泥の中の百体
戦が終わって三日目になっても、人形は動き続けていた。
谷の入口の道に八十体、村の畑の縁に二十体。
膝を上げて、下ろして、また上げる。
泥が跳ねる音が、昼も夜も止まらなかった。
「――寝れない」
ソナが目の下を真っ黒にして言った。
「ずっと同じ音がする。百体ぶん」
彼女は耳覆いを両手で押さえていた。
「一体ずつ、ちょっとだけずれてるの。それが、いちばんきつい」
■
俺は畑の縁に立って、二十体を見ていた。
顔のない灰色の面が、前を向いている。
その前には何もない。
ただ、前に進むという命令だけがある。
「ゼロ」 「はい」 「止められませんか」
彼女は首を振った。
「私の命令権は、三分間の停止のみです。恒久的な停止命令は、上位機のみが発行できます」
彼女は言った。
「上位機は、帝国にあります」
俺は、しばらく考えた。
「――壊せますか」
「壊せます」
ゼロは即答した。
「駆動部は背部にあります。そこを破砕すれば、停止します」
彼女は言った。
「ミカに頼めば、半日で百体すべて壊せます」
彼女は言った。
「それが、最も効率的です」
俺は、動けなかった。
■
「――ノアさん」
ティナが隣に来た。
「壊すの、いやですか」 「……いやです」
俺は正直に言った。
「でも、理由が説明できません」
俺は言った。
「あれは敵で、動き続けたら畑が潰れます。ソナが眠れません。村の子供が怖がってます」
俺は言った。
「壊すのが正しいです。わかってます」
ティナは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「ノアさん、あれ、捨てられてますよね」
俺は顔を上げた。
「イレーネさん、回収しないで帰りましたよね」
彼女は言った。
「捨てられたものなら、ノアさん、拾えるんじゃないですか」
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俺は畑に降りた。
泥に膝まで浸かって、一体の前に立った。
灰色の面が、俺を見下ろしていた。目はないので、見ているかどうかもわからない。
俺は手を伸ばして、その腕に触れた。
――何も、視えなかった。
三度やって、三度とも何も視えなかった。
「――駄目です」
俺は泥から上がった。
「拾えません」
ゼロが聞いた。
「理由は」 「たぶん」
俺は自分の手を見た。
「本来の姿が、ないんです」
俺は言った。
「俺のスキルは、そのものが本来どうあったかを視ます。折れた剣なら折れてない姿。空の村なら人がいた頃の姿」
俺は言った。
「あれは、最初から、ああです」
俺は言った。
「戻る先が、ないんです」
■
ゼロは、長いこと黙っていた。
やがて、彼女は泥に降りた。
膝まで浸かって、一体の前に立った。
そして、右手を上げた。
「――〇〇七より、通達」
三分の停止が、かかった。
人形が止まった。
ゼロは、その灰色の面を見上げた。
「あなたには、番号がありますか」
彼女は聞いた。
答えはなかった。
「私には、あります」
ゼロは言った。
「〇〇七です。坑道主任レムス・ハウが付けました。私を不良品と記録した人です」
彼女は言った。
「悪い番号です。ですが、番号があるということは、区別されていたということです」
彼女は言った。
「あなたには、それすらありません」
三分が経った。
人形が、また膝を上げた。
ゼロは泥から上がって、俺のところへ来た。
「ノア」 「はい」 「壊してください」
彼女は言った。
「あれは、私ではありません」
彼女は言った。
「私は五十年、壁を叩いていました。ですが私は、鳥が来た三日間、駆動音の間隔が短くなりました」
彼女は言った。
「あれは、鳥が来ても、何も変わりません」
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ミカが百体を壊すのに、二日かかった。
彼女は一体ずつ、背中の駆動部に鎚を入れた。
一体につき、三度打った。
最初の一体を打ったあと、彼女は俺に言った。
「三度でいい。一度で止まるけど、三度打つ」
彼女は言った。
「一度だと、雑になる」
彼女は言った。
「ロブさんが、そう言ってた」
■
百体を壊し終えた夜、村は静かになった。
ソナは十四時間眠った。
起きてきた彼女は、井戸端でしばらくぼんやりしてから、こう言った。
「――しずかだ」
彼女は言った。
「今の、いいしずかだ」




