勇者に貸す
谷の入口の柵が、破られたのは、その直後だった。
二百の兵のうち、泥を渡りきった百二十が、柵に取りついて、押し崩した。
ドルグが最後まで支えて、崩れる柱の下から転がり出た。
フランが右手一本で、兵を後ろへ下げた。
「――退がれ! 村の中へ!」
彼は叫んだ。
「家の間に入れ! 道を細くしろ!」
村の路地は狭い。
二十三軒の家が、そのまま壁になる。
だが、百二十を止められるかどうかは、別の話だった。
■
俺は村の広場に走った。
そこに、カイルが立っていた。
剣を抜いて、路地の入口を塞いでいた。
彼は一人で、十人を止めていた。
左足を引きずりながら、それでも止めていた。
――だが、彼の剣は、三度目の打ち合いで折れた。
安物の剣だった。暁の剣が解散したあと、王都で支給された量産品だった。
カイルが、折れた剣を見た。
三年前、彼が「鉄屑にもならねえ」と言ったのと同じ、折れた剣を。
「――カイルさん!」
俺は走った。
走りながら、腰の鞘を外した。
「エルさん」
俺は言った。
「貸してください」
鞘の中から、声がした。
「――誰にだ」 「カイルさんに」
鞘が、震えた。
「断る」
エルの声は、氷のようだった。
「私は勇者に折られた。勇者に捨てられた」
彼女は言った。
「二度と、勇者には握らせん」
■
俺は走りながら、叫んだ。
「エルさん!」 「断ると言った!」 「あの人、勇者じゃないです!」
俺は言った。
「パーティーが消えた勇者は、勇者じゃないです」
俺は言った。
「今、あの人、ただの足を引きずった男です」
鞘が、黙った。
「三年前、あなたを鉄屑って言った男です」
俺は言った。
「今、あの人の剣が折れました」
俺は言った。
「――同じところに立ってます」
■
俺はカイルの背中に着いた。
彼は素手で兵を殴り倒していた。三人目で腕を掴まれて、押し倒された。
俺は鞘ごと剣を投げた。
「カイルさん!」
彼は転がりながら、それを掴んだ。
鞘を払った。
四本の継ぎ目が走った刃が、朝日を弾いた。
――そして、剣が、光った。
「――一度だけだ」
エルの声が、村中に響いた。
「一度だけ貸してやる。折ったら、三百年呪う」
カイルが、立ち上がった。
「――借りる」
彼は言った。
「借りて、返す」
■
その後の三十秒のことを、俺はうまく説明できない。
カイルは強かった。
三年間、俺が荷物を持って後ろを歩いていた男は、本当に強かった。
だが、そのときの彼は、俺が知っている強さとは違った。
三年前の彼は、真っ直ぐ斬っていた。
今の彼は、左足をかばうために、体を回して斬っていた。
その分だけ、剣の届く範囲が広かった。
弱くなったから、変わった動きだった。
――そして、剣が応えていた。
四本の継ぎ目のところで、刃がわずかに撓む。
一本の鉄なら撓まない。継いだから撓む。
撓むから、当たったあとに刃が滑って、次の相手に届く。
「――なんだ、これは」
カイルが呟いた。
「この剣、俺に合わせてくる」
「当たり前だ」
エルが言った。
「私は四つの鉄でできている。四つとも、私のために打たれた」
彼女は言った。
「私は、もう一本の鉄ではない」
■
路地の入口が、押し返された。
その隙に、フランが二十人を再編して、家と家の間に配置した。
ドルグが立ち上がって、大剣を掴んだ。
「――坊主」
彼は言った。
「今日は何を拾ってきた」
俺は答えた。
「四十年前の水門の使い方と、五十年前の命令権です」
ドルグが、笑った。
「上等だ」




