。俺は騎士団を切られて、以来、誰にも使われてねえ落ちこぼれだ。剣は錆びてねえが、腕は鈍ってる。酒も抜けてねえ」

 そこで言葉を切って、ドルグはこっちを見た。

「そんな俺でも、拾うか」

 俺は答える前に、思わず笑ってしまった。

 笑ってから、慌てて謝ろうとしたら、ドルグが先に「なんだ」と眉を寄せた。

「いえ、その、俺のスキル、【拾い物】っていうんです」 「聞いたことがねえな」 「ランクFなので」

 俺は右手を差し出した。

「捨てられたものしか拾えないんですけど、そのぶん、捨てられたものなら何でも拾えます」

 ドルグは俺の手を見て、しばらくしてから、丸太みたいな手でそれを握った。

 握力が尋常じゃなくて、俺は声が出そうになるのを必死で堪えた。

「――で、今日は何を拾ってきた」

 その日から、これがこの男の口癖になった。

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