打ち直し
斥候が去った翌朝、ミカが俺のところへ来た。
「ノア。剣、貸して」
彼女はゴーグルを上げていた。目が据わっていた。
「あと三寸伸びたら打つって言ったよね」 「はい」 「伸びてる」
俺は鞘から剣を抜いた。
継ぎ目の走った刃の、その先が――伸びていた。
一年半前は、根元から三分の二だった。
今は、切っ先まで、あと三寸ほどのところまで来ていた。
「いつの間に」
俺が呟くと、エルの声がした。
「巡行の帰りから、少しずつだ」
彼女は言った。
「言わなかったのは、言うと気が抜けるからだ」
■
打ち直しは、二日かかった。
ミカとロブが交代で打って、ティナが継いで、黒炭の炉が白い炎を上げ続けた。
難民の中に、鍛冶をやっていた男が一人いて、彼が三人目に入った。
二日目の夜、ミカが炉から刃を引き上げた。
切っ先まで、繋がっていた。
継ぎ目は、四本あった。
根元の三百年前の鉄、ミカの最初の鉄、二度目の鉄、そしてロブの鉄。
色が四つ、はっきり違っていた。
金色の継ぎ線が、四本、刃を横切っていた。
「――みっともないな」
エルが言った。
姿を現した彼女は、その刃を見下ろしていた。
「三百年前の私は、一本の鉄でできていた」
彼女は言った。
「今の私は、四つだ」
彼女は俺を見た。
「ノア。持て」
俺は柄を握った。
持ち上げた瞬間、重さが違った。
軽いのではない。手に乗る位置が違った。
振ってみると、刃が空気を切る音が、これまでと違った。
高くて、短い音だった。
「――どうだ」
エルが聞いた。
俺は答えた。
「振りやすいです」
「それだけか」 「それだけです」
俺は言った。
「俺、剣のこと詳しくないので」
エルが、ぷっと吹き出した。
三百年前の勇者の剣が、腹を抱えて笑った。
「――そうだったな」
彼女は言った。
「お前は荷物持ちだった」
彼女は言った。
「振りやすい、で十分だ」
■
その夜、村の防衛の割り振りが決まった。
ドルグとフランが、九人の兵と、村の男二十人を組んで、谷の入口を守る。
ミカとロブが、武器を打つ。難民の中から手伝いを八人選んだ。
ティナとセリアが、施療所を谷の奥に移す。手当てのできる者が十四人。
リディアが食料と水を管理する。
ソナが、音を聞く。
ゼロが、荷を運ぶ。
俺は――何も決まらなかった。
「坊主」
ドルグが言った。
「お前は、どこにも入るな」
「え」 「代表ってのは、そういうもんだ」
彼は言った。
「持ち場に入ると、そこしか見えなくなる。お前は全部見てろ」
彼は俺の肩を叩いた。
「そして、何かが壊れたら、拾いに行け」
■
その夜遅く、俺は村の入口に立っていた。
谷の向こう、街道の方向の空が、赤かった。
宿場町の方角だった。
「――燃えてるんですね」
俺が言うと、隣でカイルが答えた。
「昨日落ちた」
彼は言った。
「二千が通った。宿場町は、抵抗しなかった。門を開けた」
彼は言った。
「それでも、燃えてる」
俺は、あの街を思い出していた。
パンを買った通り。ティナが座っていた教会の石段。ボロを拾ったゴミ捨て場。ミカが炉を組んでいた川原。
全部、燃えている。
「――カイルさん」 「なんだ」 「暁の剣は、どこにいるんですか」
カイルは答えなかった。
しばらくして、こう言った。
「ギースは死んだ」
彼は言った。
「第三砦だ。マルタは腕をやられて、王都に送られた」
彼は言った。
「暁の剣は、俺だけだ」
俺は、何も言えなかった。
「ノア」
カイルが言った。
「三年前、俺はお前に『鉄屑にもならねえ』と言った」
彼は言った。
「今の俺が、それだ」
彼は自分の剣を見た。
「パーティーが消えた勇者に、価値はない」
彼は言った。
「――拾ってくれるか」
俺は少し驚いて、それから、首を振った。
「拾えません」
俺は言った。
「あなた、誰にも捨てられてないので」
俺は言った。
「セリアさんのときと同じです。自分で来てください」
カイルは、しばらく黙っていた。
それから、笑った。
情けない、崩れた笑い方だった。
「――そうか」
彼は言った。
「じゃあ、来た」
■
夜が明ける前、ソナが飛び起きた。
彼女は耳覆いを外して、街道の方向を向いた。
顔から、血の気が引いていた。
「――ノア」
彼女は言った。
「足音が、揃ってる」
彼女は震えていた。
「何千も」




