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祝5.000pv!【拾い物】しか能がない俺、役立たずと勇者パーティーを追放されたので、みんなが捨てたものを拾って生きていく  作者: 音


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字を書く老人

その老人が村に来たのは、写しの話が出た三日後だった。

 背が低く、腰が曲がっていて、目を細めて歩いていた。

 村の入口で、彼は誰にともなく言った。

「――壁は、どこかね」

 トビーが案内した。

 老人は水車小屋に入って、壁の前に立って、それから、顔を紙に近づけた。

 異常なほど近づけた。鼻が紙につくくらいだった。

 そして、そのまま、上から順に読んでいった。

 三時間かけて、彼は千二百四十八人を全部読んだ。

 読み終わって、彼は言った。

「――わしの名は、載っておらん」

 彼は言った。

「載っておらんのか」

   ■

 俺は老人に椅子を持ってきた。

 彼は座って、しばらく壁を見ていた。

「名前は」

 俺が聞くと、彼は言った。

「オルド。オルド・ゲレン」

 彼は言った。

「聖庁第七文書庫の、写字生だった」

 俺は驚いた。

「文書庫の」 「四十二年おった」

 彼は言った。

「六年前、目が見えなくなってな。字が読めん写字生は、要らん」

 彼は言った。

「辞めさせられた。書式のとおりだ。誰も悪くない」

 彼は言った。

「わしは、切られた側だと思っておった」

 彼は壁を見た。

「――だが、載っておらん」

 彼は言った。

「アルドリック様は、わしを切った覚えがないのだろう」

   ■

 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 この人は、切られたことを確かめに来たのだ。

 自分が誰かに切られたのだと、はっきりさせに来たのだ。

 そして、名簿になかった。

「――オルドさん」

 俺は言った。

「その壁、あと四枚要ります」

 彼が顔を上げた。

「字を書ける人が足りません」

 俺は言った。

「あなた、四十二年、写字生だったんですよね」

「目が見えんと言ったろう」 「壁は読めましたよね」

 俺は言った。

「三時間かけて、千二百四十八人、全部」

 オルドは、しばらく黙っていた。

「――近づければ、見える」

 彼は言った。

「だが、遅い。人の三倍かかる」

「三倍でいいです」

 俺は言った。

「うち、急ぐ理由がないので」

   ■

 オルドが最初の一枚を書き終えるのに、二十九日かかった。

 彼は毎日、水車小屋に来て、鼻を紙につけるようにして、一文字ずつ書いた。

 途中、目が痛むと言って、三日休んだ。

 その三日、彼はソナに音の板の話を聞いていた。

「――娘っ子。お前は耳が良すぎて、里を出たそうだな」

「うん」 「わしは目が悪くなって、庁を出た」

 彼は言った。

「逆だな」

「同じだよ」

 ソナは言った。

「多すぎても、少なすぎても、出される」

 オルドは、しばらく黙っていた。

 それから、笑った。

「――そのとおりだ」

   ■

 オルドが二枚目に取りかかったころ、彼は俺にこう言った。

「ノア。写しを作るなら、もっと速い方法がある」

「あるんですか」 「版だ」

 彼は言った。

「文書庫に、古い版木があった。三百年前のものだ。文字を彫った木の板に墨をつけて、紙に押す」

 彼は言った。

「一枚彫るのに一月かかるが、彫れば百枚刷れる」

 俺は身を乗り出した。

「なんで使われてないんですか」 「聖庁が禁じた」

 オルドは言った。

「同じ文書が百枚できると、写字生が要らなくなる」

 彼は言った。

「そして、教義書が百枚出回ると、教会を通さずに読む者が出る」

 彼は言った。

「――三百年前の話だ。継ぎ手を焼いたのと、同じ年だ」

   ■

 俺はミカを呼んだ。

「版木、彫れますか」 「木は無理。あたし鉄しか触らない」

 彼女は即答して、それから、少し考えた。

「――でも、鉄でならできる」

 彼女は言った。

「文字を一個ずつ、鉄で作る。並べて枠に嵌める。並べ替えれば、別の文書も刷れる」

 彼女は言った。

「木に彫ったら、一枚の文書にしか使えないでしょ。もったいない」

 オルドが、椅子から立ち上がった。

「――待て」

 彼は言った。

「娘っ子。今、なんと言った」

   ■

 その冬、村の鍛冶場は、剣も鍬も打たなかった。

 ミカと弟子六人が打ったのは、鉄の文字だった。

 千八百個。

 春までに、それができあがった。


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